レスキュー
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拠点を構えてからおよそ3ヶ月が経過した。
幸いこの辺りは獲物となる動物が豊富で、食料の備蓄もそれなりにできた。
合間を縫って伐り集めた薪もそこそこの量になった。
ボロくなってきたサンダルも革ひもで補強した。
塩はまだ見つかってないが、これはほとんど諦めている。
というわけで、ようやく『ピキー! ボク悪いスライムじゃないよ』作戦が発動できる体制になった。
つっても何のこたねぇ、毎日の日課に街道の見回り2~3時間が追加される程度だ。
そりゃ本音を言えばずっと街道に張り付いて、何かあったらすぐに駆けつけられるような体制をとっていたいが街道に張り付いている間は狩りができないわけで。
誰かがご飯を恵んでくれるわけでもないから、その辺の優先度低下は止むを得まい。
そんなわけで、ここ最近の一日を見てみよう。
虎男の朝は早い。
日の出の少し前に目をさますと、おもむろに朝湯に浸かって目を覚ます。
風呂から上がると軽く体操をして体をほぐし、朝食の準備に取り掛かる。
と言っても、干し肉しか手持ちがない今は(ユリ根は非常食にした)、湯を沸かして干し肉をあぶる程度だが。
手早く食事を済ませたら活動開始。このころ日が昇り始める。
まずは集落に向かう街道の近くを、軽く駆け足で2~3時間かけて往復する。
往復して異常がないことを確認すると、今度は食糧調達。
春が過ぎ、夏に差し掛かろうというこの時期、山菜のピークは過ぎてしまったのでどうしても獣肉がメインになるのだが……幸いこの辺りには大型のシカが生息しているらしい。
1頭仕留めると7~8日は食いつなげるので重宝している。
狩りも石礫の魔法で足をつぶせば難なく仕留められるし。
獲物が捕れればそのまま解体→燻製つくりに移行する。
燻製と言ってもそんな小難しいノウハウを持ってるわけじゃない。
柱と立ち木の間に張り巡らされたロープに薄切りにした肉をひっかけて、生木や草を燃やした煙で乾燥&燻す程度だ。
ホントはちゃんとした燻製小屋とかあればいいんだろうが、あいにく前世じゃ趣味のうちに燻製つくりは入っていなかったからなぁ。
そのあたりの知識があれば、燃やす木や草について色々なこだわりが出てくるんだろうが、知らないものは仕方がない。
手当たり次第にかき集めてきた木や草で燻すしかない。
肉が煙臭くなるのはご愛嬌だ。
あと、時々失敗して肉が黒こげになるのもご愛嬌だ。
一晩ほどじっくり燻したら、ねぐらの食物入れに放り込んで蓋をする。
獲物が捕れた日の夕食は、だいたい心臓と肝臓を食べることが多い。
ハツとレバー美味しいです。レバーは前世ではあまり好きではなかったんだが、やはり虎男になって味覚が少し変わったっぽい。
前は胃袋も洗って食べていたが、大鹿の場合は心臓と肝臓だけで十分食いでがあるので胃袋はパスしている。
内容物を丁寧に洗うのがちょっと面倒だったりするからな。
ちなみに狩りな以上は(イツキレーダーのおかげで滅多にないが)ボウズの日もあるわけで。
そういう場合は前述のとおりさっさと見切りをつけて、街道の入り口に身を潜ませたりする。
身をひそめて何をするかと言えば、街道を入ってくる人を見て『こいつはなんか襲われそうだ』と目星をつけた相手をこっそり尾行したりする。
無論、助けるためデスヨ?襲ったりしないヨ?ボクワルイマモノジャナイカラネ。
まぁ幸い、今のところ襲撃は起きていないわけだが……平和すぎると俺の出番がないのは喜ぶべきか悲しむべきか。
ちなみにこの街道、温泉地に通じているせいかそこそこ人通りがある。
行商人に交じって鍋を背負った農夫らしき一家や老夫婦が通ったりする。農作業大丈夫なんか?
鍋持参ということは、自炊棟のある安い湯宿なんかもあるんだろうな。
俺も車に着替え一式と炊飯器積んで、温泉の自炊部によく行ったっけ。
部屋と風呂を往復するだけで1日過ごしたりとか。少ない休みをやりくりして時間作ったんだよなー。
などとつらつら考えていると、時間もたって夕方になっていたりする。
そうなると行動は切り上げてねぐらに戻る。
物騒な世の中、夜道を松明あかりで急ぐ物好きがそうそういるとは思えないので。
ねぐらに戻るとひとっプロ浴びて日中の汚れを落とした後、食事を済ませてあとは寝るだけ。
山の中じゃ夜の娯楽もないしね。日が落ちたら薪の節約も兼ねてさっさと寝る。
早寝早起きを地でいく、まぁなんて健康的な生活。
-2-
そんな風に日々を送っていたある日、いつものように街道のパトロールを行って いると、イツキが街道脇に隠れているゴブリン4匹を発見した。
こちらにはまだ気づいてないようなのでそっとその場を離れるが……さてどうしたもんか。
ここはひとまず放っておいて、誰かが襲われているところに「待ちねぇ待ちねぇ」と割って入るのが一番なんだろうが……なんかマッチポンプ臭くて気が引ける。
かといってこのまま蹴散らしたんじゃ折角の機会をふいにすることになるしなぁ。
仕方ねぇ、こういう場合は相手の反応を見てからだ。逃げるならよし、向かってくるなら叩き潰すまで。
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決着はあっという間だった。というかなんで向かってくるかなー。
1対4で勝てるとでも思ったのかなー。
4匹の死体を漁ってみるが、特にめぼしい物はなし。
魔法で穴を掘り、死体4つをまとめて放り込んで埋め戻す。そして合掌。
後は街道の入り口へと戻るわけだが、街道を歩いているとロバの鳴き声が聞こえたので慌てて脇に身を隠す。
そうしてやってきたのは、ロバに荷車を曳かせた一人の行商人。
先ほどゴブリンを倒してなかったらこの人が餌食になったんだろうな、と生温かく見守っていると、ロバがいきなり足を止めた。
行商人が鞭を入れたりするが一向に動こうとしない。
ありゃ、もしかして気づかれた?
仕方ないのでこそこそとその場を離れると、荷車が動き出したらしい音がしたのでほっと胸をなでおろす。
勘のいいロバめ。
これからは見守るにしてももうちっと距離を取らないと駄目か、などと考えていたら、行商人の去っていった方からロバの悲鳴が聞こえた。
しまった別働隊がいたのか!?
慌てて街道に出て行商人の後を追うと、こちらに向かって一人で逃げてくる行商人がいた。
行商人の後ろにはゴブリンが3匹。
行商人のおっちゃん、俺の姿を認めると絶望的な表情を浮かべる。
「ミスダン、アルガイパセーヨ!(安心しろ、敵じゃない)」
数少ない知ってる言葉を叫ぶと、おっちゃんは不思議そうな顔をして足を止めた。
だああ! そこで止まるな! 後ろからゴブリンが来てるだろうが!!
ダッシュしておっちゃんの脇をすり抜け、ゴブリンの群れに襲いかかる。
槌鉾を振り回し、ゴブリンの頭、胴、頭と一方的に潰して戦闘終了。つーか蹂躙だね、こりゃ。
ふっと息をついておっちゃんを見ると、あっけにとられたようにこちらを見ている。
「ミスダン。アルガ、イ、パセーヨ」
今度はゆっくりと話しかける。
「デルバ、アク、ネリーム、サルジャン?(念話は使えるか?)」
「イ、イ(いいえ、いいえ)」
首を横に振るおっちゃん。そうかー、まともな意思疎通は無理か。
仕方ないので魔法を発動してゴブリン3匹を埋める。そして合掌。
そういやロバと荷車があったよな。
荷車に向けて歩きだすと、おっちゃんはまだ呆けたように立っていたのでちょいちょいと手招きする。少し歩くと、横倒しになっている荷車と口から血泡を吹いて倒れているロバがいた。
こりゃロバのほうはダメだね。
荷車を元に戻し、ロバの頸木を外してやる。
そしてロバを道端に魔法で埋葬し、軽く合掌。
さて荷車は……持ち主が生きてんだから貰う訳にはいかねーよなぁ。
幸い荷物はそれほど被害を受けていないようだ。壊れ物があったらいくつかは割れてるかもしれんが。
ロバから外した頸木に手をかけて引っ張ってみると、まぁ動かすことができる。
じゃぁ集落まで持って行ってやりますか。
おっちゃん、そんな意外そうな顔すんなよ。
にっと笑ってサムズアップをすると、おっちゃんもひきつった笑みながら頷いた。
良かったサムズアップは通じるんだな。
そしてゴロゴロと荷車を引いて歩く。ここから集落まではそんな距離もない
からね。
おっちゃんが何事か話しかけてきたが、ぶっちゃけよく分からない。
「ヴィ、イェンタム、イ、ハーレンドミ」(俺は言葉が分からない)
そういうとおとなしくなり、荷車の後ろに回って押してくれた。うむ、少し楽になった。
そうこうしているうちに集落が見えてきた……んだが、遠めに見える門番と思しき戦士が慌ただしい。
まぁいつものことだけどね。
少しペースを落としてゆっくりと進むと、男衆が武器を持って姿を現した。
うむ、どうやらここまでだな。
足を止めると、荷車から手を離して後ろのおっちゃんを振り返る。
おっちゃんも察したようで、俺の手を取って2~3度振ると、頭を下げて男衆のところに歩いていった。
その姿を見送ると、俺は荷車を置いてその場を後にした。
ま、今日は顔見せだからね。今後も似たようなことがあるかもしれんから顔は覚えておいてくれよ門番さん。