冒険者たち
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湯宿の里(仮称)の近くに拠点を構えてから半年くらいが経過した。
街道のパトロールと狩りの両立も、イツキレーダーのおかげで大分軌道に乗ってきた。
食料の備蓄も増えてきたので、このままいけば今年の冬は問題なく越せそうな目処が立っている。
まぁ今の季節は夏なんだが。
生活にゆとりが出てきたのはいいことだ、うむ。
寝起きにざっと体を動かし、朝湯に浸かってさっぱりしたら、朝食をとってパトロールに向かう。
今までのレスキュー経験は3度ほどだが、まぁまぁいい手ごたえだったんじゃないかと思う。
蹴散らした敵もゴブリン、狼、コボルド?とゴブリンの混成、と、雑魚ばかりだ。
ちなみにコボルドってーのは犬頭の獣人で、1.2~3mほどの緑小鬼よりさらに一回り小さい。
しかしこういうのを見ると、俺が魔物扱いってのもなんとなく納得できる。
となると俺はなんになるのかね。ワータイガー?
さて、今日は薪を追加する予定なので、街道筋をざっと見回ったら拠点の近くに取って返した。
イツキには引き続き街道筋を見てもらいつつ、俺は斧をふるって木を切り倒すわけだ。
必要以外は伐らないようにしているが、それでも半年も暮らしているとなればそこそこ薪も使う。
森の中にぽっかりと開いた空間で、今日はどの木を伐るべぇかと思案していると、イツキから念話が入った。
〈湯宿の里から人間が4人、森の中に入ったわよ〉
《了解。装備を教えてくれ》
〈革鎧が一人に金属鎧が3人ね。魔法使いはいないみたい〉
《野伏り1人に戦士3人か。野伏りの獲物は弓か?》
〈そうね。そこそこ大きな弓を持ってるわ〉
《野伏りや戦士がでかい袋を持ってる、なんてことはないか?》
〈持ってはいないようね〉
《分かった。一回こっちに戻ってきてくれ》
〈分かったわ〉
イツキが戻ってくるまでにちょっと考えをまとめる。
野伏り+戦士3人てことはおそらく討伐目的だろう。
このところ大きな魔物の群れとは遭遇していない。
大きな袋を持ってないということは採取目的とは考えにくい。
……多分、俺だな、目的は。
さてどうすべぇ。魔法使いがいなさそうってことは、念話による会話は絶望的。
何とか穏便に帰ってもらうしかないか。
〈ただいま〉
《おう、お帰り。偵察ご苦労》
《で、イツキの目から見てどうよ?話通じそうか》
〈うーん、あまり期待できそうにはないかなぁ〉
そんなダメそうなのか。
《そうか。俺としちゃあ穏便にお帰り頂きたいところなんだが》
一度そのご尊顔とやらを拝しに行ったほうがよかんべ、ということで再度イツキに道案内を頼み冒険者たちの様子を見に行くことにした。
《場所はどのあたりだ?》
〈双子の樫の木から南に入って東に向かってるわね〉
《全然別方向じゃねぇか。そりゃ今日一日かけたってここにはたどり着かんぞ》
〈何日か時間をかけて森を探るのかもね〉
ああ、そういう考え方もあるか。
ちなみに拠点は双子の樫の木ではなくもっと北のところから入る。
もっとも、入り口が分かったからと言って拠点にたどり着くのはまず難しい。
普通なら半年も暮らしていれば、獣道なり踏み分け道ができて当たり前なのだが、そこはイツキの魔法で下草が勝手に避けていくので道ができない。
つまり目印がない。
なにせ実際に暮らしてる俺でさえ、イツキのサポートがなければ無事に拠点に帰り付ける自信がない。
空から探せば、薪として切り倒した木のおかげですぐわかるんだけどね。
-2-
イツキに導かれて冒険者たちの近くまで来ると、魔法を使って木に登り身をひそめる。
幸い今は夏の始まり、身を隠す枝葉には事欠かない。
それでも念を入れてイツキに木の枝を編んでもらい、その上に腹ばいになって下を覗いた。
イツキにはちょっと離れたところで音を立ててもらい、冒険者たちが俺の下を通るように誘導してもらう。
・
・
・
あ、こりゃ駄目だ。
近づいてきた冒険者たちを見て、思わず首を振った。
見た目で判断するのは良くないと分かっちゃいるが、どうみてもチンピラですありがとうございました。
げらげらと下品な笑い声を立てながら、威嚇か知らんが手にした武器で道々の木々を無駄に傷つけてる。こりゃイツキが怒るぞ。
〈ただいま。あいつら殺していい?〉
やっぱりな。
《待て待て待て。ここで殺すとちょっと面倒くさい》
〈じゃあどうするのよ、このまま黙って見てろっていうの?〉
《帰り道を分からなくしてやることは可能か?》
〈迷いの森にするのね?そのくらいなら簡単よ〉
《じゃあ2日・・・いや、3日ほど迷わせてから里に帰そう》
〈えー、帰しちゃうの?〉
《その程度で勘弁してやれ。水も食料もなしに、あんな重装備で3日も彷徨えば懲りるだろ》
〈物足りなーい。納得いかなーい〉
《じゃあ3日目の夜にちょっと痛めつけていいから、それで我慢しろ》
〈はーい〉
くっくっくっ、森を荒らす者には祟りがあるのだよ。
そして3日目の夜。
イツキの迷いの森の魔法にかけられて憔悴しきった冒険者たちは、見張りも立てずに熟睡していた。
《んじゃ、4人を縛り上げちまってくれ》
〈おっけー〉
シュルシュルと蔦が伸びてきて、冒険者たちを拘束する。
さすがに冒険者たちも目が覚めるがもう遅い。
そこに追い打ちのように、イツキの魔法の落葉の刃が襲い掛かる。
あれ鋭くて結構痛いんだよな。
でも手加減はしてるみたいだ。
冒険者たちは血まみれになりながらも喚いている。
さってそろそろ出番かね。
頃合いとみてゆっくりと姿を現し、冒険者たちを見下ろす。
んだが
「あfさえういあ!」
「gdsbm、:mぽう!!」
この期に及んでまだ騒ぐか。
言葉が分かるなら
「この野郎!ぶっ殺してやる!!」
くらい言っているのだろうが、ワタシコトバワカリマセーン。
とりあえず埒が明かないので、転がっている剣を鞘ごと持ち上げると両手に持って力を込めた。
ふんっ
ギギギ・・・ベキ・・・メキョッ!
「「「「ヒィッ!」」」」
目の前で長剣を鞘のまま真っ二つにへし曲げてやったら大人しくなった。
「デルバ、アク、ネリーム、サルジャン?(念話が使える者はいるか?)」
ちょいとドスを利かせた声でゆっくりと話しかける。
冒険者たちは顔を見合わせた後、勢いよく首を振った。
そっかー、やっぱりダメかー。
しかし困ったな。こういう場面はレイシーンとの間で考えてなかったからな。
頭の中で、少ない語彙をかき集めて何とか会話を試みようとする。
「……ヴィ、ハンプタ、アルガ、イ、パセーヨ。(俺、村、敵じゃない)」
「クォルタ、バイデ。ヴィ、ハンプタ、エクト、イ。(お前たち、去る。俺、村、何もしない)」
キョトンとした顔の冒険者たちに顔を近づけ、もう一度ゆっくりと言う。
「クォルタ、バイデ。ヴィ、ハンプタ、エクト、イ」
とりあえず意味は通じたのか、冒険者たちががくがくと頷く。
そしてイツキに念話を飛ばして冒険者たちの拘束を解いてもらう。
「バイデ(去れ)」
そういって街道のほうを指さすと、冒険者たちは転がるように逃げて行った。
〈あんな程度で良かったの?〉
森の中からイツキが姿を現す。
《ああ、十分だ》
〈でもなんか物足りなーい〉
《あの程度でいいんだよ。あまりやりすぎると恨みを買う。1度だけならともかく2度3度と襲われたり騎士団とかが出張ってくるのはイヤだろう?》
〈まぁ、それもそうね〉
イツキが頷く。
〈でも、これでまた人里に入るのが遅くなったんじゃない?冒険者を脅して追い返したわけだし〉
《そうなんだよな》
ぽりぽりと頭をかく。
さてどないすべぇ。このまま放っておいてもいいんだが、これをきっかけとして何か一押し欲しいところ。
《しゃーない、詫びってわけじゃないがあの里に肉でも差し入れるか》
-3-
というわで、大鹿を3頭ほど狩って里の近くまで持ってきた。
イツキレーダーと俺の本気を合わせればこんなもんだ。
ただ、夜は明けちまったけどな。
眠いのを我慢して獲物を担いで里の入り口に行くと、一気に騒がしくなった。
って、いきなり矢が飛んできやがったよ。へろへろ矢なので簡単に避けたが。
「ヴィ、ハンプタ、アルガ、イ、パセーヨ!」
仕方ないので足を止めてその場で叫ぶ。
するとなんとか通じたのか、向こうで戸惑っているような気配がした。
「ヴィ、ハンプタ、アルガ、イ、パセーヨ!」
もう一回叫ぶと、門番の男は武器を少し下げた。
「ヴィ、ハンプタ、エクト、イ!」
そういって2~3歩前に出ると、門番はまた武器を構えた。あらら、ダメか。
〈あたしが出ようか?〉
《いや、いい。ここは俺の姿じゃないと意味がない》
というかこの場でイツキが俺の体から出てきたら、場が混乱する。
「ヴィ、ハンプタ、エクト、イ!」
もう一度そういうと、その場に大鹿を下ろす。
そして一度引き返し、続けて大鹿2頭を持ってくる。
門番たちはその様子を黙って見ている。説明できりゃいいんだが、そこまで語彙がないんだよな。
3頭目を運ぶと、その場で「これは差し出す」というジェスチャーをしてみせる。
数回それを繰り返し、なんとなく通じてくれたかなと判断して背を向ける。
「ケダル!(さらば!)」
背中越しにそういうと、手をひらひらさせてその場を立ち去った。
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「ふぅぅ~」
森の中に入って大きく息をつく。久しぶりに緊張したわ。
どの程度通じたのかはわからないが、とりあえずこちらに害意がないのは分かってもらえた……と思いたい。
願わくばこれがきっかけになって、里と何か物々交換ができたらなーと思うのは高望みしすぎか。ま、最悪、次の討伐隊が来ないだけでも御の字だ。
そして、集落の近くに拠点を構えてもうすぐ一年がたとうとしていた。




