毒を使う緑小鬼13
―――前回までのあらすじ―――
上層部の予想通り、アモル王国非正規部隊の手で同時襲撃が実行された。
ただあまりにも雑魚過ぎて拍子抜けだったが。
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襲撃を撃退した後は、衛視隊を呼んでごろつきたちを回収してもらった。
ただ手加減が甘かったのか、衛視隊を呼びに行って戻ってきたら追加でごろつき2人が息をしていなかった。
とりあえず軽く頭を下げたら
「……まぁここで生き延びても、最終的には絞首台に全員がぶら下がることになるから問題ないですよ」
と、回収に来た衛視たちに苦笑いで済ませられた。
他国の非正規部隊に協力して自国の街の商家を襲ったのだから、普通に考えれば反逆罪なんだと。
日本みたく「被害が出ていないから未遂の扱いにする」なんて甘くはないのね、こっちの世界は。
処刑の場になる中央広場が、しばらくはにぎやかになりそうだ。
衛視隊を見送ったあとに冒険者ギルドに向かうと、すでに2組の冒険者パーティーが報告に来ていた。
「おう虎男。首尾はどうだった?」
片方のパーティーのリーダーが声をかけてくる。
「問題なく返り討ちにして、衛視隊にまとめて引き渡しといたよ」
「そうか。何人くらい襲ってきた?」
「11人いたな。どれも雑魚なごろつきだったが」
「結構多いな、俺の所は8人だった。まぁお陰で店の方にも被害が出なくて済んだけどな」
「俺もそれは気を使ったよ。なにせガラス細工の店だからな」
「そりゃ気を使うわ」
そう言って二人で笑いあう。襲撃対象を守り切った達成感が、お互いの機嫌を良くしていた。
「でも正直ちょっと期待外れね。非正規部隊が絡んでる、っていうから、もっと手ごたえがあるのを想像してたのに」
もう一つのパーティーのリーダーの女性が、会話に加わってきた。
「そっちは何人だった?」
「12人いたけど雑魚ばっかり。ウチの魔法使いが眠りの雲の魔法を使ったら、抵抗できたのは3人だけ。魔法一つで9人が戦線離脱よ?緑小鬼だってもうちょっと頑張るわよ」
「……そいつは確かに手応えなさすぎだ」
女リーダーの愚痴に、こちらとしては苦笑いするしかない。
「こっちが雑魚ばかりってことは、腕利きは水飴製造所に集結かな?」
ふと思ったことを訊ねてみた。
「腕利きなんているの?」
「曲がりなりにも国に所属する非正規部隊だぜ?相応に腕の立つ奴はいるだろうさ」
「……身内の恥をさらすようだが、それなりに腕の立つ奴はいた」
リーダー二人の会話に割って入ると、二人がこちらに向き直った。二人の目が、早く話せと催促している。
「緑小鬼と一緒にいた人間だがな、あれ、実は二人いたんだ。一人は酔い潰れて寝ていたから簡単に捕獲できたが、もう一人の魔法使いが、な」
「逃げられたのか?」
「ああ。俺に憑いてる樹の精霊の魔法と、弓手の射撃と、使い魔の虎の攻撃に耐えて乱転移の巻物で逃げやがった。
それに加えて、そこそこ使い慣れている俺の精霊魔法があっさり解除されてもいる。中堅以上の実力はあるだろうな」
「魔法を解除したってことは、学術魔法の使い手か。……普通は貧弱な学術魔法使いが3人の攻撃に耐えたのは確かにちょっと侮れねぇな」
「戦士の訓練を積んでた可能性はない?極まれにいるじゃない、学術魔法を使う戦士って物好きが」
「その可能性は捨てきれんが、戦士にしちゃ武器を持ってなかったんだよな。魔法の発動体になる杖も持ってなかった」
「杖がないのは指輪という可能性もあるが、武器も持ってないってのはなんだろな?」
男のリーダーが首を傾げる。
「戦士として最低限の基礎だけを訓練した、本業は魔法使いなのかもね」
「かもな。それが一番しっくりくるか」
そんな感じで駄弁っていると、商家に行っていた残り一つのパーティーが戻ってきて、そのすぐ後に水飴製造所に行っていた3級冒険者パーティーのウィリオンたちも戻ってきた。
「「お疲れさん(お疲れ様)」」
最後に戻ってきたウィリオンたちに声をかけると、ウィリオンたちは少し驚いたような顔をして返してきた。
「なんだ、俺たちが最後か。全員がその顔で揃ってるところを見ると、商家の守りはうまく行ったようだな」
「ああ、手ごたえがなさ過ぎて愚痴ってたところだ」
「はっはは、そりゃ良かったじゃねぇか。こっちは20人超えの大所帯だったぜ」
「というと、やはりそっちが本命だったか。首尾は?」
「一緒に守ってた騎士が3人、軽い怪我で毒にやられた。ウチの回復役がその場で治したが、毒の強さに驚いてたぜ。ありゃ確かに洒落になんねぇな。
製造所に被害は出なかったが、遠くから弓で狙撃してきた奴には逃げられた」
「まぁそっちは衛視隊に期待するしかないな」
そんな様子を見ていたギルド職員の誰かが連絡したのか、ほどなくしてギルド副長のバーシェムが姿を見せた。
「ご苦労、全員戻ってきたようだな。首尾はどうだった?」
「ミクレイ商会は8人襲ってきて全員返り討ちにした。店に物的人員的被害は無しだ。襲ってきた相手は4人死亡で4人を衛視に引き渡した」
「ハセ両替店は12人ね。こっちも全員返り討ちにして、物的人員的被害もなし。相手は1人死亡で11人を引き渡したわ」
「カワナガラス店は11人だった。同じく全員返り討ちで物的人員的被害もなし。相手は5人死亡の6人を引き渡し済み」
「皆多いじゃねぇか。俺たちの行ったショレス宝石店は5人に襲われた。全員返り討ちにしたが窓ガラスを割られたのが被害っちゃ被害か。人的な被害はなくて、相手は全員生け捕りにして衛視に引き渡した」
「じゃあ最後は俺だな。水飴製造所は26人に襲われた。そのうちの2人が遠くからの狙撃要員で、そいつらには逃げられた。残り24人のうち9人が死亡。あとの15人は騎士団が連れてった。
騎士の方で怪我人が3人出たが、3人ともウチの回復役が完治させといたぜ。建物と人員に被害はないが、中庭は大勢が入り乱れて暴れたからちょっと手直しした方がいいかもな」
それぞれのリーダーが順次報告すると、ギルド副長は大きく頷いた。
「冒険者組は全員護衛対象に実質被害なしか。よくやった。あとは衛視隊と兵士が守りに行ったところと、火事騒ぎを起こした連中の捕縛、街の外に出ていった騎士と兵士たちの結果待ちだな」
「だが今回はかなり大規模じゃないか?俺たち冒険者組だけで倒したのがえーと……60を超えるだろ?他の商家を襲った連中と、火事騒ぎを起こした連中、外にいるかもしれない協力者を含めると100どころか200に届くんじゃねぇの?」
「小競り合いで済ますには規模が大きすぎるわ。上としてはどうなのかしら」
「その辺りは材料が全部出てからだな。俺の予想では、何らかの報復措置はとると思うが戦争までにはならんと思うぞ。捕虜や証拠や証言があるにしても所詮は非正規部隊だ。
アモル王国としてはそいつらを偽物と切り捨てて、バレバレの苦しい嘘を重ねてでも知らぬ存ぜぬで押し通すだろうよ」
ギルド副長が吐き捨てるように答えた。
副長が頭にくる気持ちはよく分かる。分かりきった嘘で誤魔化そうとする行為なんざ、こちらを馬鹿にしているようなものだ。
とはいえ、ちょっかい出してきた国の対応としてはそれしかないわな。ここで「仰る通り、ウチの手の者がやりました」と認めるのは正直ではなくただの阿呆だ。
俺がそんなことを考えている間に、ギルド副長が言葉を続ける。
「でもまぁ、しばらくはアモル王国への旅は控えとけ。こっちに非がなくとも、街に入るときや滞在中に現地の官憲に難癖付けられる恐れがある」
「「わかった」」
ギルド副長の注意に、冒険者全員が頷いた。
「続報と今回の報酬はそれぞれの拠点の店に送るから、話はそっちで聞いて受け取ってくれ。今回はご苦労だった。解散していいぞ」
「うぃす」
「じゃあね、お疲れー」
口々に言いつつ冒険者たちが帰っていく中、ギルド副長がさりげなく近づいてきて囁いた。
「ディーゴたちは全員が帰ったら俺の部屋に来い。渡すものがある」
何だろなと思いつつ頷いておく。
ユニとヴァルツを相手に今後の予定を話し合いながらさりげなく時間を潰し、全員を見送ったところでギルド副長の部屋に向かった。
「おう来たな。渡すもんってのはこれだ」
ギルド副長はそう言って革袋を渡してきた。受け取ってみるとずしりと重い。
「緑小鬼将軍を始めとする群れを退治したことへの、騎士団からの報奨金だ。7~80匹も退治したのに、村からの報酬だけじゃ不足もいいとこだろう、ってな」
「なるほど。でしたら有り難く受け取っておきます」
「それと話が前後するが、セグメト村にやっていた応援が昨日、戻ってきた。切り取った耳はこっちで受け取って、報酬に加えてある」
「ありがとうございます」
「緑小鬼の死体は村人と協力して埋めてきたそうだ。廃鉱を再探索したが毒の入った壺くらいしか回収できるものはなかったらしい。毒は魔術師ギルドに引き取ってもらった。
あと周辺の森の探索だが、追加で緑小鬼4と魔狼2を見つけて倒したそうだ。これでひとまずセグメト村周辺の危機は去ったな」
「そうですね。それを聞いて安心しました」
「それとセグメト村の村長からの伝言だ。やはり周辺の村にも女性たちが攫われた被害はないってさ」
「そうですか」
あの3人は結局身元不明のままか。
「最後になるがな、ビステル副団長とスーマ長官からお前さんたちに礼の言葉を預かってる。『貴殿らの迅速かつ的確な行動で多くの村民の命が救われた。治安に携わる者として深く感謝し礼を宣べさせていただく。貴殿らの武運とさらなる活躍を心より祈る』ってさ。俺としても同感だ。今回の件、ランクを上げるとかの特例措置はしてやれんが、ギルド長と俺は覚えておく。この先何かあったら、俺の所に話を持ってこい。できる範囲で手を貸してやる」
「ありがとうござます。中途半端な現金でもらうよりずっと心強い言葉です」
ギルド副長は俺の返答に相好を崩すと、部屋の扉を開けて俺たちを促した。
「俺からの話は以上だ。いろいろご苦労だったな、ゆっくり休んでくれ」
俺たちはギルド副長に頭を下げると、冒険者ギルドを後にした。
冒険者ギルドを出た後はカワナガラス店に寄って軽く報告を済ませ、屋敷に帰ることになる。
夕食を勧められたが、それは遠慮させてもらった。
ごろつきとの戦闘で多少だけど返り血を浴びたからね。一応、目立つところは拭いはしたけどまだ残ってるし、鎧を着たままだとくつろげないのよ。
カワナガラス店からの帰り道、ユニやヴァルツと連れ立って歩く。
今回の件を思い出しながら、つらつらと考える。
……これでひとまず一段落がついたわけだ。
他の商家への襲撃の結果や火事騒ぎの後始末、捕らえた者たちの取り調べにアモル王国への対応と、なすべきことはまだ大量に残っている。上の人間にとってはこれからが本番だろう。
しかし、それらについては一介の冒険者である俺たちに出番はない。聞けば後で結末くらいは教えてもらえるだろうが、実質、俺たちの出番は終わったに等しい。
今回の一件、アモル王国が絡んできたのは予想外もいいとこだったが、返り討ちにして結果的に街への被害はほぼ無しで済んだ。まぁめでたしめでたしの範疇になるだろう。
だが、俺個人としてはどうにも納得してないというか、腹の虫がおさまらん。
送り込んだ非正規部隊が成果も出せずにほぼ全滅、ってだけで相手にとっちゃ結構な痛手なんだろうが、そんなことは俺には関係ない。
なんか気の利いた、効果的で挑発的な、相手の傷口に指突っ込んでかき回しつつ塩とトウガラシを念入りに擦り込むような、そんなイヤガラセというか仕返し方法はないものか……。
そんな不穏な考えを抱く俺をよそに、ユニはヴァルツに今夜のメニューの提案をしていた。
ふむ、とりあえずイヤガラセは後で考えるとして、今夜の所はユニのメシを堪能するか。




