毒を使う緑小鬼2
―――前回までのあらすじ―――
淫魔のユニと漆黒虎のヴァルツを加えた、パーティーとしての初陣は緑小鬼の討伐。
だが、依頼をしてきた村に向かう途中で、緑小鬼の群れに襲われているパーティーを発見する。
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-1-
魔狼を含めた緑小鬼の群れは9、囲まれている冒険者は4。
冒険者の実力次第では十分どころか余裕をもって撃退できるが、見た感じではそう楽観できる状況ではなさそうだ。
前衛らしき二人が膝をついたり倒れたりしているうえに、立っているのは神官と魔法使いらしき2人。
熟練の魔法使いならばここからでも逆転できるだろうが、緑小鬼を相手に不覚をとる前衛たちと組んでいるなら実力のほども似たり寄ったりだろう。
「手伝うぞ!」
冒険者たちにそう声をかける。
「すみません、お願いします!」
神官が返してくる。ずいぶん若い声だ。
「よしヴァルツ、行けっ!」
足の速いヴァルツを突っ込ませ、俺がその場で大きく吠える。
びくりと動きを止めた魔狼と緑小鬼の群れにヴァルツが襲い掛かった。
よし、これで連中の意識はこっちに向いたな。
少し遅れて駆けつけた俺からイツキが姿を現し、魔法を使って数を減らす間に、一回り大きな緑小鬼……おそらくは緑小鬼の隊長……を一撃で屠る。
これで危機は脱した。
ユニが1匹くらい仕留めてくれてるか、と思ったが、残念ながら棒立ちだ。
「ユニ、冒険者たちの様子を見てくれ!」
仕方ないのでユニを呼び寄せ、俺の傍で冒険者たちのフォローに回ってもらう。
冒険者たちを背に庇いながら、石礫の魔法を使い追加で魔狼と緑小鬼を1匹ずつ倒したところで、救出劇というか蹂躙劇は終わった。
「何とか間に合ったようだな」
武器を下げたまま冒険者たちを振り返る。
「あ、ありがとうございます」
「すまない、助かった」
若い神官と、片膝をついている女戦士が頭を下げた。女戦士の顔色がかなり悪い。
「怪我人は二人か。不意でも喰らったか?」
「そうなの。そのときに緑小鬼に毒を受けたみたい。でもあたしたち、解毒ポーションまでは用意してなくて……」
女魔法使いがそう説明する。
「解毒ポーションなら2本ある。使ってやれ」
そう言って解毒ポーション2本を渡す。
「すみません。助かります」
神官が受け取って、倒れている斥候らしい女の子と、片膝をついたままの女戦士の傷に振りかけ、飲ませる。
「……解毒ポーションが1本じゃ足りない?」
神官が驚いたような声を上げる。
「なんだと?」
神官の言葉に、女斥候の傷口をのぞき込む。
確かに、解毒ポーションをかけて飲ませたのに、傷口まわりの肌の色が戻りきっていない。
「……緑小鬼のクセに随分強い毒使ってやがんな。これは一度街に戻るしかあるめぇ」
「え……でも……」
そう言って神官が言い出しにくそうに口を濁す。
まぁその気持ちは分かる。神官も魔法使いも小柄な体形だ。標準体型の斥候なら二人掛かりでなんとかなろうが、少し大柄な戦士を運ぶには少し心もとない。
しかも怪我人は二人いる。神官と魔法使いだけでは、どちらか一人しか運べない計算だ。
危ないところを助けてもらい、安くはない解毒ポーションを2本貰ったうえでさらに人手を貸してくれ、一度街まで一緒に戻ってくれとはさすがに言いにくいだろう。
「荷物扱いになるが、二人くらいなら担いで運べる。その代わり、俺の荷物を持ってくれ」
「あたしなら、何とか歩ける」
そこで女戦士が声を上げる。
「毒の残った体で1日以上歩くつもりか?その顔色じゃとても街まで持たんぞ」
女戦士にそう返しつつ、自分の背負い袋を外す。見た目はぺったんこだが、食料や野営道具がいろいろ入っているので、相応の重さだ。
そして荷物の再配分が始まった。
ヴァルツの背に俺の戦槌と女戦士の大剣、女戦士の荷物を括り付け、ユニは女斥候の荷物を追加で持つ。
俺の荷物は男の神官が持つ代わりに、神官の荷物を女魔法使いが受け持つ。
「なにこれ、見た目軽そうなのに凄く重っ」
神官に俺の荷物を渡そうとした女魔法使いが驚く。
「そりゃ色々入ってるからな」
「でもこの見た目……もしかして無限袋?」
「まぁな。ただ、モノは入るが重さはそのままっつぅ不完全なものだ。それよりほら、いくぞ」
「すまない」
女戦士を右肩に担ぎ、女斥候を左脇に抱えて立ち上がる。二人とも革鎧だし、ちょい大柄と標準体型でも女の子なのでまぁなんとかなる。
ただ、そこでふと思いついた。
「ユニ、緑小鬼が持ってる武器を1つ2つ回収しとけ。毒の種類が分かれば治療もしやすいはずだ」
「分かりました」
「じゃあ出発するぞ、しっかりついてこい」
-2-
担いだ女の子2人に時々傷ポーションを飲ませて体力を回復させつつ、ディーセンへと急ぐ。
夕刻前に、朝方出発した村まで戻ることができたので、村長に事情を話して解毒ポーションの在庫があったら分けてほしい旨を伝えたが、生憎在庫を切らしているとの返答だった。
代わりに村の薬草師が呼ばれて容体を診てくれたが、この村の薬草師の手には負えないと言われてしまった。
仕方なくその場しのぎの応急手当を施してもらって村を出発し、夜行の強行軍でディーセンを目指すことにした。
治安のいい主要な街道だからこそできる力技だ。
これが治安の悪い脇街道や裏街道なら、俺もかなり悩んでいたことだろう。怪我人を連れて夜道を行く疲労困憊の一団など、魔物や野盗にとっては格好の獲物だが、騎士団が定期的に巡回しているこの街道なら、リスクはかなり抑えられる。
だが、村を出た後辺りから、ユニ、神官、魔法使いの3人の足が遅れだしていた。
止むを得ずヴァルツを護衛に残し、一同にスラム入口のミットン診療所に来るように言付けて一人だけ先を急いだ。
この街道からだと、ギルドの支部や石巨人亭よりミットン診療所の方が近い。
幸いにして襲われることもなく、足を早めて夜道を急いだせいで翌朝にはディーセンにたどり着けた。
ただ、強行軍のおかげで担いでいる二人は意識を失っていた。
そのままミットン診療所に二人を担ぎこむ。
ごつい虎男が女の子二人を担いで早足で通りを行くのはそうでなくても目立ったが、それはまぁ仕方ない。
診療所の玄関を足でこじ開け、中に声をかける。
「ウェルシュ、エルトール!すまんが急患だ!!」
俺の声にエルトールが受付から姿を見せた。
「どうかしたんですか……って、その娘さんたちは?」
「緑小鬼の毒にやられたそうなんだが、解毒ポーション1本で消し切れないほど毒が強ぇ。診てもらえるか?」
「分かりました、二人をこちらへ」
医者の顔になったエルトールが診察室へと誘う。
診察室のベッドに二人を寝かせると、エルトールがさっそく診察を始めた。
しばらく二人の傷を診ていたエルトールがこちらに向き直る。
「解毒ポーションを一本ずつ使ったんですよね?」
「ああ、石巨人亭で買った、まっとうな解毒ポーションだ。半分かけて、半分飲ませた。あと昨晩だが、村の薬草師に応急手当てをしてもらった」
「ふむ。毒を受けたのはいつ頃ですか?」
「昨日の昼前だな」
「……それでいてこの状態ですか。となると結構限られてきますね……毒の塗ってある武器なんて持ってきてます?」
「いや、俺は持ってないが、もうしばらくしたら連れが持ってくる」
「分かりました。毒の種類が特定できないのですぐには血清は用意できないですね。ただ別の方法で毒の働きを弱めることはできますのでその処置をしましょう」
「ならその間に、ひとっ走りして解毒ポーション仕入れてくるか?」
「じゃあ、お願いします」
エルトールに二人を任せ、石巨人亭に急いだ。
「オヤジさん、すまんが解毒ポーションをくれ」
石巨人亭の扉を開けて奥のカウンターに声をかける。
「おおディーゴか、早かったな。一人か?」
カウンターの中からオヤジさんがのんきに返してきた。
「依頼に関しちゃまだだ。村の手前で緑小鬼の毒にやられた冒険者を拾って引き返してきたんだ。いつもの診療所に担ぎ込んだんだが緑小鬼の癖に強い毒を使ってやがってな。追加で解毒ポーションが必要になった」
「そうだったのか。何本必要だ?」
「一応4本くれ」
「わかった。……ほれ、解毒ポーション4本だ」
「すまん」
オヤジさんに礼を言って代金を払うと、そのままミットン診療所に取って返した。
「エルトール、解毒ポーション持ってきたぞ」
「ああ、ありがとうございます」
エルトールは解毒ポーションを受け取ると、慣れた手つきで二人に処置を施した。
「……目ぇ覚まさんな」
「結構毒が回ってましたからね。でもしばらくすれば目を覚ましますよ」
「そうか。なら良かった」
エルトールの言葉に、ようやく一息つくことができた。
「じゃあ私はここで二人を見ながら診察を始めますので、ディーゴさんは待合室の方で待っててもらえますか?」
「受付はいいのか?」
「そこはアルゥとツグリさんにやってもらいます。アルゥ、ちょっといいですか?」
エルトールが隣の診察室に声をかけると、双尾猫のアルゥが姿を見せた。
「おおディーゴ、久しいな。して弟殿、何用かな?」
「すみませんが、ツグリさんと一緒に受付をお願いできますか」
「うむ、承知した。二人体制で診察を始めるのじゃな?」
「ええ、ちょっと早めに診察を終えたいんで」
「ふむ、そこの娘二人と関係がありそうじゃな。あとで共に話を聞かせてもらうぞ」
アルゥはそういうと診察室を出ていった。
「んじゃ、俺も待合室に移るわ」
エルトールにそう言い残して待合室に移動する。邪魔にならない隅っこの席に腰を下ろすと、後からくるユニたちを待つことにした。
それなりの時間が過ぎて待合室の患者が残り一人になったころ、玄関の扉が遠慮がちに開かれてユニが顔を見せた。
「あの、ミットン診療所ってこちら……ですよね?」
「おうユニ、こっちだ」
手を挙げてユニを呼ぶと、それに続いてヴァルツと神官、女魔法使いが入ってきた。
「荷物運びご苦労。運び込んだ二人はもう大丈夫だ」
「「ありがとうございます」」
神官と女魔法使いが頭を下げた。
「今はまだ眠ってるが、そのうち目を覚ますそうだ。荷物を下ろして休みがてら待ってるといい」
そう指示してヴァルツの荷物を解いてやると、ぶるるっと体を震わせて大きく伸びをした。
「ユニ、緑小鬼の武器は持ってきてるな?」
「はい、これです」
そう言って錆びの浮いた小剣と粗末な作りのトゲ付き棍棒を差し出してきたので受け取る。
武器そのものは、緑小鬼がよく使うありふれた武器だ。
だが、塗られている毒が強すぎるのが少し引っかかる。無論、自然界にも強力な毒草は存在するし、あの緑小鬼の群れがたまたまそういう毒草を使って武器に塗る毒を作ったという可能性は捨てきれない。
……まぁ、エルトールに見てもらってからだな。
結論をいったん棚上げすると、最後の患者の診察が終わるのを待った。
少しして最後の患者が礼を述べながら帰ると、受付を手伝っていたツグリ婆さんもアルゥを一撫でして帰って行った。
「じゃあ皆さん、中へどうぞ」
エルトールに呼ばれて診察室の中に入ると、ベッドで寝ていた二人は目を覚ましていた。