毒を使う緑小鬼16
―――前回までのあらすじ―――
悪魔に対して殊更厳しい天の教会の高司祭への報告会。主人公たちの正体を指摘されるも、幸いに争いには発展せずに済みそうだ。
少し和らいだ雰囲気の中、報告会を兼ねた会食は続く。
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「さて辛気臭い話はこの辺にして話題を変えようか。私としては悪魔のそなたが、なぜ公然と名誉市民をやっているのかがいささか気になる。先の話であれば、そなたはこの世界では何の係累もない天涯孤独の身であったはずだ。その辺りの出世物語を参考までにお聞かせ願えるかな?」
それまでの空気を変えるように、エランドが明るい声で尋ねてきた。
「まぁ出世物語というほどのもんでもないですけどね」
そう前置きすると、この世界で目を覚ましてからの話を聞かせた。エレクィル爺さんたちに拾われたあたりで、一度話を止めて料理をつまむ。
「なるほどな、言葉も通じずその姿では、迂闊に人里へも近寄れまい。村人たちが警戒するのも納得だ」
「……そのまま森の中に引きこもっていればよかったんだ」
「ならばお前がやってみろ。街に住んでた人間が、なんの援助も準備もなしにいきなり放り出されて完全自給自足の生活を強制されてみろ。そんな台詞は出てこなくなる。1ヶ月もったら褒めてやるよ。俺は2年近くそうやって過ごしたけどな」
「でもディーゴも結構森の暮らしを楽しんでなかった?特に最後にいた、温泉のあったところ」
……頼むから話を混ぜっ返さんでくださいやイツキさん。
「で、その老人二人に拾われて街に引っ越してきたわけだな?」
苦笑を浮かべつつエランドが口にする。
「いえ、その前にもう一段階ありまして」
そう答えてから、今度は湯宿の里とセルリ村での生活を話して聞かせた。水飴を作ったことから名誉市民になったと話し終えると、エランドが頷いてみせた。
「ふむ、行商人が話していた水飴はそなたが出どころであったか。なるほど、それが切っ掛けで名誉市民にな」
「しかしそれだけで名誉市民になれるものでしょうか?所詮は甘味の一つではありませんか」
またクランヴェルが口をはさんできた。そんなに俺が信用できんか?その割にはさっきから料理をつまむペースが速いが。
「その所詮が大事なのだよ。今までは高値で庶民にはおいそれと手の出せなかった甘味が、比較的気軽に手に入るようになった。所詮が所詮でなくなったわけだ。
今はまだこの街と周辺でしか手に入らんが、この先も作れば作るほど売れて広まって行こう。用途も需要も無限と思われる品が、自国、自領でのみ作ることができる有用性はとても計り知れぬよ。例えるなら、ミスリルの鉱脈を新たに掘り当てるより価値がある」
「あとディーゴは言わなかったけど、水飴以外にもいろいろ作ってるわよ?」
イツキの補足にエランドとクランヴェルがそうなのか?とこちらを見る。
「まぁ確かに、水飴以外にもいくつか作りましたけどね」
「というと?」
「まず回転式の脱穀機に、井戸に取り付ける手押しポンプ、穀物選別用の唐箕って器具も作りましたね。あとリンゴから酒もつくりました。街に引っ越してからは天の教会にあるステンドグラスと、お湯を注ぐだけでスープになる固形スープの素、小さいものを拡大して見られる顕微鏡に、家具とかの装飾法の寄木細工がありますね」
指折り数えながら挙げてみる。
「……随分と、色々思いついたもんだな。ステンドグラスは教会で聞いたが、手押しポンプとかもそなただったか」
エランドが感心したように呟く。
「まぁこれが、先にも話した異世界から来た証明の一つになると思うんですがね」
「というと、先ほど挙げたものはすべてそなたの故郷にあったものか?水飴も含めて?」
「そうです。これだけ分野も種類も内容も違う品を、ぽんぽんとゼロから発明できる人間なんていないでしょう。天才といわれる人間だって、発明とあれば分野や種類に偏りは出てきます。
それに発明ってのは膨大な試行錯誤を繰り返した末に完成形が出てくるもんです。私の場合はそれがほとんどない。何故か?それは完成形を既に知ってるからですよ」
「すると……まだ他にも新たに作り出せる品があるわけだな?」
エランドの問いに頷いて見せる。
「ネタは既にいくつか」
「なんということか……。にわかには信じられん、信じられんが説得力はある」
エランドが天を仰いで呟く。クランヴェルは理解しようと、先の話を必死に反芻しているようだ。
「ただ勘違いされると困るのですが、私とて天地万物の全てを知ってるわけじゃないです。時間にして数十年、生きてきただけの経験と見聞きしてきた知識の中からこちらでも通用しそうな、再現できそうなモノを持ってくるだけですので、数自体はかなり限られます。
一部の人からは魔法の碾き臼、なんて呼ばれていますが、その碾き臼もいずれは砂金を出さなくなる日が来るし、それは遠い先のことでもない、と思ってください」
「それでも訊くが……ディーゴ殿、そなたは、この世界のありようを変えるつもりか?」
「まさか」
エランドの危惧を即座に否定する。
「そんな大それたことは考えちゃいませんし、実現も出来ません。ただ、私の故郷に比べるとこの世界はいささか不便ですので、出来る範囲でもう少し便利に快適にできれば、と思ってるだけです。ついでに少し……老後の心配がなくなる程度の金も稼げればいいんですけどね」
「ふむ……」
「私の故郷は確かに便利で快適ではありましたけど、その弊害でそれなりに重篤な問題もあって解決策も見出せずにいました。私としてはそれと同じ過ちは繰り返したくない、と思ってます。それに……」
一度そこで言葉を切ると、にっと笑って見せた。
「結構気に入ってんですよ、この世界も。ここにはここの良さがある。それは壊さないよう、大事にしていきたいですね」
隣でイツキが満足そうに頷き、エランドも表情を和らげた。不機嫌そうだったクランヴェルも若干、表情から硬さが取れた気が……しないでもない?
その後は、再現は無理そうなので作るつもりはないのだが、と前置きしたうえで日本の文明の話を少し聞かせた。
テレビはあまり理解できないようだったが、電話や内燃機関の話はかなり興味を持ったようだ。
あと食事時にどうかとは思ったが、祖国日本が世界に誇る製品の一つとして絶対に外せない、シャワートイレの話は大いにウケた。
そりゃ毎日使うものだけど、用を足した後に尻をお湯で洗って綺麗にしてくれるトイレなんて、この世界じゃ皇帝陛下だって使ってないし普通は思い付きもしないわな。
「帝都に帰ったら魔術師ギルドに開発を持ちかけてみるか?」とエランドが呟いたら、隣でクランヴェルが頷いてたよ。
そのまま再現するのは難しいだろうけど、魔法を代用に使ってでも完成したなら是非ウチの屋敷にもなるはやで導入したい。多少高くても金は出す。
アレは本当にいいものだ。
-2-
エランドとクランヴェルとの会食で、とりあえず俺の方の話は一段落したので、今度はこちらから逆に聞いてみた。
「ところで、お二人は何故わざわざこのディーセンの街に見えられたのですか?」
「おお、そのことか」
エランドが頷いて葡萄酒をちびりと飲む。
「帝都の教会に上がってきた報告書の中に、この街からの物があってな。ここ最近、急激に街の景気が良くなっていることと、教会を訪れる者が大幅に増えたことが報告されておるのだよ。それを気にした上の者が、一度様子を見てこいと言ってな。旅慣れた私が選ばれたという訳だ」
報告なんて上がってたのか。ちっと派手に動きすぎたかな?
そんなことを考えていると、俺の表情からそれを読んだのかエランドが言葉を続けた。
「教会とて一つの組織よ。組織を運営する上で、定期的な報告は欠かせまい。村にある小さな教会は近くの街の教会へ、街の教会はその国の首都にある大教会へ、各国の大教会は総本山の教会への定期的な報告が義務付けられておる」
「なるほど」
言われてみりゃ納得だ。教会とは言え、組織の上層部からすれば下部組織が何をやっているのか把握しておく必要があるし、そのシステムなら一応は大陸全土をカバーできる。
情報の精度や鮮度に疑問符がつくにしても、今回のように地域情勢も書き添えれば一応は大陸全土の情勢も把握できる。
情報伝達の手段がお粗末なこの世界では、そのメリットは計り知れない。
ふむ、遠方の情報を得るには教会を頼ることも手段の一つと覚えておいた方がいいか。
「まぁしかし、実際にこの街を訪れてみて納得した。帝都でも見たことのない便利で珍しいものがいくつもあるのでは、人が集まるのも無理はない。
それに教会に寄進されたステンドグラス、噂では聞いておったがあれは確かに素晴らしいものであった。落成式に呼ばれた者が大教会にも是非取り付たいと動いているが、私もそれに加わるつもりだ。もっとも、実際に取り付けを依頼するとなると、大分先になりそうだが」
「今の時点で5~6年先まで予定が詰まってるみたいですからね。人を増やしてはいるようですが」
「ふーむ、5~6年先か……私らが帰って予算を確保して注文を出すとなると、大教会に取り付けられるのはいつになるか分からんな」
エランドがそう言ってため息をつく。
それを見てふと思った。
ここで何か大教会の利益になる物を提案しておけば、味方に付けるとまではいかなくともヘンなのを送ってくるのを防ぐ牽制にはなるんじゃね?いわゆる防波堤的な。
頭をフル回転させて宗教関係の記憶の糸を高速でたぐると、あるものが引っ掛かった。
昔、テレビの番組で見た記憶と、海外を旅した時に立ち寄った教会の一角が思い出される。
これまた高速で、天の教会の宗教儀式や教会の講堂の作りなどと比較検討を行い、イケそうだと目処が立ったので口にしてみた。
「そういえば、こちらには聖歌ってものがないんですよね」
「セイカ?それは何かね?」
「聖なる歌、という意味で、要は神を讃える歌です。私の故郷の宗教の中には、儀式を行う前に皆で聖歌を歌うところがありました」
「なにそれ、あたし聞いたことない」
歌と聞いてイツキが食いついてくる。
「聞いたことがある、というだけで曲も歌詞も知らんのよ。俺も概念を聞いたことがあるってだけだから、実際に歌って見せるのは無理だ」
「そうなの?残念」
「ふむ……聖なる歌か。それは少し興味があるな。詳しく話してもらえるかな?」
思った通りエランドも食いついてきた。クランヴェルも隣で耳をそばだたせている。
「ええ。要は、神の御業や経典の一節とかに曲をつけて、歌にしたものです。曲と一緒にすることで、単純に経典を暗記するより覚えやすい。私の故郷の大きな教会とかでは、聖歌隊というのを組織していたところも結構ありましたね」
「聖歌隊……それは具体的にどういったものなのだ?」
「私のイメージでは、声変わり前の少年少女で構成された20人くらいの合唱団ですね。ただ、これといった明確な縛りはなかったと思いますよ。
大人で構成された聖歌隊もあったと記憶してますし、あえて言うなら、その教会の信者や関係者で構成するのが一般的でしょう。
何十人という人が声を合わせた歌声は、歌詞の意味が分からなくとも心に響くものがありますし、少年少女が揃いの制服を着て神の御業を高らかに歌うさまは、それだけでも絵になります」
「うぅむ……そういう文化があるのか……。経典の一節に曲をつけて歌にするという発想はなかったな。またそれを歌う聖歌隊も確かに絵になろう」
エランドは俯いて考え込んでいる。聖歌隊が歌う様子をイメージしているようだ。
「まぁ教会の運営に差し支えなければ、一度検討してみてください。歌を作るのも人を集めて練習をするのも時間がかかりますから、ステンドグラスの待ち時間を潰すのにもいいと思いますよ」
俺はエランドにそう言って笑って見せた。
その後も若干1名を除いて会食は和やかに進み、酒と料理がなくなったことでお開きになった。
「ではディーゴ殿、今回は有益な話を感謝する。私は近いうちに帝都に向けて発つが、こちらの施療院には3人の治療を引き続き頼んでおこう。
そなたが話してくれた聖歌と聖歌隊は、教会の上の方に提案してみるつもりだ。……それと、シャワートイレもな」
エランドはそう言ってにかっと笑うと、右手を差し出してきた。
「うまく導入されることを祈ってます。見送りには行けませんが、道中お気をつけて」
差し出された右手を握り返しながら答える。
「ありがとう。そなたの武運を祈っとるよ」
エランドはそう言い残して去って行った。それに従うクランヴェルは相変わらず仏頂面のままだったが……結構料理をぱくついてたことは気付いてんだぜ。
酒の〆にと出した、トマトと野菜のリゾットや干し果物を使ったミニタルトもしっかり平らげやがって。
でもまぁあの様子なら、帝都に戻って討伐隊を差し向けるようなことはあるまい。
報告会は、まずまずの成功といったところか。
―――あとがき―――
世間様は一般的に年末年始の休暇に突入するようですので、更新を微妙に増やします。
一応、31日と来月2日にも投稿する予定です。なお、時間は同じです。
1月5日から通常の週一更新に戻ります。
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