閨姫の病3
―――前回までのあらすじ――――――
店主との面接に無事合格し、娼館の用心棒となった主人公。
カジノでの門番とは何が違うのか?
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-1-
少女に案内された待合室は、少し広めの部屋だった。
客らしい男が二人既にいたが、一人は店員らしい制服を着た若い兄ちゃんと話している。
もう一人は椅子に座って順番を待っていた。
俺が姿を見せると、店員を含めた3人がぎょっとした表情を見せた。
「ディーゴ様はこちらへどうぞ。ここで控えていていただくことになります」
案内してきた少女がそういって部屋の隅の椅子を指し示す。目立ちはしないが、この部屋にいるならば確実に目に入る位置だ。
「わかった。ありがとさん」
少女に礼を言って椅子に腰を下ろす。
「煙草はここで吸ってもいいのかな?」
「はい。大丈夫です。すぐに道具をお持ちします」
「わかった。じゃあよろしく」
「こちらこそ、皆さまをよろしくお願いいたします」
少女はそう言って頭を下げると、入ってきた扉から戻って行った。まだ小さいのに言葉遣いといい随分礼儀正しいな。礼儀についての教育もされてるのかね。
俺が少女とそんなやり取りをしている間に、男3人は通常に戻ったようだ。
一人めの客と店員は話がまとまったらしい。店員が呼び鈴を鳴らすと、さっきとは別の少女が姿を見せる。
「ミューンさんにコレでご指名だ」
「かしこまりました」
店員の指示に少女が頷いて姿を消す。少しすると少女が、胸元の大きく開いたドレスっぽい服を着た女性を伴って戻ってきた。
ミューンと思われる女性は俺を見て一瞬顔をこわばらせたが、すぐに笑顔と作ると一人めの客へと歩み寄り、その手を取った。
身体を客に押し付けて耳元で女性が何かを囁くと、客は笑みを押し殺した顔で頷いて店の奥へと連れだって消えていった。
その間にも店員は二人目の客と交渉を始めている。
先ほどと同じことが繰り返され、二人目の客も店の奥へと消えていくと、待合室は店員と俺の二人だけになった。
次の客が入ってこなさそうなのをみて、椅子から立ち上がり店員に近づく。
「自己紹介が遅れたな。今日から用心棒に雇われたディーゴってもんだ。10日ほど厄介になるが、その間よろしく頼む」
「ご丁寧にどうも。自分はギューってもんです。こっちこそよろしくお願いしやす」
こちらが差し出した手を握り返しながら、ギューと名乗った店員は笑顔を浮かべた。
「これから日付が変わるまでは結構お客さんが出入りするんで、ディーゴさんは引き続き椅子に座って睨み利かせててください」
「わかった」
ギューに頷いて返すと、再び椅子の所に戻って腰を下ろした。
さて、退屈な時間の始まりだ。
揉め事対策要員といえば、カジノの門番と似たようなものだが、気楽さは段違いだ。
カジノの方は衣装を変えて立ちっぱなし、身動きもあまりできないのだが、こちらでは椅子に座った状態で煙草も吸うことができる。
ギューとの自己紹介が終わったすぐ後に、少女が煙草台を持ってきてくれたので、早速ぷかりと一服つけている。
今回みたいに時間があり余っている場合は、パイプ煙草の方が具合がいい。
火をつけて2~3分で吸い終わる日本の紙巻き煙草と違って、パイプ煙草はゆっくり吸えば1時間近くは持たせられる。
葉巻もやはり1時間近く楽しめるのだが、こっちの雑貨屋ではなぜか葉巻は見かけないんだよな。
煙草の産地に行くようなことがあったら探してみようか。
太い葉巻のシガーといわれる方はあまり欲しいとは思わないが、紙巻き煙草と同サイズの葉巻のシガリロがあるようなら試してみたい。
パイプ煙草も悪くはないんだが、短時間で気軽に吸える煙草も欲しいのよ。
まぁ10分程度で吸い終える小さなパイプも持っていて普通のパイプと併用しているけど、パイプってのは吸い終わった後の手入れが必要だから、時間がないときだとちょっともどかしくてね。
水煙草?あれはパイプ以上に手入れが大変そうだし、モノもでかいからなぁ……探せばあるかもしれんけど。
そんな感じでのんびりとパイプをくゆらせながら、ぽつぽつと訪れる客を凝視しない程度に観察する。
今のところ訪れた客はまだ数人だが、そこそこの高級店というだけあって客の身なりもこざっぱりとしている。
確かに店の内装を見た限りでも、汗と埃にまみれた労働者が仕事帰りに気軽に寄るような店ではないな。
客の切れ間に店員のギューから聞いた話をまとめると
1、ここにいる娼婦の女の子たちは7人
2、それ以外に、下働きの少女が3人、男衆3人を加えた合計13人が従業員
3、基本的に店主含めた全員が住み込みだが、男衆の一人だけは通い
4、トラブルの内容は7割がたが金銭関係。基本的に会計は前払いだが、延長などで追加料金が発生することもあり、それで揉めることが多いとか
5、それ以外のトラブルだと、客の娼婦に対する暴力や客と娼婦の駆け落ち(脱走)、過去に出入り禁止にした客の強引な入店(居座り)などがあるらしい
6、店主のジュリア婆さんの年齢は不明
ということだった。
他にもいくつか聞きたいことはあったが、その辺りまで聞いたところで夜もいい時間になり、今日の所はもう休んでもいいですよと少女が伝えに来たのでお言葉に甘えることにした。
日付の変わるこの時間になるとさすがに新規の客は来ないし、滞在中の客も泊りが確定しているらしい。
客の出入りがないならば、用心棒が詰めていなきゃならん意味も半減するからな。
大分ぬるくなった仕舞湯でざっと体を洗うと、住み込みの男衆が寝起きしている部屋の隅にしつらえられた寝床でこの日は眠りについた。
……そういや晩飯食いっぱぐれたわ。
-2-
翌朝、朝食の席で店主から皆に改めて紹介された。
ただ、女の子のうち3人は泊りの客だそうで、食事は客と一緒に部屋で取るそうだ。彼女らにはあとで紹介すると言われた。
手っ取り早く朝食をかっ込み、泊りの客3人を送りだせば娼館にひとときの休みが訪れる。
俺も自由時間になったので、一旦屋敷に戻ることにした。
「お帰りなさいませディーゴ様」
「おう、昨夜は何も言わずに外泊して悪かったな」
出迎えたユニを連れて自室に入ると、昨夜から個人で指名依頼を受けてあるところの用心棒を引き受けることになった、と説明した。
さすがに場所が娼館だとは言えん。
「……というわけでな、泊まり込みになるからすまんが急いで3日分の着替えを用意してくれ。洗濯は向こうでしてくれるそうだ。来月の4日には戻れると思うが、延びるようならまた連絡する」
「かしこまりました」
「それと、俺がいない間も時々石巨人亭に顔を出して、ランク7の依頼を幾つか受けとくといい。まぁランク7の依頼は街中での雑用がほとんどだから、お前さんなら手慣れたもんだろう。心配ならヴァルツも連れてって構わんぞ」
「はい。ありがとうございます」
「昼には依頼人の所に戻らにゃならん。着替えの用意は急ぎで頼む」
「はい。ではすぐに準備します」
そう言ってユニが出ていくのを見送ると、机の中を漁って中等の総合魔法書と植物図鑑を引っ張り出した。
待合室で読むわけにはいかんが、暇つぶしの物はあって困るものではなかろう。
しばらくするとユニが着替えの入ったカバンを持ってきてくれたので、そこに本2冊をぶっこんで屋敷を後にした。
出がけにヴァルツをわしわしして、ユニや使用人たちのことを頼んでおいた。
帰り道は少し急いだので、昼前には娼館に戻ることができた。
用意してもらった昼飯を平らげ、午後からの営業に合わせて待合室で待機を開始する。
でもまぁ、店は開けてはいるものの、日中の客足ははっきり言って鈍い。
そりゃ平日の日中なら、普通の成人男子は仕事してるわな。
……とか言いつつも、やってくる客の中には明らかに「仕事の途中です」感のある人間が混じっているのは苦笑が漏れる。
外回り系の仕事なのか知らんけど、まぁお好きなことで。くれぐれも自分の小遣いの範囲内にしておけよ。
こんな調子で暇を持て余しているので、同じように待合室で待機している店員との会話も増える。
今日の待合室担当は昨日のギューと変わって、エイドという30をいくつか越したくらいのおいちゃんだ。
暇に飽かせて徒花小路での流儀というか、この店での遊び方を色々と教えてもらった。
店の外から窓ガラス越しにおねぇちゃんを見定めて、中にいる店員から時間と料金の説明を受けて、前金を払ってお楽しみタイムというのはまぁなんとなく事前に予想がついた。
ただ、話をする中で聞き慣れない単語が出てきたので、その辺りを少し突っこんで聞いてみた。
1、店にいる娼婦は5段階にランク分けされており、スミレ<コスモス<カーネーション<ユリ<バラの順にランクが高くなる
2、ランクごとに選べる時間が決まっており、最低ランクのスミレの娼婦は最短30分から最長2時間まで。最高ランクのバラは最短4時間から最長は制限なしまで
3、カーネーション以上の娼婦を相手に選ぶ場合は、軽い酒食も頼むのが一般的
4、ユリ以上の娼婦を選ぶには1級市民以上の身分が必要
5、安くあげたいならランク付けの対象外となる街娼もいるが、性病のリスクが高いのでお勧めはしない
6、現在この店にいる娼婦は、ユリが1名、カーネーションが2名、コスモスが4名になる
……なるほど、こっちじゃ昔の江戸の吉原みたいに、娼婦にもランクがあるのね。
最高ランクのバラは、いわゆる花魁みたいなものか。
ランクの高い娼婦と遊ぶには、客にも相応の身分が求められるのはちょっと意外だったが、まぁ少し考えれば店側による自衛の為だろうと納得もできる。
「虎の先生はこういう店には来られないんで?」
あまり根掘り葉掘り聞いたものだから、逆にエイドに質問された。つーか先生と言われるのもなんかくすぐったいな。
「この街に来て1年と経ってないんでね、色々とバタバタしてて来る機会がなかった。場所が変われば遊び方も変わるだろうから、こっちの流儀が知りたかったんだよ」
「すると、先生も結構遊ばれる、と?」
「故郷にいる時はそれなりに世話になったけどな。まぁなにせこの風体だ、こっちじゃ相手をしてもらえるか難しいところだな。抱き枕としてなら需要はあるかもしれんが」
そう言って笑って見せると、エイドも釣られて笑顔を浮かべた。
「確かに先生のその姿なら、くっついて寝たら今の時期は温かそうですね」
時にパイプをぷかりとやりながらそんなやり取りを続けているうちに、いつしか日は傾き夕方といわれる時間に入っていった。




