毒を使う緑小鬼8
―――前回までのあらすじ―――
緑小鬼の群れを潰し、黒幕の一人も捕らえることができた。
だが、もう一人には逃げられた上に被害者として捕まっていた女性たちも治療が必要だ。
のんびりする暇もなく、急ぎ村へと戻る。
―――――――――――――
-1-
荷車は明け方近くになって、ようやくセグメト村に到着した。
寝ずに待っていてくれた村長に、事の結果を報告する。群れのほとんどを倒したことに驚かれもし、安堵もされたが、黒幕の一人を逃したことと、女性が4人捕まっていてそのうちの1人が命を落としたことに話が及ぶと、村長は顔を曇らせた。
「そうでしたか、痛ましいことです」
村長はそう呟くと、しばしの間目を閉じて女性の冥福を祈った。俺も対面でそれに倣う。
村の共同墓地に埋葬することについては、快く許可してもらえた。
「確かに誰も来ない森の中で、緑小鬼どもの傍に葬られるのは当人も望んでいないでしょうな。ウチの共同墓地でしたら、たまに花を手向けることも出来るでしょう」
「すみませんがよろしくお願いします」
「残りの3人はどうされます?」
「こちらの村や周辺の村から攫われたのではないんですよね?」
「ええ、そういった話は聞いておりません。一応再度確認はしてみますが」
「そうですか。……なら、ディーセンの教会の一つに預けることになると思います」
ちら、とミットン診療所のことが頭に浮かんだが、職員が実質二人のあそこに24時間介護が必要な人間を3人も連れ込むのはさすがに無茶だ。
それにあそこはいい年齢の男所帯だ。あの二人に限って間違いが起こるとは考えにくいが、シモの世話まで必要そうな若い女性を頼むのは、外聞的にも色々と具合が悪かろう。
その後2~3件の村長の質問に答えた後で、机を借りていい加減到着してもいいと思われる応援の冒険者に向け、引継ぎの手紙を書かせてもらった。
群れの討伐がすでに終わったことと、他国の工作員の関与が疑われること。捕らえた男の官憲への引き渡しと救出した女性の治療のため先にディーセンに戻ること。
更に詳しい内容を知りたければ、ディーセンの冒険者ギルドの支部で聞くか、冒険者の酒場の石巨人亭にくれば自分と連絡がつくということ。
これらのことを書いたうえで、申し訳ないがと前置きして
1、拠点にそのままになっている緑小鬼の、討伐証拠となる耳の切り取りと死骸の処分
2、拠点である廃鉱の中の再探索
3、周囲の森の再探索と、可能であれば討ち漏らした緑小鬼の討伐
を依頼する旨を併せて書き記しておいた。
応援の冒険者がどんな話を聞いてどれだけやってくるかは分からんが、この3つさえやって貰えば当面の危険はないはずだ。
手紙を書き終えて、大きく伸びをする。
ちょっと一服つけたい気分だが、外は外でユニや事情を漏れ聞いた村のおかみさんたちが、救出した女性たちにあれこれと世話を焼いてくれているらしい。
自分が疲れているとはいえ、それを目にしながら堂々と一服するのはちょっと気が引けた。
「村長、机ありがとうございました」
玄関に立って外の様子を見ていた村長に声をかける。
「おお、手紙はもう書き終えましたか。助け出した女性たちですが、女房連中が湯浴みをさせて持ち寄った古着を着せています。もうちょっと待ってください」
「わざわざすみません」
村長と村人たちの厚意に頭を下げる。
「女性たちの準備が済み次第、出発されますか?」
「そのつもりですが、その前に弔いを済ませたいですね。それが済んだら出発します」
「分かりました。では男衆に穴を掘っておくよう言いつけましょう」
村長はそういうと、外にいるおかみさん連の一人に言伝を頼んだ。頼まれたおかみさんが頷いてその場を離れる。
女性たちの準備はまだもう少しかかりそうだ。なんとなく手持ち無沙汰になったので、思いついたことを村長に尋ねてみた。
「話が急に変わって申し訳ないのですが、今、この村で足りないものとか欲しいものってあります?」
「確かに急に変わりましたね。……と言いますと?」
「弔いが済んだら荷車に3人とおまけを乗せてディーセンに行くわけですが、用事が済めば荷車は返しに来ます。せっかく荷車を引いてるわけですし、空荷で戻ってくるのも芸がないな、と思いましてね」
普段はここまでの気遣いはしないのだが、今回はいろいろと世話になってるからね。
「ああなるほど、そういう理由ですか」
納得した村長が表情を崩した。
「無料で、という訳にはいきませんが、行商人よりは幾らか安く提供できますよ」
「それはありがたいですね。でしたら……木こり用の斧を2丁と砥石を3つ、あとは家庭用の普通の鍋を5つほどお願いできますか?砥石はそれほど高いものでなくて構いませんので」
「分かりました。木こり用の斧2丁と砥石3つ、普通の鍋5つですね」
村長の注文にメモをとる。
「他に何かありますか?」
「そうですね、それ以外は特に急ぎでは……ああ、手に入ったらで構いませんので、水飴というものをお願いできますか?」
「水飴ですね。あれはこのくらいの壺売りなんですけど、どのくらい用意します?」
壺の大きさを手で示しながら確認する。
「1つで十分ですよ。評判の品がどういうものか知りたかったので」
村長が笑いながら答えた。
「なるほど。じゃあ街で探してみましょう」
……まぁ俺が提案元だから、製造元に行って頼めば手に入るんだけどね。
「おや、女性たちの準備が終わったようですよ」
-2-
湯浴みをされて古着を着せてもらった女性たちと、同じく体を拭われて古着を着せてもらった亡骸をのせた荷車が、村はずれの墓地に到着した。
墓地の一角にはすでに穴が掘られ、いつでも埋葬できるようになっていた。
村長や、ついてきた村人たちが見守る中、棺代わりの板に乗せた亡骸が穴の底に横たえられる。
「……神よ、この勇敢な女性の魂に、どうか安らぎを」
村長の短い祈りの言葉に、居合わせた全員が黙とうを捧げた。
黙とうが終わると、ユニが小さな花束を投げ入れる。野に花などないこの時期に?……と不思議に思ったが、イツキが魔法で咲かせたのだろう。
その後は俺を含めた男たちの手で土がかぶせられ、名前のない簡素な墓標が立てられて弔いは終わった。
連れてきた3人の女性は、うつろな表情で下を向いたまま、何の反応も示さなかった。
弔いが済めばこの村での用事はひとまず終わる。
「じゃあ村長、皆さん、俺たちはこれからディーセンに向かいます。色々とありがとうございました」
「お礼を言うのはこちらの方です。道中、どうかお気を付けて」
村長と村人たちの見送りを受けて、荷車はゴトゴトと出発した。
こまめに休憩をはさみながらも、道中は何の問題もなく順調に道程を消化する。
強いて問題を上げるなら、誰もほとんど口をきかないことか。
俺の場合は、この3人の女性の処遇に自信が持てないでいた。
皆には教会に預けると言ったし今もそのつもりでいる。教会の施療院で治療と介護を受ければ、壊れた心も治る見込みがあるだろう。
だが問題なのはその瞬間だ。心が壊れるほどの仕打ちを再度認識することになったとき、どの様な反応を起こすのか分からない。
再び心が壊れてしまったり、発作的に自ら命を絶つ可能性も、決して低くはないと考える。
意志は戻れど記憶は戻らぬまま、というならまだマシな気がするが、壊れた時限爆弾を心に抱えたまま生きていくのもまた不安が残る。
このようなケースに最適解などありはしないのだ、と自分に無理やり言い聞かせても、何か別な方法があるのではないかという考えが拭いきれない。
そんな思考の堂々巡りが、俺の口数を少なくしていた。
ユニもユニで思うところがあるのか、それともショックが大きいのか、沈んだ顔で歩いている。
イツキも今はやけに静かだ。話しかけたところでまともな返答は戻ってくるまいと分かっているのかもしれない。
ヴァルツだけが、荷車の前になり横になりと移動しながら、いつも通りに周囲を警戒していた。
そんな静かな道行きだったが、夕刻と呼ぶにはかなり早い時間にディーセンに到着した。
「なるほど、事情は承りました。男と書類は一度こちらで預かりますが、後で衛視隊本部に連れて行くことになるでしょう」
ディーセンの門で事情を聴いた衛視と、報告を受けてやってきた衛視長がそう請け負った。
「分かりました。冒険者ギルドの方にはそのように報告しておきます」
「参考までに伺いますが、その女性たちはどうするつもりですか?」
衛視長が荷車の女性たちを見て訊ねてきた。
「そうですね……天の教会の施療院を頼ろうかと考えています」
「天の教会ですか。なら丁度いいですね。今なら高位の神聖魔法が使えるという司祭様が滞在されておりますから」
「そうなんですか」
「なんでも若いころに冒険者として諸国を巡って、実力をつけたそうですよ」
「そう言う御仁なら手を差し伸べてもくれそうですね」
衛視長とそんなやりとりをしてる間に、衛視2人が荷車から男を連れ出していった。
「うわコイツ漏らしてやがる」とか聞こえた気がするが、まぁスルーしておこう。
そういや拠点を強襲した時に縛り上げてから、ずっとそのままだったんだよね。散々飲み食いして酔い潰れてから丸1日くらい経ってんだ、トイレに行けなきゃ決壊もするか。
ついでに思い出せばメシも水もやってなかった気がするが、1日くらい飲まず食わずでも死にはせんしな。
荷車から降ろしたり積んだりはしたが、色々ありすぎてそこまで頭回ってなかったわ。
……だからと言って申し訳なく思う気持ちは微塵も起こらないが。
衛視長たちと別れた後は、一度俺の屋敷へと向かう。
「お帰りなさいませ。ディーゴさま、イツキさま、ユニさま」
屋敷に戻ると、使用人3人が出迎えてくれた。
「おう、今戻った。……と言いたいが、ちょっと物を取りに寄っただけなんだ。またすぐ出ていくから気にせず仕事に戻ってくれ。夜には戻れると思う」
そう言って3人を仕事に戻すと、俺だけ自室に入って金庫から金を取り出した。
そして荷車の所に戻る。
「んじゃ、天の教会の施療院に向かうか」
ユニとヴァルツに向けてそう言うと、荷車を出発させた。
「ディーゴさま、屋敷には何をとりに寄られたんですか?」
「ああ、彼女らの治療費をな。いくら教会の施療院とは言え、無料で頼むわけにもいくめぇ」
ユニの質問に、軽くため息をつきながら答える。
教会に併設している施療院は貧民救済の側面もあるので、安価か事情次第で無料でも診てもらえる。
だが、質のいい治療や看護を受けるにはやはり相応の代金が必要だ。しかも今回は長期の入院が予想される。
本音を正直に言えば、俺が身銭を切ってまで安くない治療費を出してやる、そこまでの義理もメリットもない。
義理もメリットもないのだが困ったことに、そこに名誉市民という肩書が少し絡んでくる。
富めるものは積極的に施しを、という文化があるこの世界、高級住宅街のでかい屋敷に住んでる(末席とはいえ)貴族の一員が、手のかかる患者3人を治療費も払わずに教会に押し付けた、などと噂が流れるのは結構具合が悪い。
そうでなくてもこの外見のせいで、俺はちょっとした有名人なんだから。
そしてそんな噂が流れる中で涼しい顔して生きていけるほど俺の面の皮は厚くないし、そういう噂があると使用人にも迷惑がかかる。
家計が火の車ならそんな噂も諦めもできるが、幸か不幸か今のところ貯金はあるんだよな。
幾つかの通りを抜けて天の教会の施療院についた時は、もう日も暮れ切った時間だった。
こりゃ今日の診察は終わったかな?と思いもしたが、とりあえず話だけでもしておこうかと敷地の中に荷車を引きいれる。
見ると施療院の玄関が開いていたのでそちらのほうに歩いていくと、中から祭服を着た初老の男性と長剣を腰に下げた神官戦士らしい若者が、職員の見送りを受けて出てくるところだった。




