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オイルマッチあれこれ2

―――前回までのあらすじ――――――

日々に追われすっかり失念していたオイルマッチが完成した。

これを売り出して赤字街道驀進中の生活費にテコいれすべく、今日も奔走する。

――――――――――――――――――

-1-

 翌日は書き上げた説明書をもって木工ギルドに向かった。

 版画というのはあまりやってないんですが……と、応対に出た職員にちょっと渋い顔されたが、それでも持参した説明書を元にあーでもないこーでもないと議論を重ねて版木を作ってもらえることになった。

 1枚を予備として同じものを2枚作ってもらうよう頼んだが、翌日の夕刻には2枚とも出来上がるそうだ。

 さすが本職は仕事が早いわ。

 議論の中で印刷してくれそうなところも尋ねてみたが、やはり印刷を専門に行っている業者はいないという回答だった。

 ただその代わり、役所か冒険者ギルドの支部に話を持って行ってみたらどうだ、と言われた。

 ……ああ、確かにその辺りなら定型文の書類が多そうだから、あるいは専門の担当とかがいるかもしれんな。

 木工ギルドの職員に礼を言って、その足で冒険者ギルドの支部に向かう。


 冒険者ギルドの支部ではとりあえず受付に……と思ったが、その前にちょっと教官の所に顔を出してみた。

「おうディーゴか、来たな。じゃあさっそく着替えてこい」

 俺の顔を見るなり言ってきた教官に、申し訳なさそうに頭を下げる。

「すいません、今日もちょっと稽古はできないんですよ」

「そうなのか?早く盾に慣れんと、いつまでたっても復帰できねぇぞ?」

 教官がちょっと不満げに答える。いや、俺もとっとと盾の基本を覚えたいんだけどね。

「なら今日はどうした?」

「ギルドに頼みたいことがあって来たんですよ。実は……」

 そう前置きして、説明書の印刷を頼みに来たことを説明した。

「説明書の印刷だと?ギルドじゃそんなサービスはやってねぇぞ?」

 話を聞いて教官が呆れたような声をあげた。

「やっぱダメですかね?」

「まぁ『他所当たれ』か『自分でやれ』と言われんのがオチだな。……参考までに聞くが、説明書って何の説明書だ?」

「ええ、オイルマッチっていう着火の道具なんですがね、それの使い方と注意書きをまとめたものなんですよ。ちなみに実物がこれです」

 そう言って教官に手持ちのオイルマッチを渡す。

「こんなので火がつけられるのか?どうやって使うんだ?」

「えっと、まずその棒の覆いを外してですね……」

 教官に使い方を説明すると、教官が慣れない手つきで火をつけてみせる。初めてにも拘らず1発で簡単に火が付いたことに、教官は目を丸くした。

「ちょっと待て、こんな簡単に火がつくのか?今までの火打石での着火が馬鹿みたいじゃねぇか」

「まぁそういう道具なんで」

「……これを、売りに出そうってのか?」

「はい」

「…………こりゃちょっととんでもねぇな。で、売りに出すのに説明書が必要ってわけか」

「火打石と比べると全く違う使い方ですからね。似たようなのに使い捨ての着火棒ってのがありますけど、あまり一般的じゃないですし。

 それに、容器に入れてる油が特殊で、専用の油しか使えないんですよ。安いからってそこらの店で売ってる普通の油を入れられると使えなくなるんで、その辺りを注意しとかないと不良品扱いされそうだな、と」

「ああ……そりゃそうかも知れんな。ちなみにコレ、ギルドで売るつもりはないか?」

「まだ考えてる最中ですね。自分とこで使用人に売らせるかも考えてますが……」

 それが一番金になりそうなんだけど、それはそれでいろいろ追加で準備が必要そうなんだよな。

 商業ギルドへの届け出とか、売れ行き次第じゃ新たに人を雇ったりとか。

 それに、銅貨銀貨で買える品ならともかく、半金貨数枚の品を地べたにござ敷いてフリマみたいな形式で売るわけにもいかん。

 そんなの、盗んでくれ襲ってくれと言ってるようなもんだ。露店形式でも店としての体裁は必要だろう。

 その辺にかかる費用と、他所で売ってもらう際の手数料とかの試算比較がまだできてないのよ。

 そんなことを説明すると、教官にがしりと肩を掴まれた。

「そんなもん交渉でどうとでもなる。このオイルマッチ?は絶対にウチでも扱わせろ。なんなら条件に説明書の印刷をねじ込みゃいい」

「イケますかね?」

「イケる。よし、今から事務所に行くぞ」

 そのまま教官に引きずられるようにして、訓練場を後にすることになった。

 いやあの本格的に話を始める前に、カワナガラス店の爺様コンビに前もって助言とか聞きたかったんだけど……。


「副長、ヒマか?」

 教官は俺を引きずったまま事務所に入ると、まっすぐ副長の机に向かって声をあげた。

「オブレットか。これが暇してるように見えるか?」

 副長が不機嫌そうにこちらを見た。机の上には結構な量の書類が重なっていて、今も何かを書いている最中のようだ。

「なら今すぐ時間を作れ。あと物資販売の担当者も呼んでこい。商談を始めるぞ」

「なにをいきなり……ん?お前さん、ディーゴだったな。さっそく何か揉め事でも起きたか?」

「いや、そういう訳じゃないんですが」

「こいつがかなりいいもんを作ってな、是非ともギルドで売りに出したいから連れてきた」

 教官がばしばしと俺の肩を叩きながらのたまう。

「いいもの、って、いったい何を作ったんだ?」

 いぶかる副長にもう一度オイルマッチの説明と実演をしてみせると、副長の顔色が変わった。

「ちょっと貸してみろ」

 言われるままに副長にオイルマッチを渡すと、副長も自分で実際に火をつけてみる。

「なるほど。こりゃ確かに大したもんだ。遺跡でたまに見つかる魔道具と違って、こいつは量産できるんだな?」

「ええ。とりあえず手持ちで300、来月の中ごろに500ができる予定です。あとは売れ行きを見ながら調整ですかね」

「ふむ、わかった。ここではなんだ、場所を変えよう。セーラ、3番の会議室についてこい」

「え、あの?まだ処理が終わってない注文書が」

「そんなの後でいい。こっちが優先だ」

 副長はセーラと呼ばれたちみっこい女性職員を黙らせ、席を立つと教官と俺を会議室に誘った。


 冒険者ギルド側3人に対するのは俺1人という不利な交渉はどういう結果になるのかと思ったが、教官が俺側についたのでまぁ対等に話はできた、と思う。

 それなりに長い時間の話し合いの末に、説明書の印刷を紙とインク代込みでギルドで請け負うことが決まった。

 こちらは版木を用意したうえで注文する枚数に応じて代価を払って印刷物を受け取ればいい。

 その代わり、ギルドにもオイルマッチを卸すが数は優先するよう注文を付けられた。

 説明書の印刷代やオイルマッチの卸単価は、ギルドの内情を知る教官の援護のおかげで、予想よりかなりマシな値段に決まった。

 教官の援護がなければ印刷代1000枚とギルド初回納入100個分で、大白金貨1枚くらい余計に取られることになってたと思う。

 副長もセーラという職員も、結構タヌキなことがよくわかった。

 金に関しちゃあまり信用しないでおこう。


-2-

 次はカワナガラス店だ。


 ギルドで副長たちと話をする前は自分トコで売るのもありかなと思ってたけど、副長らと話を詰めている間に気が変わった。

 自分の所で直接売るのは止めて、全部委託販売にする。

 ギルドにそれなりの数を卸すことになった以上は、ホームである石巨人亭にも卸すのが当然だと思うし、精製油の製造元であるガーキンス氏の所にもある程度は卸す必要があるだろう。

 となると、500個納入されても手元には100個くらいしか残らなくなるのよ。

 それだけの為に露店を作ったり申請を出したり、人を雇うか算段したりと動き回るのはぶっちゃけ割に合わん。

 それに俺も冒険者稼業で不在がちなので、いない間のフォローができん。

 さらにそれに加えるならば、売り上げと利益の試算の結果だ。

 オイルライター1個を半金貨5枚で売りに出すとして、1ロット500個だから全部売れれば半金貨2500枚が期待できる。

 委託販売による手数料や鍛冶ギルドに支払う代金を多めに差し引いても1ロットにつき半金貨1700~1800枚が純利益になる。

 屋敷の今の収支は半金貨80枚ちょっとの赤字だが、それを補填しても半金貨1600枚以上が残る。まぁなんて暴利な商売。違法な怪しい薬も真っ青だ。

 ……それだけ利益が期待できるとあれば、細かいことを考える必要もなくなるわな。

 「頭使うな(かね)使え」とは、誰の言葉だったか。今回はそれを地で行かせてもらおう。

 で、先に挙げた3つの委託販売先の位置関係を考えると、空白スペースを埋めるのにカワナガラス店が丁度いい位置にあることに気が付いた。

 商品の方向性はまるで違うけど、あわよくば置かせてもらえないもんかなと足を運ぶことにしたわけだ。

 小分けした精製油の瓶の話もあることだしね。


「おお、ディーゴさん。お久しぶりですな」

 いつものように店員に挨拶をして裏口から奥に通ると、エレクィル爺さんとハプテス爺さんに挨拶をした。

 軽く近況を報告したうえで、オイルマッチを取り出して本題その1を切り出す。

「……まぁそんな具合でして、差し支えなければ店の片隅にでも置かせていただけないかなとお願いに来た次第です」

「そういう事情でしたらウチとしても断る理由はございませんな。むしろこちらからお願いしたいくらいです」

 エレクィル爺さんが鷹揚に頷いた。それをハプテス爺さんが補足する。

「店にとってありがたいのは、来客数が増えることです。先ほどディーゴさんは商品の方向性が違うと仰いましたが、見方を変えればそれは今までウチに来ることのなかったお客様を新たに呼び込むきっかけにもなります」

「そういうものですか?」

「そういうものです。目当ての物を買いに来たお客様が、店の中を見て当初考えていなかったものを追加で併せて買っていく、というのはよくあることにございます」

 ……ああ、言われてみればそうかも。

「まぁこれがあまりにも大きな物とか、腐りやすい物でしたら私どもも考えたでしょうが、この程度の大きさで腐ることもないのですから、ウチとしても店に置くのに何の問題もございません」

「そうですか。それでしたら済みませんがよろしくお願いします」

 そう言って頭を下げると、話を変えて本題その2を切り出した。

「ほぅ、その精製油を入れる容器が必要ですか」

「はい。形状的にはガラムさしにちょっと手を加えて密閉できればそれでいいと思うんですが」

 ガラムさしというのは、魚醤の一種であるガラムを入れておくのに使う、日本の醤油さしとほぼ同じコンセプトの容器だ。自宅で料理をする家には大抵一つくらいは置いてある。

「これが月に200個くらい必要になるんですよ」

「月に200個ですか。となると現状の当店だけではいささか厳しいですな」

 エレクィル爺さんがそう言って腕を組む。

「ポーション瓶のように、同じものをいくつかの店で作ってもらうことはできませんかね?」

「ガラス職人のギルドを通せば可能でしょう。こちらもディーゴさんがお使いになる?」

「いえ、今は窓口として私が動いてますが、主に使うのはガーキンスという魔術師で、精製油の開発元ですね。話がまとまれば、最終的にそちらと取引してもらうことになります」

「左様でしたか。でしたら私どもの方からガラス職人のギルドに話を上げて、まとめておきましょう」

「よろしくお願いします。それともう一つあるんですが……」

「ほっほ、ディーゴさんもいろいろ忙しいですな」

 老人二人が笑う。

 いや、当初は2つだけだったけど、話している最中に思い付いたことがあってね。

「すいません。お願いしたいのは、蛇口のついた壺のようなガラス瓶を5個ほど作っていただけないかと」

「ほぅ、それもオイルマッチ関係ですか?」

「はい。精製油は広口の瓶で貯蔵されているんですが、それからオイルマッチの容器や今回注文した油さしに移し替えるとなるとちょっと面倒でしてね。

 細い蛇口というか注ぎ口をつけた広口の壺みたいな容器があれば、移し替えの作業も楽になると思うんですよ」

「……ふむ、確かにそうでしょうな。大きさとしてはどの程度になりますか?」

「貯蔵用の瓶の中身が1本分入れば十分なので、高さ30の太さ20くらいでいいかな、と。木枠の台に乗せる形で使おうかと考えてます」

「なるほど。それでしたらウチで用意できますな。木枠も含めて5つ、ウチで用意いたしましょう」

「すみません助かります。一応、伺った目的としてはこの3つですね」

「承知しました。4~5日の間には話はまとまると思いますので、ディーゴさんの所に使いを出しましょう」

「よろしくお願いします」

 そんな形でカワナガラス店での話は終わった。


-3-

 次いで向かったのが石巨人亭。

 冒険者ギルドに卸すのにホームグラウンドの石巨人亭に卸さないってのはさすがにナシだろう。

「……というわけで、今すぐじゃないがコレを100個ほど置かせてもらいたいんだが」

「おう、いいぞ」

 カウンターに座ってオヤジさんに話をすると即答された。

「そんな便利なものを右から左に流すだけで手数料が手に入るんだ、断る理由が見つからん。それにお前さんのことだ、変な条件など付けたりせんだろう?」

 朗らかに言うオヤジさんについ苦笑が漏れる。

 まぁ確かに、ここが相手じゃ変なことは言えんしな。すっかり見透かされてるわ。

「モノができたら持ってきな。そしたら他の冒険者にも宣伝しといてやるよ」

「すまんね」

 オヤジさんの厚意に頭を下げる。

「……ところで、最近はユニちゃんだけでお前さんは顔を見せてなかったが、これにかかりきりだったのか?」

「いや、今度装備を変えてね。新装備に慣れるまで稽古中なんだ。復帰までもうちっと待ってくれ」

「なんだ、武器でも変えたのか?」

「まぁそう言えなくもない。大盾を持つようにしたんだが、その使い方を覚えてる最中だ」

「そういうことか。なるべく早く復帰できるよう頑張れよ」

「わかった」

 オヤジさんの激励に頷くと、石巨人亭を出た。


 これでひとまず各所への根回しは済んだ形か。

 あとは屋敷に戻って……って、やべぇ、今夜は剣闘士の試合があったのをすっかり忘れてた。

 大事な仕事(の一つ)を思い出すと、足を早めて屋敷への道を急いだ。

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