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閨姫の病6

―――前回までのあらすじ――――――

イツキ相手に娼館や娼婦の説明をするという難しいミッションは何とかこなせた。

しかし今度は店一番の娼婦の所に上がった客がどうも怪しいらしい。

なお新規製作中の鎧は順調な模様。

――――――――――――――――――

-1-

 ドワンゴ親方の所で鎧の仮調整をした日と、その翌日も特に俺が出張るような揉め事もなく過ぎた。

 まぁ休み明けであり週の始まりということで来客も減ったので、仕方ないと言えば仕方ないと言える。

 だが、この店一番の娼婦のエリンのところに来た客が、ずっと居続けているのが気にかかる。

 馴染みの客ならともかく、初見の客が売れっ子娼婦をずっと独占していれば、他の馴染み客としてはちょっと面白くない。

 こういう場合は娼婦の方からそれとなく終わりを勧めるものだが、どうもこの客はそれでも居続けしているようだ。

 それにユリの娼婦の1日貸し切りが幾らになるかは分からんが、4日目に突入した今となっては延長料金も大白金貨が必要な額になっているだろう。

 ジュリア婆さんもそろそろなにか動く頃か……と思っていたら、朝食の時に婆さんに切り出された。

「用心棒、今日はちょっと外に出てもらうよ」

「まぁ構わんが、用件は?」

「楓通りにある『イルムト雑貨店』の様子を見てきておくれ。エリンの所に居続けの客の店だよ」

 ふむ、さすがに婆さんも既に動いていたか。エリンに探らせたのかね。特に断る内容でもないので、頷いて見せる。

「了解。なら店が休みの間に見てこよう」

「頼んだよ」


 手っ取り早く朝食をすませて昨夜の泊り客を送り出すと、ジュリア婆さんに言いつけられた通りにイルムト雑貨店の様子を見に出かけることにした。

 この店が繁盛しているようなら特に問題はないのだが……俺の勘では違っていそうな気がする。

 通りを歩いて道を聞きながらイルムト雑貨店に到着すると、嬉しくはないが俺の勘が当たっていたことを知るハメになった。

 イルムト雑貨店はこの街で一般的な、いわゆる個人経営の小さな雑貨店のようだが、外から見ただけでも活気がないのが分かる。

 客を装って店先に近づき、店の中や品ぞろえなどを観察してみたが、まぁなんというか、ダメっぽい。

 棚に空白が目立つだけでもアレだが、置いてある商品も乱雑な上に日焼けとかしていて、なんというか雰囲気的に「売れ残り」臭がする。

 カウンターの中にいるちょっとケバい感じの中年女性は、自分の爪の手入れに余念がない。

 お世辞にも、熱心に商売をしているという雰囲気とは言えない。まぁ店主らしいのが店ほったらかしで娼館に居続けではな。

 あとは、裏に回って裏口の生活臭を観察したり付近の店や住人に聞き込みをしてみたが、あまりいい話は聞くことができなかった。

 どうも数か月前にしっかり者の奥さんが亡くなってから、商売に手を抜き始めたらしい。

 二人いた従業員も解雇して、今、店番をしているのは奥さんの死後に転がり込んできた店主の妹だそうだ。

 ちなみにこの妹、近所での評判はあまりよろしくないらしく、挨拶をしても返事もしないとかから始まって、嫁ぎ先でオトコを作って突き返された出戻りとか、どこぞの酒場で酌婦もしていたとか、散々な言われようだった。


 ちなみに酌婦というのは酒場にたまにいる女性で、客の男の傍にはべり、話巧みに自分も相伴にあずかりつつ店の酒を少しでも多く飲ませることを仕事としている。

 客が店に払った代金に応じて幾らかの報酬が店から貰えるものの、額としては小遣い程度の物でしかない。

 それ故か酌婦の多くは仕事に対する意識が低く(要は自分がタダ酒を飲みたいだけ)、酔客とトラブルを起こすことも多い上に、酔い潰した客の財布から金を抜くような犯罪行為も頻繁に行うため、まっとうな酒場ではほとんどが酌婦の出入りを禁止している。

 そんな理由で世間一般からはあまりいい目では見られない職業だ。


 一通りイルムト雑貨店の周辺で聞き込みを行った末に、「こりゃアカン」と結論付けた俺はさっさと微笑む雪娘に戻ることにした。

「今戻ったぞ」

「お帰り。首尾はどうだったね」

 ジュリア婆さんの所に顔を出すと、早速婆さんが尋ねてきた。

「はっきり言うと、かなりよろしくない状況だ」

 そう前置きして、聞き込んできた内容を婆さんに報告する。

「……ふぅん、なるほどね」

 俺の報告を聞いた婆さんの目が、すっと細められる。

「ご苦労だったね、こりゃすぐに動かないと拙そうだ。昼食はもう少し待っとくれ。また出てもらうことになるかもしれないよ」

「あいよ。じゃあいつもの場所にいるから、必要なら呼んでくれ」

 婆さんと二人、同時に仕事部屋を出ると、婆さんはエリンと客がいる3階へ、俺はいつもの待合室へと向かった。

 婆さんがエリンの客を連れて降りてくるのに、そう時間はかからなかった。

「用心棒、出番だよ。手持ちの金がないから店にある品物で払ってくれるそうだ。秘蔵の特級葡萄酒があるそうだよ」

「ほぅ、そりゃ凄ぇな。ならウチを支払ってもおつりが出るか」

「それを出すから差額を払えと言ってきやがったよ。何様のつもりかね」

 ……いや、婆さん。当人がいる前でそこまで言うのはどうかと思うぞ。


 特級葡萄酒とは、葡萄酒の当たり年に極上品のみを選別し貯蔵される年代物の葡萄酒だ。

 値段はあってないようなもので、叩き売っても大白金貨数枚にはなるし、しかるべきところに持ち込めば交渉次第で青天井な値段がつく。

 当然、普段飲みするような酒ではなく、一部の豪商や王侯貴族がなにかの節目や式典などで厳かに飲むような酒になる。


 そんなわけで、エリンの客だった中年男をつれて、今行ったばかりのイルムト雑貨店を再訪した。

 娼館の支払いのカタに秘蔵の特級葡萄酒を持ち出すということで、店番をしていた中年女性がなにか発狂して中年男や俺に食って掛かるという場面はあったが、それ以外は特に問題もなく目当ての特級葡萄酒を持ち出すことができた。

 なお、特級葡萄酒を持ち出すにあたっては、その場に立ち合いはしたが品物には一切手を触れていない。

 店に戻る時も、客だった中年男に持たせたままだ。

 ぶっちゃけて言うと、俺はこの特級葡萄酒が本物とは思っていない。

 無論、この(自称)特級葡萄酒も娼館で鑑定を行うのだろうが、その場で偽物と判明した時に用心棒がすり替えたとか難癖をつけられるのを避けるためだ。

 それに、移動中に不慮の事故などで瓶を落として割ってしまった場合、俺が持っていたら俺の責任になる。それだけは避けなければならない。

 客に持たせたままだと、品物と一緒に逃げられる恐れはあるが、まぁ虎男の俺から逃げるのは至難の業だし、逃げたら逃げたで手配書を回すなり店を差し押さえるなりと手はある。


 だが、そんな俺の心配をよそに、帰りの道中も特に問題なく娼館に戻ることができた。


-2-

 客の中年男と一緒に娼館に戻り、婆さんに帰着を伝えてもらうと、婆さんと一緒に品の良さそうな初老の男性が姿を見せた。

 背筋のピンと伸びた、キビキビとした動作の、男の俺から見てもなかなかカッコいい爺さんだ。

「おかえり。モノは持ってきたかい?」

「ああ、ちゃんと店から持ってきた。ちなみに俺は指一本触れてないぞ」

 婆さんにそう答えると、隣にいる客に目配せをした。

「帝国歴743年製の22年物だぞ。大事に扱えよ」

 目配せされた客が、なんか偉そうに婆さんに葡萄酒の瓶を差し出した。

「はいよ。じゃあ、本物かどうか見ておくれ」

 婆さんは客の言葉など聞かなかったように無造作に受け取ると、そのまま隣の初老の男性に差し出した。

 差し出された男性は、婆さんとは打って変わって丁寧な手つきで瓶を受け取った。

「あーすまん、そちらの方は?」

 俺が尋ねると、婆さんが答える前に男性が名乗った。

「これは失礼しました。私はカナル商会で酒類の買い付けを統括しておりますリヒュードと申します。特級の葡萄酒の鑑定を依頼されて伺いました」

「これはご丁寧にありがとうございます。俺は今、この店の用心棒をやってる冒険者のディーゴってもんです」

 互いに頭を下げ合って名乗りあう。リヒュードは瓶を持ったままなので握手はなしだ。

「お互い名乗りは済んだね、じゃあ初めておくれ」

 婆さんがせっかちにリヒュードに頼む。

「かしこまりました。ではグラスと栓抜きをお借りできますか?」

 至極当然のように言ったリヒュードの言葉に、婆さんが困ったような顔をして見せた。

「それなんだけどね、栓を抜かずに鑑定ってできないかい?その葡萄酒は支払いのカタなんだよ。栓を抜いちまったらヨソに売れないだろ?」

「栓を抜かずに……ですか?」

 今度はリヒュードが困ったような顔をしてみせる。

「さすがに私でも、味を見ずに鑑定をするのはちょっと……」

「なんだい、意外と役に立たないね」

 婆さんがバッサリと切り捨てるが、葡萄酒に素人な俺でも、味見もせずに鑑定しろというのは無茶だと思うぞ。

でもさ

「横からすまんが、鑑定の魔法とかじゃダメなのか?」

と聞いてみた。

 アレなら確実に分かりそうな気がするんだが。

「鑑定の魔法とか魔道具ってのはね、魔力のある物にしか効かないのさ」

 俺の提案を、婆さんがため息交じりに否定してくれた。

 それをリヒュードが補足する。

「鑑定の魔法や魔道具は、いわばその品物が持っている魔力の色や形、流れなどを見るものなんですよ。鑑定者はそれを見て、詳細や効果を推測するのです。ですから、3級と2級、特級の葡萄酒を並べて鑑定の魔法を使っても判別はできないのです。1級の葡萄酒だけは保存の魔法をかけてあるので判別はできるのですが」

 あ、そういう訳なのね。

「ちょっと話がそれるけど、魔力の色や形や流れから推測するってことは、鑑定をしてくれる人によっては鑑定結果が外れることもあるわけ?」

「そうなります。経験が浅かったり知識のない鑑定士ですと、見落としや見間違いをすることもあります。鑑定魔法も万能確実ではありませんので」

 ……そういう理屈なのか。鑑定魔法なんてのはてっきり、モノを見たらスペック表と解説文が脳裏に浮かんでくるもんだと思ってたぞ。

 ということは、鑑定してもらったからってそれが100%正解とは限らないわけか。そりゃ思わぬ落とし穴だったわ。

 つーと、普通に鍛冶屋が打った鋼鉄製の剣を3振り並べて、どれが一番高品質か、なんてのは鑑定魔法では分からないわけだ。

 こりゃ自衛のためにも武具の良し悪しを見る目も少しは鍛えないとダメか。

 俺がそんなことを考えている間も、婆さんとリヒュードの間で一歩も進展のないやり取りが繰り返されていた。

 婆さんとしては栓は開けたくない。リヒュードとしては味を見ないと鑑定はできない。

 しかし味を見るには栓を開ける必要があるわけで……ってことだが、栓を開けずに味見ができればお互い問題ないわけだ。

「ちょっと瓶を見せてもらってもいいか?」

 考えているうちに少し気になったことができたので、瓶を持っているリヒュードに頼む。

「はい。ただ、扱いは丁寧にお願いしますよ」

「それなら大丈夫だ」

 リヒュードから瓶を受け取って、栓の部分を確かめる。

 ……ふむ、この栓の材質なら、俺の考えがイケるかもしれん。

「ありがとう。ちと聞きたいんだけど、鑑定に必要な味見って、それなりに量がないとダメか?」

「いえ、味を感じられる量でしたら、僅かでも鑑定はできます」

「この栓の表面に浮き出るくらいの量なら?」

「問題ありません」

 リヒュードが自信を持って頷いた。

「なんか手があるのかい?」

 話の流れが変わったことに、婆さんが食いついてきた。

「ちょっと道具は必要だし、やってみなけりゃわからん部分はあるが、試してみたい方法はある。上手くいけば栓を開けずに鑑定ができると思う」

 俺は婆さんにそう答えると、用意してほしい道具を説明した。

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