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対ブル戦

―――前回のあらすじ―――

鍛冶ギルドへのオイルマッチの発注と、領主への根回しを済ませると、次に待っているのは年またぎの大興行。

同僚にして先輩な半牛鬼人とのガチの殴り合いが待っていた。

―――――――――――――

-1-

 オイルマッチについてあちこちと話した翌日、朝食後の後片付けが終わって少し手が空いた時間にユニをはじめとする使用人全員を書斎に呼び集めた。

「さて集まってもらったのは、皆の仕事についてだ」

 俺がおもむろに口を開くと、4人が揃って背筋を伸ばした。

「まずウィル、アメリー、ポール、この屋敷に来て5ヶ月くらいが経ったわけだが、仕事はもう慣れたか?」

「はい。ユニさんに色々と教えてもらいましたので、大分わかってきました」

 俺の問いに、最年長のウィルが代表して答える。

「そうか。なら結構。……でだ、これから本題その1に入るんだが、もしかしたらユニから聞いてるかもしれんが年明けからユニも俺と一緒に冒険者として活動することになった。だから、今後は3人が中心になってこの屋敷の保守を頼みたい」

「はい」

「今までユニがこなしてた仕事が皆に振り分けられることになるんだが、大丈夫そうか?」

「はい、大丈夫です」

 3人が頷いたのを見て、言葉を続ける。

「まぁ今のところは大丈夫だとは思うが、もし俺やユニがいないときに手に余るような事態が起きたら、カワナガラス店を頼るといい。そっちは俺の方から話を通しておく」

「分かりました」

 うむ、いい返事だ。これなら大丈夫かな。

「さて、本題その1は終わりだ。続いて本題その2に入る」

 4人に向かってそういうと、机の引き出しから小さな革袋を4つ取りだした。

「俺の故郷では夏と冬の2回、従業員つか使用人の働きを労う意味で、毎月の給料とは別に一時金を渡す習慣がある。皆もこの屋敷にきて5ヶ月、よく働いてくれた。これは俺からの感謝のしるしだ。あまり額は多くないが、どうか受け取ってほしい」

 そういって立ち上がると、まずはウィルに小袋を手渡した。

「今までご苦労さん。これからもよろしく頼む」

「ありがとうございます。でも、給料も貰ってるのにいいんですか?」

「俺がそういう習慣の中で育ってきたんだ、これを出さねぇとなんとなく俺もきまりが悪ぃ。気にせず受け取ってくれ」

「わかりました。どうもありがとうございます」

「うん。次はアメリーだ。5ヶ月間ご苦労さん。これからもよろしくな」

「はい。どうもありがとうございます」

「次はポールだ。最年少ながらよく頑張ってくれた。これからもよろしく頼むぞ」

「はい!これからも頑張ります!」

「最後はユニだな。俺がいない間、よく皆をまとめて屋敷を守ってくれた。感謝している。これからは同じ冒険者として、一緒に行動することになるが、よろしく頼む」

「はい。ありがとうございます」

「さて、これで用件は終わりだ。各々仕事に戻ってくれ。あと、俺はこれから出かける。戻るのは夕方になるだろう」

「「「分かりました」」」

 全員が立ち去ったのを見て、俺も外出の準備にかかる。

 次の試合までは2週間を切るくらいだが、なにせ相手はブルさんだ。少しでも稽古を積んでおきたい。

 そんなわけで、身支度を整えるとギルドへと足を向けた。


-2-

「こんにちは。またお世話になります」

 相変わらず稽古場で暇そうにしている教官に声をかける。

「お、ディーゴか。今日も稽古か?感心感心」

「次がちょっときつめの試合になりそうなんで、身体をいじめとこうかと」

「ほぅ、次の試合はいつで誰とだ?」

「30日から1日にかけて剣闘士総出の大興行があるんですよ。で、試合の相手が一緒に門番やってる半牛鬼人(ミノタウロス)の先輩でして」

「半牛鬼人!?そんなのがいるのか?」

 俺の回答に教官が驚いた声を上げる。そりゃ半牛鬼人といえば割と上位の討伐対象だからね。

「何でカジノの門番やってるのかは知りませんけど、俺にとっちゃ気のいい頼れる先輩ですよ」

「そうか……俺も現役の時に幾度かやりあったことがあるが、あのパワーは侮れねぇんだよな」

「しかも今回の試合は、武器なしの素手による格闘戦だそうで」

「……そりゃ確かにきつい試合になりそうだ。よし、じゃあ今日から素手での戦い方を叩き込んでやる」

「よろしくお願いシマス」

 嬉しそうに言う教官に、俺はそう言って頭を下げた。


 そして教官に毎日みっちりしごかれ、ついに迎えた30日。

 昼前にカジノに入ると、バケツとモップみたいな掃除道具を渡された。興行前にカジノの大掃除をするんだって。

 といっても、メイン会場である大ホールは専門の業者がピカピカに磨き上げてくれるので、俺たち従業員は控室とかの従業員用スペースを掃除することになる。

 ブルさんと俺の巨漢コンビは主に高いところの掃除だ。従業員の手の届かないところを掃除して回る。

 それが終わると遅い昼食を食べ、試合の準備が始まる。

 まぁ俺の場合は、全身くまなく手入れされるんだけどね。

 フンドシパンツに着替えたら、自前の毛皮を刈り揃えられ、香油を擦り込まれ、ブラッシングされてもふもふふかふかな虎の一丁上がりだ。

 そうこうしているうちにカジノが開く時間になり、控室へと移動する。

 俺達の試合は6試合中の2番目。割と早い時間になる。

 一人あてがわれた控室で黙々と暖気をしていると、従業員が呼びに来た。

「ディーゴさん、そろそろ入場の時間です」

「分かった、今行く」

 従業員に誘われて大ホールに入ると、重厚で勇ましい音楽に出迎えられた。ブルさんと俺の登場曲か。なかなかいいセンスだわ。

 にやけそうになる顔をおさえてリングに上がる。対角コーナーでもブルさんが同じタイミングで上がってきた。


「さぁ本日の2試合目になるこの戦い、当カジノの名物門番2人の対決になります!両者は見ての通り互いに重量級!力と力がぶつかり合う迫力の一戦が期待できます!古株のブルの実力は言わずもがな、しかし新顔のディーゴも目下3連勝中で勢いに乗っております!

 なおこの試合は武器を使用しない、素手による格闘戦です!巨漢同士が文字通りぶつかり合うこの戦い!勝敗の行方を見守っていきましょう!!」

 レフェリー兼司会が高らかに宣言すると、観客から大きな歓声が沸いた。

「では両者中央に……勝負!!」

 そして試合が始まったが、立ち上がりは静かなものだった。

 互いに一歩下がって間合いを取ると、それぞれに構えて相手の出方を伺う。ブルさんの考えは分からんが、こっちはブルさんの重い一撃を警戒している。

 俺がやや前かがみで腕を上げたボクシングの似非ファイタースタイルなのに対し、ブルさんは少し仰け反って腕を前に出す構えをしている。

 ……ふむ、ブルさんは昔のボクシングの構えか。アウトレンジのボクサータイプか?

 昔読んだ漫画の知識を引っ張り出して思う。牛頭の長く突き出た顎を守るにはその方がいいんだろうな。

 このスタイルの攻略法までは知らんが……まぁ、殴りやすそうな腹から行くか!

 そう思って前に出る。繰り出してきたブルさんのジャブを払い、腹に速い一撃を叩き込む。…って、固っ!!

 予想以上の固さの筋肉に、急いで戦術を考え直す。

 が、その間も容赦なくブルさんの反撃が来るわけで。

 前かがみになって殴りやすい俺の頭をブルさんの拳が襲う。

 腕を上げて頭を守ってはいるが、守りの上から容赦なく殴られ、吸収しきれなかった衝撃が頭にゴンゴンくる。

 しかし、攻めの勢いに乗ったのか、仰け反り気味だったブルさんの頭が徐々に前に出てきた。

 タイミングを見計らって……顎狙いの打ち上げ掌底!

 しかし頭を振って躱される。

 逆に、伸び切った俺の右腕をブルさんが掴み、捻り上げる。

 関節技に持っていかれそうなところを、左手で脇腹を殴りながら強引に右手を引っこ抜いた。

 ここで少し距離が空いた。前哨戦の小手調べは終了ってとこか。

「思ったよりやるな?」

「これでもそれなりに稽古してるんでね」

 ブルさんのささやきに俺が返す。

「それはこっちも同じことだ。いくぞ!」

 その言葉とともにブルさんが突進してきて、組み合いの力比べになった。

「ぬぅぅぅぅ」

「ぐぅぅぅぅぅ……」

 互いが互いに有利な体勢になろうと、力を振り絞る。

 って、マズい、力はブルさんの方が上だわ。

 不利を悟った時点で無理やり振りほどき、ブルさんの腹に頭突きというかタックル。腰に手を回して後ろに投げようと思ったら

 いきなり逆さまに抱え上げられ、そのまま頭から叩きつけられた。

 大きな衝撃に揺れるリングと、俺の視界。そして観客の大歓声。

 腕が離されたので、横に転がって起き上がると、こっちを見下ろすようなブルさんと目が合った。くそぅ、強者の余裕ってやつか。

 というか、こっちにもパワーボムなんてあったのね。

 その後は組み合いを避けての打撃戦。あんなの2度も3度も喰らってられるか。

 正拳、裏拳、懐に飛び込んでの肘打ちヒットアンドアウェイ、膝蹴りに足払いと全身を使った殴り合い、蹴り合いが展開される。

 そんな中、なんとなくだがブルさんの戦闘スタイルが分かってきた。

 鍛え上げた上半身に比べて、下半身がやや細い。そのせいか、あまり動き回るようなことはせずに、その場にどっしりと構えて相手を迎え撃つのがブルさんの戦い方らしい。

 力で負ける以上は速度で翻弄するしかない。思い出すのは剣闘士中最速といわれるハナの戦い方だ。

 フェイントと隙の少ない軽い攻撃を多数織り交ぜつつ前後移動を繰り返し、懐に潜り込んで重い一撃を入れた後即座に離脱する。

 カウンターに一撃を貰うこともあるが、6:4から7:3くらいでこちらに優位で試合が進む。

 柔道の一本背負いや大腰なども織り交ぜたりもしたが、投げ技ってのは観客の受けはいいものの受け身をとられるとあまりダメージにならない。

 投げ技から関節技に持っていくことも考えたが、加減の分からない素人の関節技など簡単に返されて逆にピンチになるのがオチだ。

 仕方なくこのまま少しずつ削って行くしかないかと一撃離脱を繰り返すが、どうやらブルさんもこちらの速度・戦法に慣れてきたらしい。

 カウンターを貰う頻度が上がってきた。

 ならばいいのを貰っちまう前に戦い方を変えるしかない。

 上半身を軽い攻撃で牽制しつつ、足払いやローキックで左足を集中して狙って殺しにかかる。

 足払いが決まって倒れたらチャンスだ。すかさず体重をかけた肘落としを腹に見舞う。

 さすがにこれはブルさんも効いたらしく、苦しそうに息を吐き出した。

 だがその後が拙かった。

 飛び起きて距離を取ろうとしたが、伸びてきたブルさんの手に足首を掴まれ、引き倒される。

 掴まれていないほうの足で何度も蹴飛ばして振り払おうとするが、そちらの足も捕まって抱え込まれてしまう。

 非常に拙い展開だ。

 俺の両足を抱えたまま立ち上がったブルさんが、その場でぐるんぐるんと回転しだす。

 十分に遠心力がついたところで、コーナーポストに向かってぶん投げられた。

 頭への直撃は避けられたが、背中をコーナーポストに強かにぶつけて一瞬息が詰まる。

 ロープに手をかけてなんとか立ち上がった俺を待っていたのは、ブルさんの強烈なタックル。

 紙一重でこれを避け、リングの中央へと場所を移す。

 そして再びの打撃戦が始まった。

 だが、これまでの攻防でお互い消耗しているせいか、試合当初のようなスピード感がない。

 具体的に言うと、攻撃に対し防御が間に合わず、お互い相手の打撃を貰うことが増えてきた。

 集中して狙ったブルさんの左足がほぼ死に体なのに対し、こちらはまだ動き回れるだけ幾分余裕があるが、一撃離脱を繰り出せるほどじゃない。

 繰り出す拳に威力を乗せるために、踏みしめるのが精々だ。

 それでもリングの中央で、足を止めての投げ合い殴り合いは続く。

 腹を殴られれば息が詰まり、顔を殴られれば意識が飛びかける。

 鉛のように重く感じる腕を無理やり持ち上げ、振り回すように遠心力の力を借りて拳を振るう。

 攻撃が当たれば大きく体が傾ぐが、ダウンにまでは至らない。もう一押しが足りない。

 投げるにしても、相手の腕を掴んで巻き込むように転がるのが精いっぱいで、倒れたときに上になるか下になるかの違いくらいしかない。

 そうしてお互い倒れた後は、震える足を気力で押さえつけて根性で立ち上がる。

 時間の感覚はとうになくなっている。

 だが、限界が近いのは察することができた。

 ブルさんの腹に一撃を入れ身体がくの字に曲がったところに、搾りかすのような気力体力をかき集めた勝負のアッパーを放つ。

 それは前かがみになっていたブルさんの顎をきれいに打ちぬいた。

 天を仰ぐ形で大きく仰け反るブルさん。しかし倒れない。

 追撃を、と両手を組んで大きく振りかぶる。しかし遅い。

 その間に体勢を戻したブルさんの、横に大きく振り回した太い腕が迫る。

 避けることもできずに左頬にそれを食らい、横倒しに吹き飛ばされた。


 そして俺は、そのまま起き上がることができなかった。

 リングの床に顔をつけたまま、右腕をなんとか持ち上げひらひらと手を振って降参の意を示すと、会場の歓声が爆発した。

―――あとがき―――

次回(次週)から通常更新に戻ります。

次回更新は17日の予定です。

――――――――――

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