閨姫の病1
―――まえがき――――――
新装備の注文は終わった。
そういえば上得意先のエルトールが指名依頼を出したいと言っていたが……?
―――――――――――――
-1-
防具一式を注文してきた翌日の夕方、俺は一人で石巨人亭を訪れていた。
「うぃーっす」
扉を開けて、なかなかに賑わっている店内を横目で見ながらカウンターの隅っこに腰を下ろす。
いつもならオヤジさんが声をかけてくるが、今は娘さんともども依頼を終えて戻ってきた冒険者たちの相手と夕食の注文に忙しそうだ。
俺を呼び出したエルトールもまだ来ていないようだし、と、店内のざわめきになんとなく耳を傾けていると、給仕の娘さんが俺に気付いた。
「あ、ディーゴさんいらっしゃい。こんな時間に一人で来るなんて珍しいですね」
「ああ、ここでちょっと待ち合わせしててね。注文は大丈夫か?」
「お料理はちょっと時間がかかりますけど……」
「じゃあ酒だけでいいや。焼酒を1瓶と水をピッチャーでよろしく。つまみはナシでいいよ」
「はい、かしこまりました。焼酒1瓶とお水をピッチャーでですね。少々お待ちください」
ほどなくして持ってこられた焼酒を、ピッチャーの水で割りながらちびちびと飲る。
……つまみは遠慮していらんと言ったが、塩か干し肉くらいつけてもらった方が良かったか?
そんなことを考えながら酔わないように酒を薄めてペースも落としつつ、のんびりと時間が経過するのを待った。
結局エルトールが店に来たのは、それから結構な時間が経ってからだった。
「遅くなってすいません」
「まぁ別に気にするこっちゃねぇが、急患でも入ったか?」
頭を下げるエルトールにそう返し、尋ねる。
「そんなところです。あ、すみません、個室空いてますか?」
エルトールは頷いて見せると、娘さんにそう訊ねた。
「ええ、空いてますよ。そっちに移動しますか?」
「はい。ディーゴさんは……もう焼酒頼んでいるんですね。じゃあ私はエールで。つまみはどうします?」
「干し肉で構わんから少しつけてくれ」
「じゃあ、干し肉を2人前お願いします」
「かしこまりました。個室の方にお持ちしますね」
「お願いします」
「んじゃ、場所変えるか」
エルトールが頷くのを見て、自分の酒を手に個室へと移動した。
個室に移り、エルトールが頼んだ酒とつまみが届いたことで、さっそく話を聞き出した。
「で、俺一人に限定して個室まで使って頼みたいことってのはなんだ?まさか法に触れることじゃねーだろうな」
「いえ、それについては全く問題ないです。ディーゴさんにお願いしたいことというのは、一言でいうと娼館の用心棒でして……」
「……ああ、なるほどな」
エルトールの答を聞いて諸々納得した。そりゃ確かにユニに聞かせるのはどうかと思うし、個室というのも頷ける。
こんな依頼を大っぴらに貼りだしたら、下心満載の野郎どもが殺到して下手すれば奪い合いの乱闘騒ぎになりかねない。
「知り合いの店から誰か良さそうな人はいないかと頼まれまして、それでディーゴさんを思いついたわけなんですよ。
泊まり込みになりますが、期間はとりあえず10日間。日当は1日半金貨2枚で、何か揉め事があったら都度、追加を払うそうです。
三度の食事は向こうが用意するとのことです」
……ふむ、揉め事がどのくらいの頻度で起こるのかは分からんが、都度追加の手当ては出るそうだし、黙って座っているだけで三度の飯に半金貨2枚がついてくるのは、冒険者の仕事としてはかなり楽というか美味しい部類に入る。
揉め事の相手もチンピラがいいとこだろうし、命の危険もなさそうだ。
俺がそんなことを計算している間も、エルトールの話は続く。
「一応事前に言っておきますが、ああいう店の店主はですね、店の女の子をつまみ食いされたりタダ乗りされるのを凄く嫌がるんですよ」
「まぁ、それはそうだろうな」
エルトールの言葉に気を取り直して頷いて見せる。
「で、その一方で、雇われた用心棒にヒマしてる女の子が面白がって誘いをかけるケースも多いんです。それで、用心棒も普段はヒマなのでついそれに乗ってしまう、と」
「そうなのか?」
自分の体を切り売りしてる女性が、金にもならんのに自分から身を差し出すというのもちと考えにくいんだが。
「ええ。店の女の子からすればその辺は割り切っちゃってるというか、営業活動の一環みたいな感覚なんです。お試し期間?みたいな。
1~2回くらいタダでさせても、その後お客になって金を落としてくれるなら元は取れる、といった具合で」
「でもその考えだと、店にとってもいいことじゃねぇの?新規客が増えるわけだし」
「正規の客としてお店に来てくれるならいいんですけどね、そうやって増やした相手ってのは、色々トラブルになることが多いそうです。
雇い終わった後も、身内のような顔をして裏口から勝手に入ってきたりとか、前はタダでさせてくれたのになんで今回は金とるんだと騒いだりとか。
なまじ腕が立つのを知ってるだけに、騒がれると始末に負えない、って店主がぼやくんですよ」
エルトールがそう言ってため息をつく。俺としては、その元用心棒?の考えもなんとなく分かるだけに苦笑いしか出ない。庇いはせんけどな。
「あと一番困るのが、女の子が本気になっちゃうケースです。用心棒ってのは『腕が立つ、頼りになる人』が求められるのは分かりますよね?」
「ああ、そうだな。それに加えて見た目が強そうとか迫力があればなおいいな」
「ですよね。でも見た目はともかくそういう人って、用心棒として店から求められるだけじゃなくて、一人の男として女の子にも単純に人気があるんですよ。
しかも今回話を持ってきた店はそれなりな高級店でしてね、用心棒を雇うにしても、相応に身元のしっかりした人に加えて人品人柄もそれなりのものが求められるわけで。
腕が立って頼りにもなり、身元もしっかりしてて人品人柄も卑しくない、そんな男ってのは、普通に見ても結構な良物件だと思うんですよね」
「確かに。まぁ顔についての好みはあるだろうし、致命的な欠点でもない限りは、少なくとも上位にキープしておきたい物件ではあるだろうな」
「そりゃー色々ときつい仕事ですから、精神安定剤的な意味で損得抜きの間男的な存在も必要かもしれませんし、店としてもある程度は目を瞑ってます。
ただね、間男にのめり込めばのめり込むほど、他のお客への対応が雑になるという弊害も出てくるそうなんですよ。
ですから、用心棒を頼むにしても、そういうことをやらかしそうな人間は避けてくれ、と念を押されているんです」
言われてみれば納得することばかりだが、こうして列挙されると結構ハードル高いんだな、娼館の用心棒って。
「その点、ディーゴさんなら腕は確かだし迫力もありますし、そのあたりの線引きはきっちりしてるでしょうし、女の子から誘ってくることもないと思うんですよね。
加えて身元の確かさも文句のつけようがないときてます。店主から話を聞いて、すぐにディーゴさんの顔が浮かびましたよ」
指折り数えて笑顔で話を勧めてくるエルトール。だがちょっと待て。今、微妙に気になることを言わなかったか?
「なんかさらりと虚仮にされた気がするんだが、俺の見た目ってそんなにダメか?毛並とか結構気を使ってんだけど」
「ダメといいますか、毛並とか言う時点で人間の範疇から完全に外れているのに気付いてください」
「……お前も言うようになったなコノヤロウ」
真顔で即答してきたエルトールを軽く睨む。しかしエルトールは気にする風もなく言葉を続ける。
「タテガミさらさらで毛並もつやつや、引き締まった筋肉の物凄く格好いい馬がいたとしても、普通はそれを見て「素敵!抱いて!!」とは思わないでしょう?
懐かれはしても性愛の対象にはならないってことです。ぶっちゃけ、ディーゴさんとそういう行為をするのは、獣姦とか魔物姦の感覚になるでしょうね」
……俺はそんな扱いかよ。
薄々は自分でも察していた事情ではあるが、こうやって他人から面と向かって指摘されると結構凹む。
「で、どうします?受けてもらえますか?」
「……ああ、まぁそういう話なら受けても構わんぜ。条件も結構いい方だしな」
凹みから立ち直ると、頷いてみせた。依頼として見た場合、断る理由も特にない。
「ありがとうございます。これ飲み終えたら早速店の方に行きましょう。オヤジさんにはあとで私の方から話しておきます」
「おうわかった。って、今からか?」
「娼館はこれからが営業本番ですよ?それになるべく早く、と頼まれているんです」
「話を聞くだけと思ったから、得物は護身用の鉈しか持ってきてないんだが?」
「チンピラ相手にあんな凶悪な戦槌持ち出すほどでもないでしょう。ディーゴさんなら素手か棒っ切れで十分ですよ」
その後、エルトールに引っ張られる形で石巨人亭を後にし、依頼元である娼館へと向かった。
-2-
そうしてやってきたのが、誰が呼んだか徒花小路。
正式な名前は別にあるらしいが、この辺りは夜の店が集まっているため、いつしか誰かがそう呼び始め定着したところだ。
石巨人亭の冒険者仲間から話には聞いていて興味もあったが、ここを訪れる明確な用事がなかったのと日々の忙しさにかまけてずっと足を向けてこなかった場所でもある。
立ち並ぶ娼館から、女性たちがそれぞれ妖艶な笑みを浮かべて道行く男を誘い、男はギラついた目でそれらを眺めて品定めに余念がない。
そんな光景を想像して来たものの、いま歩いているのは、取り込み忘れた洗濯物が下がっていたり、下働きらしい少女が地べたに座って野菜の皮をむいていたりと、生活臭がこれでもかとただよう裏通りだったりする。
……まぁ確かに、客じゃなければ訪問するのは裏口からだわな。
やがて隣を歩くエルトールが、一軒の店の裏口を指さした。
「あそこが依頼元の『微笑む雪娘』っていうお店です。ちょっと待っててください」
エルトールはそういうと、裏口に駆け寄って行って控えめに扉を叩いた。
ちなみに雪娘というのは冬の雪山に現れる、可憐な娘の姿をした魔物だ。
雪山らしからぬ薄い衣装と蕩けるような極上の微笑で人を惑わし、道を誤らせて遭難に導いたり、その抱擁で死をもたらしたりと、やることは結構えげつない。
雪山で凍死した者が時折笑みを浮かべているのは、雪娘の抱擁を受けたためだとこの世界では言われている。
微笑に惑わされればえらい目に遭うという点では、娼館も共通かも知れない。
少しして扉が開き、少女が顔をのぞかせる。
「あ、エル先生こんばんは」
「こんばんは。すみませんが店主のジュリアさんをお願いできますか?頼まれていた用心棒を連れてきたと伝えてください」
「はい。少々お待ちください」
少女はそういうと、俺の方をちらりと見て中へと引っ込んだ。
それなりに待たされた末に、先ほどの少女がまた顔を見せた。
「お待たせしました。中へどうぞ。ご案内します」
「ありがとう。じゃあ失礼しますね」
「邪魔するよ」
少女に先導されて店の中に入る。恐らく従業員用の通路なのだろう。掃除は行き届いているが、物が置いてあったりとちょっと雑多な感じがする。
そうして案内された部屋の中には、微笑みを浮かべた可憐な雪娘ではなく、表情の読めない妖怪婆がいた。
―――あとがき――――――
はい、今度の依頼は夜のお店である娼館の用心棒になります。
場所が場所ですので、今回みたいな感じで性の雰囲気のある話題や下ネタが混じってきます。
そういうのが苦手な方は……えーと、ごめんなさい。
―――――――――――――




