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毒を使う緑小鬼15

―――前回までのあらすじ―――

今回の騒動の事後報告先の一つである、天の教会の施療院。悪魔に対して厳しい態度をとる教会で、実力派高司祭は主人公たちの正体に言及してきた。

―――――――――――――

-1-

 報告の初手からエランドに俺たちの正体を指摘された。

 考えてみれば相手は冒険者として諸国を巡ったという天の教会の実力派高位司祭だ。

 悪魔に対する知識も深いだろうし、ユニの変化の魔法を見破っていても仕方がない。

 ここはハラくくって正直に明かすしかねぇな、と覚悟を決めた。

「……仰る通り、私も、一緒にいた娘のユニも悪魔です。私は悪魔の中でも獣牙と言われる種族で、ユニは淫魔と言われる種族です」

 俺の肯定に、クランヴェルの表情がさらに険しくなる。今にも剣を抜いて切りかかりたいが、エランドの手前、必死に抑えているようだ。

「ふむ、やはりな。淫魔は昔相手にしたことはあるが、獣牙という種族は話で聞いただけで、実際に見るのは初めてだ。人虎(ワータイガー)とはまた違うのだな?」

「さて……多分違うとは思いますが、人虎に関する知識はあまりないうえに、獣牙という種族に関しても良くわからんのですよ」

「自分の種族なのによく分からんのか?」

「ええ、まぁちょっと事情がありまして。これから話すことは荒唐無稽な内容になるんですが、嘘を言うつもりはないことは念頭に置いといてください」

 俺はそう前置きすると、自分の身に起こったことをざっくりと話して聞かせた。


「……ふむ、というと、そなたは元は異なる世界の人間で、こちらに来たときにその姿になった、というわけだな?」

 そこそこの長さの話を終えると、エランドが内容をそうまとめた。

「そのような戯言が信じられるか!!」

 耐えきれなくなったクランヴェルが椅子を蹴立てて怒鳴る。

「異なる世界?種族が変わった?そんなことは聞いたこともない!!」

「クランヴェル、落ち着け」

 エランドが静かに迫力を見せつつ命じた。そんな芸当もできたのね。

「話の途中だ、腰を下ろしなさい」

 迫力に気圧されてクランヴェルが渋々といった感じで腰を下ろす。

「そなたの話、にわかには信じがたいが……異なる世界というものは聞いたことがある」

「と、いいますと?」

 思わぬ話につい身を乗り出す。

「私が冒険者として諸国を巡っていたころ、この大陸の北西の小国群を訪れたことがある。まあ国といっても人口数千から数万の、いわゆる都市国家というやつだな。

 その街というか国の一つで守備隊長を務めていた者と親しくなる機会があったのだが、彼も異なる世界からやってきた申しておった。その場はただの戯言と流してしまったが、名は確か……ヤスケ、と名乗っておったな」

 ヤスケ、ねぇ……なんか古風な日本人ぽい名前だな。明治とか江戸以前の人かな。

「その人の特徴とか覚えてます?」

「おお、覚えておるぞ。小国群の人間は全体的に色白の肌で、髪も明るい金髪や銀髪といった色が薄いのが特徴なのだが、ヤスケ殿は炭のように真っ黒な肌と髪をしておった」

 ……ちょっと待て。肌の黒いヤスケさんは、俺は一人しか心当たりがないんだが。まさか?

「……その人との話の中で、オダ、とか、アケチ、なんて単語が出てきたりしませんでした?」

「いや、すまんがそこまでは覚えていないが……知り合いか?」

「私の祖国の歴史の中に出てくる人物に、同じヤスケという名の肌の黒い人間がいまして。自国の歴史にちょっと興味のある者なら、名前は聞いたことがあるくらいの有名人です」

「ふむぅ。名が同じ別人ということはないか?」

「その可能性はかなり低いかと。私の祖国の人間は、ほぼ全員が黄色い肌と黒い髪の持ち主です。炭のように肌が黒いというなら、他所の国から来た人間になります。

 そしてヤスケという名前はちょっと古風な名前でして、そういう名前が使われていたころに訪れた他所の国の人間は相当に少ないんです。肌の黒い人間ならもっと少なくなります。

 さらに祖国のヤスケという人物は、ある時期を境に生死不明のままぷっつりと消息が絶えているんですよね」

「なるほどな。なかなか興味深い」

「できれば会って話をしてみたいですね。まぁ向こうは私のことなんて全く知らないでしょうけど」

「残念だがそれは難しいな。私が会ったのは30年以上も前で、その時点でヤスケ殿は50近かったはずだ」

「あ、そうですか……」

 残念。子供の頃に歴史ゲームにハマっていた身としては、いろいろ生の話を聞きたかったんだが。

「話がそれてしまったな。せっかくの酒と料理だ、頂きながら続けるとしようか」

「ですね。あ、作ったのは淫魔ですけど、材料はこの街の市場で買ってきたものなので大丈夫です。酒も、拠点にしている冒険者の店で買ってきました」

「ふん、大丈夫かはこっちが決める」

 クランヴェルが吐き捨てるように呟いた。

「なら毒見はそっちでやってくれ」

 クランヴェルを軽くあしらうと、俺とイツキがそれぞれに料理に手を伸ばす。

 俺は戻したパプリカと鶏肉のサラダで、イツキは焼野菜のマリネだ。

「この焼いた茄子にかけられている白いのは、ヨーグルトかな?」

 エランドが料理の一つに興味を示して訊ねてきた。

「そうよ。塩とニンニクを入れたヨーグルトで、ウチでは結構定番の味ね」

「ユニの出身の魔界では、割と頻繁に使われるみたいですよ」

「ほう、そうなのか。魔界の味というのも面白そうだな」

「エランド様、まず私が毒見を」

 エランドが手を伸ばそうとした脇からクランヴェルが料理を先にとった。おい、マナー的にそれはいいのか?

 渋い顔でエランドが見る中、クランヴェルが覚悟を決めたような顔で料理を口にする。

 ……無表情を装っちゃいるが、一瞬驚いたような顔をしたのは見逃さなかったぜ。ユニの料理スキル舐めんな。

 内心でしてやったり、と思いつつこちらも自分に取り分けた料理を口にする。茹でた鶏肉がボリュームを残しつつもパサつきが気にならない程度に細かく裂かれ、戻して乱切りにしたパプリカとドレッシングで和えてある。一見シンプルだが、ドレッシングになかなか手が加えられている。

 うん、相変わらずいい仕事だ。

「で、クランヴェル、どうなのだ?」

「……いえ、問題は、なさそう、です」

 心なしか悔しそうにクランヴェルが答える。

 ふん、態度はアレだが、己の意に染まなくてもいいものはいいと認めるだけの分別はあるようだな。

 ここで「不味い。ぺっ」とかやらかしてたら、救いようナシと見切りをつけてコイツだけは『敵』に認定してたが。

 クランヴェルの回答を聞いてエランドも焼き茄子を口にする。

「ほぅ、こういう味なのか。ただ焼くだけではないひと手間が心憎いの。初めての味だが、これは旨い」

 そんな感じで皆が料理をつまみ始め、持参した酒にも手を伸ばし始めた中、頃合いを見て口を開いた。

「じゃあ、酒が回らないうちに報告を済ませましょう。食べながら飲みながらでいいんで聞いておいてください」


 二人にそう前置きすると、エランドと別れた後に判明した事実と起こった同時襲撃、その顛末に加えて冒険者ギルド副長の予想を話して聞かせた。

「うむ……やはりアモル王国が関与しておったか。昨日の火事騒ぎは私も施療院で聞いたが、ともあれ、街中に被害が出なかったのは幸いであったな」

「まったくです」

 エランドの言葉に頷いて見せる。

「冒険者ギルドの副長は、戦争にはなるまいと予想したそうだが、私も同意見だ。いささか襲撃の規模は大きいが、実質的に被害が出たわけでなし、相手が関与を認めん以上はこちらも表立って責めることは出来ぬだろうよ」

「面倒くさいのね、人間のやり取りってのは」

 隣でイツキが呆れたようにこぼした。

「まったくその通りだよ、精霊のお嬢さん」

 エランドはそう言って笑みを浮かべると、ちびりと葡萄酒を口に含んだ。


「ところで、3人の女性たちのその後はどうですか?」

「体力的なものは心配なかろう。まだ養生は必要だが、快方に向かっておるよ。ただ、心の方は特に進展は見られぬな」

「そうですか……」

 予想通りといえば予想通りだが、つい小さなため息が漏れる。

「何か、懸念があるのかな?」

 それを見逃さなかったエランドが尋ねてきた。

「いえ、まぁ……あの3人ですけど、こちらの施療院に預けるのが最善と判断して、今もそう思うようにはしているのですが……何か別のいいやり方があったのではないか、という考えがどうにも拭いきれなくてですね。

 施療院の実力を見くびっているわけではないのですが、どうも身に染みついた習性と言いますか、癖みたいなもので」

 前世のサラリーマン時代は、『現状維持は後退である』を旗印に、日々の業務や開発中の新製品に常に改善を強いられ求められてきた。

 一度『こう』と決めても、更なる良手を求めてついつい別の方法を模索してしまうのは、その社風に飼いならされた社畜ゆえの悲しいサガか。

 しかも今回は3人の女性の人生がかかっている。

 社畜時代の方針決定より、はるかにデリケートな問題だ。

「極端な考えになりますが、あの3人はこの先、現実的にまともな人生を送れると思えない。心が壊れたまま無理やりのように生かされていて幸せなのか。

 仮に心が戻っても緑小鬼の慰みものにされた過去は消えない。そんな深い心の傷を負ったまま長い時間を過ごさせるくらいならいっそのこと、『恨むなら恨め』とあの場でこの手にかけることもちらと頭をよぎりました」

「……それは性急にして傲慢な考えだな」

 俺の言葉をエランドが一蹴した。

「幸せかどうかは他人が決めることではない。勝手に相手を不幸と決めつけるのは、相手を見下す傲慢な物の見方よ。

 万が一相手が実際に不幸だったとしても、だからといって一方的に死をもたらすことが許されるわけはない。それは救済の名に酔いしれただけの、ただの人殺しに過ぎん」

 エランドの断言に頷いてみせる。

 俺が実際に手にかけなかったのは、ここまではっきりとではないがその行為に漠然とした違和感、拒否感があったからだ。

「そなたは3人の女性の為に心を砕き、最善と思われる方法を模索し、実行したのであろう?

 金額の多寡が価値を決めるわけではないが、その為に身銭を切って大金も出した。これらは、考えはしてもなかなか実行できることではない。

 最善手を常に模索し続けることも大切だが、それのみに心を囚われて下ばかり向いているのも良くない。

 そなたのしたことは、今でも十分称賛に値するものだ。もっと、胸を張りなさい」

 エランドに穏やかな笑みを浮かべて諭され、何かがすとんと落ちて嵌る気がした。

 ……ああ、そうか。俺は誰かに、この決断を認めてもらいたかったんだな。

 最善手と断言できず、自信の持てなかった行動を、面と向かって「よくやった」と褒めて後押ししてもらいたかったんだ。


 そう気づいた俺は、エランドに無言のままゆっくりと頭を下げた。


―――あとがき―――

知っている人は知っている、織田信長に仕えたという元黒人奴隷の弥助さん(の名前)が出ました。

色々と謎の多い人……というか、ほとんどわかっていない人ですよね。


折角出しておいてなんですが、この後、名前は出てきても本人が出てくる予定はいまのところありません。

こういう実在したらしい有名人をがっつり話に絡ませるのはどーにも苦手なもんで、期待した人にはここで先に謝っておきます。どうもすみません。

有名人とは、繋がりそうで繋がらない、一瞬の交差のような縁程度に留めるのが好きなもので、その辺はどうぞご理解ご了承願います。

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