毒を使う緑小鬼10
―――前回までのあらすじ―――
緑小鬼に捕まっていた女性たちは、天の教会の施療院に丸投げした。
しかしまだまだ報告しなければならないところはある。報連相は大事です。
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-1-
軽くなった荷車を引いて、今度は冒険者ギルドの支部に向かう。
入口から光が漏れているのを確認すると、入り口わきに荷馬車を止めヴァルツを留守番に残して中に入った。
ヴァルツすまんな、留守番ばかりで。
夕食の時間を大分過ぎているので、ギルドの中は閑散としている。まぁこんな時間から依頼を受ける物好きはいないわな。
一つだけ開いている窓口に歩み寄り、暇そうにしている職員に声をかけた。
「こんばんは。夜遅くまで大変だね」
声をかけられた職員は慌ててたたずまいを直すと、照れ笑いを浮かべながら返してきた。
「これは失礼しました。当ギルドに何か御用ですか?」
「ああ。何日か前に、毒を使う緑小鬼の件で標の星というパーティーに報告を頼んだ者だが、状況が変わったので話をしに来た。担当者というか責任者はまだ残ってるかな?」
「毒を使う緑小鬼……?ああ、それでしたら副ギルド長が動いておられます。まだ残っているはずですので呼んできますね」
そう言い残して受付の青年が姿を消すと、しばらくして細身の中年男性を連れて戻ってきた。
「またせたな。ここの副ギルド長のバーシェムだ。別室で話を聞かせてくれ」
バーシェムはそういうと、脇にある個室へを俺たちを案内した。
個室に入り全員が席に着くと、まずバーシェムが切り出した。
「まず初めに確認するが、お前さんたちが標の星を助けてくれたパーティー、でいいんだよな?」
「そうです。別口のセグメト村からの依頼で緑小鬼討伐に出たところを、戦闘中の標の星に行きあいました」
そう答えつつ、俺とユニの冒険者手帳を手渡す。
「うん、ディーゴにユニか。報告で聞いた通りだな」
バーシェムは手早く手帳を確認し、返してきた。
「で、状況が変わったと聞いたが、どう変わったんだ?」
バーシェムの求めに、標の星と別れてからの行動を詳しく話して聞かせた。
「……緑小鬼将軍を頭に80匹近い群れがいたのか。下手すりゃ村の一つ二つは無くなってたな」
バーシェムはそう言ってため息をついた。
「しかしその黒幕の男2人ってのはアモル王国の関係者っぽいな。しかも食料を用意するバックもいる、と。……非正規部隊の連中かね?」
「それについてはまだなんとも。引き渡した男が素直に吐いてくれればいいんですが」
「そこは拷問してでも聞きだすだろう。なんにしても今は自供を待つしかないか。今の段階じゃ注意を促すのが精々だ」
そう言ってバーシェムが眉間をもみほぐした。つーかナチュラルに拷問とか出てくるのね、この世界は。
「だがまぁ、アモル王国の線が臭いと事前にわかってるのはいい情報だ。今回の毒にアモル王国のカラスボラの肝が使われていたと標の星から聞いたが、俺の知識によればカラスボラの毒ってのは、使われててもかなり特定されにくい毒だったはずだ」
そうなのか。エルトールは普通に挙げてきたが。
「毒を調べたのはミットン診療所のエルトール、って医者だったか?ミットン診療所は俺も昔聞いたことあるが、エルトールって医者の名前は初耳だ。その医者、相当毒に詳しいと見たほうがいいな」
……ああ、うん。まぁ医療マニアのエルトールだしな。妙なことも知ってるだろうさ。
バーシェムの言葉に頷くと、気になっていたことを逆に訊ねてみた。
「……ところで応援の方はどうなってます?会うことができなかったので、一応引継ぎの手紙を残してきたのですが」
「ああ、それだが昨日の朝に4級のパーティーと5級のパーティーを一つずつ送り出したばかりだ。毒の件があったので慎重を期してたら遅くなった。スマンと思ってる。こうやって話を聞くまでは、まさかそこまで大きな群れだとは思ってなくてな……」
「まぁそっちは済んだことなので構いませんよ」
バーシェムのやや雑な謝罪に、こっちも軽く流して済ませる。
「で、引継ぎはどんな内容を頼んだ?」
「緑小鬼の耳の切り取りに死骸の処分と、拠点まわりの森の再探索と、拠点だった廃鉱の再探索を手紙に書いておきました。捕まっていた女性たちの治療が先と思ったので、そのあたりは割とおざなりに済ませてきたので」
「そうか、まぁそれだけやれば当面の危険は無くなるな。うん、状況は分かった。あとは衛視たちと協力して事を進めることになるだろう。もしかしたら協力を頼むかもしれんが、その時は木の葉通りの5番地に行けばいいんだな?」
「ええ。近くで『虎のいる屋敷』と聞けばすぐわかりますよ。もしくは冒険者の酒場の石巨人亭で。ところで、標の星の面々はどうしてます?」
「ああ、報告に来た日は丸1日休ませたが、その後はお前さんを待って石巨人亭に貼り付いてる。応援に加えることも考えたが、毒のことを考えるとあいつらにはちと荷が重いと思ってな、待機を命じた」
「そうですか。じゃあ、明日には会えますね」
「大分気にしてたから、早く説明してやるといい。話は以上か?」
「一応は」
「分かった。夜遅くまでご苦労だったな」
バーシェムの労いに頷いて返すと、俺たちは冒険者ギルドを後にし屋敷へと戻ることにした。
-2-
翌朝、朝食を済ませた後のいつもの時間に石巨人亭に向かうと、店内にはすでに標の星のセシリーらが待っていた。
「おはようさん、早いな」
「ディーゴ!戻ってきたのか!?」
一同に声をかけると、セシリー達は待ちかねたように返してきた。
「昨日の夜戻ってきた。色々あって夜遅くなったんで今日になった。まぁ許せ」
「それは別に構わないが、あの後どうなったんだ?」
「それについてはオヤジさんを交えてこれから話す。ちと厄介な話になっててな」
「そうか……わかった」
標の星の面々が頷いたのを見て、カウンターに歩み寄った。
「おおディーゴ、戻ってきたか。話のさわりは標の星から聞いたが、ただの緑小鬼討伐じゃなかったようだな?」
カウンターに行くと、話を漏れ聞いたらしいオヤジさんが声をかけてきた。
「ああ、それについてなんだが、オヤジさんにも話を聞いてもらいたい。まだ完全に決着がついたわけじゃないし、他の冒険者にも関係してくる可能性がある」
「……そんな大ごとになってんのか?」
「まぁそれなりに。つーわけで2級葡萄酒2本と焼酒1本と蜂蜜酒1本を標の星んとこに。そこで全部話す」
「おう、わかった」
オヤジさんに注文を出して標の星の所に戻ると、一同に言って大テーブルに席を移した。
やがて酒瓶4本を持ったオヤジさんがカウンターから出てきて席につく。
オヤジさんとユニに葡萄酒を注ぎ、イツキには蜂蜜酒、自分は焼酒を注ぐ。
「悪いがそっちは各自でやってくれ。あとは手酌な」
「ああ」
標の星が頷いて、それぞれのカップに酒が注がれたのを見て、現地で起こったことの報告を始めた。
内容は冒険者ギルドで話したこととほぼ同じことの繰り返しだが、話を聞いた反応はそれぞれだった。
「……なるほどな。緑小鬼に黒幕がいて、アモル王国の関係が臭う、という事か。で、今は衛視の所での自供待ち、と」
「そうなる」
「そりゃ確かにウチにも話が来るかもしれんなぁ。黒幕が何を企んでいるのかは知らんが、どうせ碌なことではないだろう。大事をとって、腕の立つ連中には遠出させないよう気を使った方がいいか」
オヤジさんが腕を組んで考え込む。
「その辺りは任せる。そこまで口出しできるほど偉くもないし権限もないからな」
「報告は以上か?」
「ああ。そんなところだ」
「じゃあ、俺の方は何とかいい方法を考えてみる。討伐と報告ご苦労だったな。依頼成果は『大いなる感謝を込めて』にしといてやるよ」
そう言ってオヤジさんが席を立った。
「すまんね。じゃあよろしく」
席を立ったオヤジさんに俺とユニの冒険者手帳を渡すと、それを受け取ったオヤジさんはカウンターの中に戻って行った。
「……でも、80匹?そんな大きな群れがいたなんて」
アニタが呟いて身を震わせる。
「それ以外にも男二人と緑小鬼将軍もいたんですよね?ディーゴさんたちだけでよく勝てましたね」
「しかも毒を使ってたわけでしょ?」
フィルとキャロレッタが尋ねてきた。
「ああ、まぁ総数はそんなくらいいたが、一度に全部相手したわけじゃないからな。相手の数が多いときは、戦力の分断と各個撃破を狙うのは戦術の基本だろ?今回はそれが巧くいったのと、相手が油断してたから、無傷で勝てた」
「油断っつーと?」
「強敵とみられる男二人と緑小鬼将軍が、拠点の前で酒盛りしていやがったんだ。しかも一人は潰れてたしな。これが3人同時に相手するようだったら、こっちにも被害が出てた可能性が高い。実際、男一人には乱転移とみられる巻物で逃げられた」
セシリーの疑問に答えた後、焼酒を一口含む。
今回の依頼は結果的に上手くいったものの、相手の落ち度と運に助けられた部分が大きい。捕まっていた女性たちのこともあって、依頼達成を素直に喜ぶ気にはなれなかった。
「そういや、そっちの結果はどうなったんだ?」
ふと気になったことをセシリーに尋ねてみた。
「かろうじて依頼達成、ということにしてもらえた」
「本来なら依頼失敗になるところだけど……結果的に依頼人が言ってきた緑小鬼の群れは倒されてるし、情報をちゃんと持ち帰って報告したのが評価されたみたい。ディーゴたちにくれぐれも礼を言っとけ、って言われたわ」
「そうか。まぁそれならそれで良かったじゃねぇか。運も実力のうちという言葉もあるし、そういう巡り合わせだったんだろう」
そう言ってキャロレッタににかっと笑って見せた。落ち込むのは俺達だけで十分だ。
-3-
その後も、料理を追加で注文したりしながら標の星の面々とだべっていると、扉が開いて衛視が二人入ってきた。
衛視二人はオヤジさんに何かを見せて2~3話しかけると、オヤジさんが頷いたのを見て「では、よろしくお願いします」と去って行った。
「ゴーフェル、ディーゴ、ちょっと来てくれ」
衛視たちが去ったのを見て、オヤジさんが俺と別のテーブルで飲んでいた冒険者を呼んだ。
「なんかあったのか?」
呼ばれたゴーフェルがオヤジさんに尋ねる。
ちなみにゴーフェルは4級の冒険者で『風の牙』というパーティーを組んでいる。
共に仕事をしたことはないが、挨拶ついでにちょろっと話したりする程度には顔見知りだ。
「衛視本部からの協力要請だ。5級以上の冒険者とそのパーティーは支部に集まってほしいそうだ。ディーゴの読みが当たったな」
「なんだ、さっき集まって話してたのはその件か?」
ゴーフェルがそう言ってこっちを見る。
「どうやらアモル王国がちょっかいをかけてきたらしい。昨日、関係者を一人、衛視に引き渡したんだが、何か吐いたんだと思う」
「なるほどな。分かった。支部に行けばいいんだな?」
顔を引き締めたゴーフェルがオヤジさんに確認する。
「ああ。ただ、どこに間者の目があるか分からん。ばらけて道筋を別にしたうえで支部に向かってくれ」
「「了解」」
ゴーフェルと俺がそれぞれ頷いてテーブルに戻る。
「なにかあったの?」
残り少なくなった蜂蜜酒をちびちび飲んでたイツキが訊いてきた。
「5級以上の冒険者に衛視本部から協力要請だ。この騒ぎの続きだな。つーわけで今から冒険者ギルドの支部に向かうぞ」
「あたしたちは?」
アニタが声を上げる。
「すまんがそっちの面々は待機だ。5級以上が対象だからな」
「私はどうしましょうか?」
ユニか……微妙な所だな。7級だから個人でなら対象外だが、俺と組んでるから一応対象者にはなるんだよな。
「ユニは俺についてこい。んじゃイツキ、ヴァルツ、急ぐぞ。オヤジさん、勘定は俺にツケといて」
「あいよ」
標の星を店に残し、風の牙と俺達が同時に石巨人亭をでる。
示し合わせたように店の前で左右に分かれ、それぞれが別の道で冒険者ギルドの支部へと向かった。




