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新年の用事色々1

―――前回のあらすじ―――

年またぎの大興行は大きなトラブルもなく終了した。

無事に新年を迎えることができたので、今日と明日は挨拶回りに出向くことにした。

―――――――――――――

-1-

 カジノでの年またぎの大興行と営業活動を終え、いろいろと疲れた体に鞭打って自宅へと向かう。

 正直、屋敷に戻ったらベッドにルパンダイブしたいところだが、そういうわけにもいかんのよ。

 こちらの世界、年明けの1月1日は基本的に役所も商店も休みだ。

 いつもなら朝の買い物客でごった返す時間なのに、閑散としている通りをてこてこと歩く。

 流しの乗合馬車でも捕まれば、と思ったが、今日に限れば乗合馬車も休みなんだよな。

 それなりの時間をかけて自宅にたどり着くと、ユニをはじめとする使用人たちが勢ぞろいで出迎えてくれた。

「ディーゴ様、お帰りなさいませ。お仕事お疲れ様です」

「ああ、ただいま。あと、新年迎えましておめでとう」

「「新年おめでとうございます」」

 一同がきれいにハモる。ちなみにこちらでは「明けまして」という言葉のかわりに「迎えまして」という言葉を使う。

 個人的にはちょっと違和感がぬぐえない。

「お風呂にしますか?それとも食事にしますか?」

「まずは風呂を頼もうか。メシは昼に合わせて食う」

「わかりました」

 ユニの問いに答えると、使用人のポール、ウィル、アメリーが頷いてそれぞれ中に戻っていった。

 それを追うように屋敷に入ると、その後をユニがついてきた。

「食事はお昼と一緒にと言われましたが、軽いものだけでも用意しましょうか?」

「いや、カジノの方で酒飲みながらそれなりにつまんできた。気にせんでも大丈夫だ」

「そうですか。わかりました」

 自室に入り、外套を脱いでハンガーにかけて椅子に腰を下ろすと、自然と大きなため息が出た。

「お疲れでしたら少し横になりますか?」

「いや、大丈夫だ。確かに少し疲れちゃいるが、昼飯食ったら出かける用事もあるしな」

「どちらにお出かけですか?」

「領主様ンところ。実際会えるかはわからんが、年迎えの挨拶くらいにはいかんとな」

「そうでしたか。お疲れ様です」

「まぁこればかりはな。じゃあもう下がっていいぞ。風呂が用意できたら呼んでくれ」

「わかりました」

 ユニが退室したのを見送って、煙草に火をつける。

 煙を大きく吐き出すと、疲れがなんとなく和らいだような気がした。


 煙草をふかしながらしばらくのんびりしていると、ユニが風呂の用意ができたと呼びに来た。

 風呂場に降りて服を脱いで湯船に浸かるが……ああ……生き返るぅぅぅ。

 ブルさんとの殴り合いの後に酒を飲みつつ徹夜した疲れが湯に溶けていくぅぅ……。

 っていかんいかん。湯船の中で寝るところだった。

 体を洗った後に冷水を浴びて眠気を飛ばしたら、手拭いを何枚も替えて毛皮を乾かし、ユニが用意してくれた服を着こむ。

 台所に顔を出して冷えたミルクをジョッキで一気飲みすれば体調はほぼ戻った。

 あとは自室でふと思いついたことをごそごそやってると、ユニが今度は昼食の用意ができたと呼びに来た。もうそんな時間か。

 食堂に行くと、テーブルの上に料理を乗せた大皿が何枚も並んでいた。

 ああそうか、新年を迎えた日だから豪華にしたんだな。

「皆気張ったな。どれも旨そうだ」

 笑顔で言いながら席に着くと、ユニをはじめとする使用人たちも席に着く。

 俺とユニ、ウィルとアメリーには葡萄酒が、ポールにはリンゴを絞ったジュースがそれぞれ用意されている。

「んじゃまぁ、全員揃ったところで始めるか」

 俺がまずグラスを手にして、一同を見渡す。

「昨年はまぁ色々とあったが、こうして皆で新年を迎えられることを嬉しく思う。前にも言ったと思うが、今年からはユニも冒険者として動き出すので、その間はウィル、アメリー、ポールの三人でこの屋敷を守ってほしい。その際、人手が足りないようなら遠慮なく言ってくれ。

 では、皆の健康と新年を祝って、乾杯」

「「乾杯!」」

 そして和やかに食事が始まった。

 水や湯で戻した干し野菜の和え物や、温かい具だくさんのスープ、定番のドルマ(詰め物)、キョフテ(肉団子)、ムサカ(グラタン)にケバブ(ロースト)など、ユニが陣頭指揮を執って作ったらしい料理を堪能する。

 味噌や醤油を恋しく思うのは相変わらずだが、ユニの料理にも大分馴染んできた。

 俺は昼は外で済ますことが多いのだが、食堂などで食べてもどうも少し物足りない感じがするからな。

 やはり相手の胃袋を掴むというのは強い。

 ウィル、アメリー、ポールの3人も、俺の屋敷に来た当初より肌の色つやも良くなっている気がする。

 特にポールなんかは伸び盛り食べ盛りなんだから、遠慮せずにどんどん食って体を作ってほしいものだ。

 量があって味もいい食事を終えて片づけをすますと、いったん食堂に集まってもらった。

「俺はこれからちょっと領主様の所に出かけるが、その前にこれを渡しとこうと思ってな」

 集まった4人にそう言って小さな包みを渡す。中身は一律で半金貨1枚だ。

「俺の故郷では新年を迎えた1月1日に、家長が家族に「お年玉」という小遣いを渡す習慣があってな。大した額じゃないが、それぞれの小遣いの足しにしてくれ」

「あの、ディーゴ様、私たちは先月もお給料とは別に一時金というのを頂きましたが……?」

 アメリーが遠慮がちに述べる。

「ああ、覚えてるよ。あっちは上司から使用人に渡すもので、これは家長が家族というか子供に渡すもんだ。別物と思ってくれていい。まぁ俺の感覚でいうなら成人して働いて給料もらってる人間は除外されるんだが、こうして初めて迎える新年だし、まだ何かと細々としたもので出費もあるだろうから全員一律で配ることにした」

「そうですか、ありがとうございます」

「ま、本当に大した額じゃねぇから気にせず受け取ってくれ。じゃあ俺はこれから出かけてくるから」

「「わかりました。行ってらっしゃいませ」」


-2-

 自室に戻り外套を羽織ってから、領主の館に向かう。

 まぁ新年のご機嫌伺いなんざ俺以外にも大量に人が来るだろうから、ぶっちゃけ会えるとは思ってないが……一応行ったんだよという実績は残しておきたい。

 そんな考えで領主の館に行くと、やっぱり面会希望で行列ができていた。ざっと見で20は超えてんな。

「新年おめでとさん。寒い中大変だね」

 この寒いのに外に立ちっぱな門番に声をかける。

「おお、ディーゴ様。新年おめでとうございます。ディーゴ様も面会希望ですか?」

「そのつもりで来たんだが、これだけ行列が出来てるんじゃ無理そうだな」

 塀に沿って並んでる行列を見て、門番に答える。

「そうですね、実際にお会いするのは難しいとは言っているのですが……急ぎのご用件ですか?」

「いや、単なる新年のご機嫌伺いだから、急ぎでもなんでもないんだ。時期からは少し外れちまうかもしれんけど、この挨拶詣でが落ち着いたころに日を改めて出直すわ」

「そうしていただけると助かります」

 そう言って頭を下げる門番にひらひらと手を振ってその場を離れると、その足で冒険者ギルドの支部に向かった。


 しばらく歩いてたどり着いた冒険者ギルドの支部は、今日も開いていた。

 ただやはり1月1日ということもあり、たむろしている冒険者の数はぐっと少なく両手で数えるほどだった。

 まぁ大多数の人間は新年の初日くらい家とか宿の部屋でごろごろしてるよね。こういう日にガツガツ働きたくねーもん。

「新年おめでとう。年迎えの初日からご苦労さん」

 受付に声をかけると、職員の兄ちゃんが苦笑を浮かべながら返してきた。

「新年おめでとうございます。まぁ冒険者ギルドは年中無休ですから。で、今日はどんなご用件ですか?」

「ああ、訓練教官のオブレットさんに挨拶にね。別に稽古をしに来たわけじゃないんだが、いるかな?」

「オブレットさんなら今日も来てますよ。そういう用件でしたら奥へどうぞ」

「わかった。ありがとさん」

 受付に礼を述べて稽古場に向かう。

 稽古場に入ると、教官が木剣を使って一人で素振りをしていた。

「新年おめでとうございます、教官」

 少し離れた所から声をかけると、教官が素振りを止めてこちらを向いた。

「お、ディーゴか。ああ、新年おめでとう。さっそく稽古に来たか?」

「いやぁ、今日の所は挨拶だけで勘弁してください。武器も持ってきてませんし、料金も払ってませんし」

 更に言うなら徹夜明けだし。

「そうか?別に木剣同士でも構わんのだがな。新年初日だから特別に無料でもいいぞ」

 いかん、この流れでは稽古に付き合わされちまう。

「いや、まぁ昨夜試合があったのでその報告に」

 無理やり話の流れを変える。

「ああ、そう言えば半牛鬼人との試合があったんだったな。で、どうだった?」

「負けました、というか、勝てませんでした。いいところまでは行ったように思えるんですがね」

「そうか、勝てなかったか」

 教官はそう言ってため息をついた。

「……まぁ仕方ねぇっちゃ仕方ねぇ面はあるか。その試合に勝てるってのは、半牛鬼人を素手で倒せるってことだからな。5級の冒険者じゃ武装しててもまず無理だし、4級……いや、素手じゃ3級でも一部の奴に限られるだろうな。しかもその半牛鬼人は野良じゃなくて、剣闘士として訓練積んでるんだろ?実力のほどは知らんが、依頼でいえば完全装備の3級冒険者パーティーが対象な討伐案件だぜ」

 ……そんな無茶振りされてたのか。あの試合は。

「ま、お前さんは人間と違って体のつくりが別モンだからもうちっと敷居は下がるが、そんな半牛鬼人とガチの殴り合いしていいとこまで行ったってんなら、ぼちぼち強くはなってるってことだ。これからも稽古は忘れんなよ?」

「分かりました。今年もよろしくお願いします」

 教官にそう言って頭を下げて、稽古場を後にした。


 冒険者ギルドの支部を出て空を見上げる。

 うーむ、夕方というにはまだ少し早いが、移動時間を考えるともう一軒寄るにはちと遅いな。

 乗合馬車もいないから時間短縮も出来んし。

 カワナガラス店と石巨人亭にも顔を出したかったが、そこは明日にするか。

 石巨人亭はともかく、カワナガラス店の方は新年初日に押し掛けるのもちと気が引けるし。

 そんなことを考えながら、今日の所は挨拶回りは切り上げて屋敷に戻ることにした。

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