オイルマッチ
―――前回のあらすじ―――
『剣の舞い手』フォンフォンに勝利し、3勝目を飾ったディーゴ。
次は年またぎの大興行だが、その前にちょっとやっておきたいことがあった。
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フォンフォンとの試合に勝った翌日、思いついたことを頼むために鍛冶ギルドに顔を出した。
ギルドの受付に簡単に書いた図面を見せつつ説明すると、手の空いてる職人をよこします、と言われて別室に案内された。
案内された別室でしばらく待っていると、やがて中年の男性二人が姿を見せた。
「初めまして、だな。俺はここの副ギルド長のサヴァンだ。こいつは職人のベッセ。よろしく」
「ベッセだ、よろしく」
「内政官をやってるディーゴだ。よろしく」
そう言って互いに握手しあう。ベッセの手は職人らしく、かなりごつごつしていた。
「で、魔法の碾き臼殿がうちにご入来とは、なんか面白いものを思いついたか?」
それぞれ椅子に座りながら、サヴァンがさっそく口火を切った。というか、魔法の碾き臼と呼ばれるのも久しぶりだな。
「まぁ、面白いかどうかはわからんが、こういう物をね」
そう言ってテーブルに持参した図面を広げて見せる。
「こりゃなんだ……火打石と火打鉄と、綿?」
「平たく言えば火付けの道具だ。着火棒、ってのは聞いたことあるかな?」
「ああ。壁とかにこすりつけるだけで簡単に火が付く、魔法の道具だろ?」
「そう。これはその着火棒を改良したもんだ。着火棒は1回ごとの使い捨てだが、それを繰り返し使えるようにした」
「本当か!?」
サヴァンが身を乗り出してきた。
「理屈の上では、だけどな。それとこれだけでは完成しない。この他にある特殊な油があって初めて完成する。油の方はある魔術師に研究を依頼してるが、そちらの目処がつきそうなんで、こちらにこの火打石セットの製作を頼みにきたんだ」
「なるほど。その特殊な油ってのは、普通の油じゃいかんのか?」
「燃えやすい油じゃないとダメなんだ。普通の店で売ってるオリーブ油や獣脂に火花を飛ばしても火はつかんだろう?」
「……そうだな。じゃ、細かい構造を教えてくれるか?」
「おう」
頷いて、図面を指さしながらサヴァンとベッセにオイルマッチの構造を説明する。
本来なら油を入れる容器と火打石、火打鉄を一体化したかったが、こちらの加工技術ではさすがにそこまでは無理なので、容器に板状の火打石を貼り付け、綿を巻き付けた火打鉄は紐で繋ぐようにした。
使い方としては、まず火打鉄の覆いを外して先端と綿を露出させ、次に容器の蓋を外して火打鉄の綿を油に浸す。
そして容器に蓋をして火打鉄を火打石にこすりつけて火花を飛ばせば先端に火が付く。
消化するときは火打鉄に強く息を吹きかけるか、覆いをかぶせればいい。
サイズは日本のキーホルダータイプだと少し小さすぎるので、2回りほど大きくした。
「……この油を入れる容器は、金属じゃないといかんのか?」
「革袋だと目減りするんだよ。金属かガラスがいいんだが、ガラスだと割れるんでね」
「そうか。まぁ鋳造にすればなんとかなるか」
「この綿の部分を覆ってる意味は?」
「綿が全部丸出しだと、火が大きくなりすぎるんだ。かといって綿を小さくすると、燃える時間が短くなる」
「なるほど」
そんな感じで細かいところや俺が見落としていた部分を詰める。
「…………うん、構造は理解した。これならウチでも作れそうだ。で、幾つ作ればいい?」
「手始めに5個ほど、練習を兼ねて作ってもらおうかな。これはちょっと早めに作ってほしい。領主の所に見せに行くからな。
その後は500個頼もうか。こっちはそれほど急がなくていい。ただ、場合によっては追加で注文するかも知れん」
「そんなにか?……いや、この利便性を考えたらそれどころじゃきかん数が出るな」
「ちなみにこれ、幾らくらいで作れそうだ?」
「そうだな……別に武器や鎧みたく鍛える必要がないし、容器は鉄じゃなくても構わんのだろう?材料と数にもよるが全部鋳造にすれば単価は銀貨3~5枚で済むな」
「了解。結構いい商売ができそうだ」
着火棒がひと箱4~50本入りくらいで半金貨1枚だからね、こいつは半金貨5枚くらいで売り出そうかと考えてたんだ。
もっと安くしてもいいんだが、安すぎるとガーキンス氏がせっかく作った着火棒を完全に駆逐しちまうし。
まぁガーキンス氏には油で儲けてもらうつもりだけど。
「で、手始めの5個はいつごろ出来上がる?」
「それは4日ほど待ってくれ。出来上がったら使いを出す。家は木の葉通りだったな?」
「ああ。木の葉通りの5番地だ。分からなければ近場で『虎のいる屋敷』と聞けばすぐわかるよ」
「わかった。なるべく早く使いを出せるよう努力しよう」
そう言って頷いたサヴァン、ベッセと再び握手を交わして鍛冶ギルドを後にした。
その足で今度はガーキンス氏の所に向かう。
量産化はまだでも試作品くらいは出来てるかな、と思ってのことだ。
ガーキンス氏の所の扉を叩いて用件を告げると、すぐに家の中に通された。
「おお、ディーゴ様ではないか。そろそろ使いを出そうか考えておったところだ」
ガーキンス氏は笑みを浮かべながら椅子を勧めてきた。
「というと、油の精製に目処が?」
「うむ。安定した精製のやり方に目鼻がついてな。あとは繰り返し実験して確証を得るところだよ」
「そうですか、おめでとうございます」
「ありがとう、と言っておこうかな。して、今日は?」
「ええ、今日、鍛冶ギルドに寄って改良した着火棒を注文してきましてね。試作品が4日後くらいに出来上がるそうなんでこちらで油の試作品とかあったら少し分けてもらおうかと」
「おお、ついに形になるか。精製した油なら手元にあるが、いかほど入用かな?」
「瓶に半分もあれば十分です」
「わかった。すぐに用意しよう」
そう言って持ってきた精製油を受け取ると、2~3世間話をしてガーキンス氏の所を辞去した。
うむ、これなら注文した500個も無駄にならずに済みそうだ。
-2-
それから3日後、鍛冶ギルドから使いを貰ったので、さっそく精製油をもって顔を出した。
「おお、待ってたぞ」
鍛冶ギルドに顔を出すと、さっそく副ギルド長のサヴァンがやってきた。
「4日と聞いてたが、早かったね」
「構造自体は単純だからな。さてこいつが試作品だ」
そう言ってサヴァンがテーブルの上にオイルマッチを並べる。
「どれ、拝見……」
一つ一つを手に取って、容器と火打石の接着や、火打鉄に巻き付けた綿の具合を確かめる。
……ふむ、特に問題はなさそうだな。
ということで、持ってきた精製油を容器に注ぎ、実際に火をつけてみると、問題なく火が付いた。
「なるほど、そうやって使うのか。いやこりゃ便利だ。今までの火打石での火付けが馬鹿らしくなってくるな」
2~3回着火を試してサヴァンに渡すと、彼も面白がって何度も着火消火を繰り返した。
同じように5個全部の作りを確かめる。どれも問題なく火が付くようだ。
「うん、どれも作りは問題ないな。予想通りの出来で安心したよ」
「伊達に鍛冶ギルドは名乗ってねぇさ。で、残りの500個はいつ納品したらいい?」
「そっちは別に急ぎじゃないから、そちらの都合に合わせた時期でいい。で、ちょっと今思いついた追加注文なんだが、この容器に使い方の図を彫ることってできるかな?着火棒を知らない人間だと、使い方が分からんかもしれんし」
「うーん、出来ねぇことはねぇが、それだと図柄がかなり細かくなるぜ?」
「そっか、それじゃ仕方ないな。使い方はこっちで考えるわ」
「了解。追加注文なしなら、今の工房の空き具合から見て2の月の頭くらいには納品できそうだ」
「分かった。代金はその時でいいか?」
「ああ。それでいい」
そして5個の試作品を受け取ると、続いてガーキンス氏の所に向かった。
「おお、ディーゴ様ようこそ」
ガーキンス氏に会うと、鍛冶ギルドでもらった試作品のオイルマッチを差し出した。
「……ふーむ、これが新しい着火棒か」
受け取ったオイルマッチをこねくり回し、実際に火をつけてみてガーキンス氏がうなる。
「なるほど確かに改良版じゃな。これなら油を補充するだけで何百回、何千回と使用できよう」
そう言ってオイルマッチをテーブルに置くと、ガーキンス氏は笑みを浮かべた。
「……こうやって自分の研究が実際に形になると嬉しいものだな。しかも生活を一変させる有益なものとなると感慨もひとしおだ。ディーゴ様には改めて礼を言わせてもらおう。よくぞこの話をワシの所に持ってきてくれた。それに研究資金も出してもらって、誠にありがたい限りだ」
「それだけ先生の研究が進んでいたってことです。そのオイルマッチは記念に差し上げます。最後の仕上げの研究にお役立てください」
「それはありがたい。実物を使いながらだと実験もはかどる」
「では、最後の詰めの確認と量産化の準備、よろしくお願いします」
さて次は……領主様の所かね。民生用としても軍事用としても役に立つシロモノだし。
ということで、ガーキンス氏のところから領主の館へと足を向けた。
すっかり顔見知りの門番に用件を伝え、取次ぎを頼むと、今日も領主は在宅らしい。
出てきた執事に再び用件を話すと、面会は確約できないが、との前提で応接室に案内された。
いつものように出された水割りの葡萄酒をちびちび飲りながら待っていると、やがて扉が開いて領主が姿を見せた。
「久しぶりだな、ディーゴ。また何か面白いものを作ったと聞いたが?」
「面白いかはわかりませんが、以前から研究を頼んでいたものが実を結びそうなので、報告しに来ました」
「ほう、今回はお前が作った物ではないのか?」
「まぁ、半分は私が作りましたが」
そういってポケットから試作品のオイルマッチを出し、机に置いた。
「これは?」
「着火棒を改良したもので、オイルマッチといいます。着火棒は1回ごとの使い捨てでしたが、このオイルマッチは油を補給すれば何度でも使えるようにしたものです」
そう言って領主の前で、実際にオイルマッチに火をつけて見せた。
火を消したものを対面の領主に差し出す。
領主も見様見真似でオイルマッチを使って火をともす。
「ほう、これは便利だな。着火棒のような手軽さでいて、繰り返し使えるのか」
「ええ。ただ、特殊な油が必要でして、それの研究を市井の魔術師に頼んでました。それの研究にようやく目処がついたようで」
「特殊な油?」
「とにかく燃えやすい、火花一つで火のつく油です。オリーブ油や獣脂ではこうはいきませんから」
「なるほど、そうだな。で、これはいつごろ完成する?」
「研究の進み具合次第ですが、大詰めに向かっているので、来年の早い段階で売りに出せるかと。オイルマッチ本体は鍛冶ギルドに500個発注して、2の月の頭に納品できると言われてます」
「分かった。して、その研究を頼んだ市井の魔術師というのは?」
「紅葉通りに居を構える、ガーキンスという魔術師です。着火棒の発明元ですよ」
「おお、そうだったか。ではディーゴ、オイルマッチが納品されたら200個はウチに持ってこい。無論代金は払う。そのガーキンスという魔術師にはウチから注文を出そう」
「わかりました」
「それと、この技術も責任もって保護しよう」
「ありがとうございます」
「そして褒賞だが、年金に加えるか?」
「いえ、ちょっと今は小遣いが欲しいんで、これは個人で売りに出したいと思います。技術の保護さえしてもらえれば」
「そうか、わかった」
その後、領主から都市の問題点をいくつか聞かされて面会は終了した。
……これは暗に「なんとかせぇよ」ということだろうか?
執事に伴われて館を退出するとき、ふと思ったことを執事に訊ねてみた。
「領主様は忙しい、という割に面会に応じてくれるけど、タイミングがいいのかね?」
「いえ、そうではないと思います。閣下への面会要請は得てして厄介ごとが多いのですが、ディーゴ様の場合は閣下やこの街の利益になることが多いので、なるべく優先されておられるようです」
「なるほど」
「ただ、閣下にも都合がありますので、できれば事前に一報入れていただくと有難く存じます」
「……ごめんなさい。以後気を付けます」
執事からの思わぬ釘刺しに、謝ることしかできなかった。
うん、これからはなるべく事前にアポとってから来るようにしよう。
―――あとがき―――
次回更新は15日の予定です。
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