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ようやくの休日

―――前回のあらすじ―――

迷宮で拾った羊皮紙に書かれていた万能解毒防毒薬「テリアカ」は、医師ギルド本部と領主を巻き込んで動くことが決まった。

今日はその手紙待ち、ということでのんびりすることにした。

―――――――――――――

-1-

 領主とテリアカの処遇を決めた翌日は、領主の手紙待ちということで休日を決め込んだ。

 朝から少しキツめに一人稽古を行い、一息ついたところで暇そうにしていたヴァルツと取っ組み合いの相撲を取った。

 ただ、その様子を通りがかりの誰かに見られたようで、衛視が数人、完全武装ですっ飛んできたのには参った。

 使い魔との只のじゃれあいで、襲われていたわけじゃないのよ、と説明して帰ってもらったが、今後は遊ぶ場所をちょっと考えなければならんか。


 昼食をはさみ、今度はユニを呼んで現在の家計の状況を確認する。

 今まではユニに丸投げ状態だったからな、一応、家長として平均的な月の支出くらいは知っておきたい。

 幸いユニはきっちりと家計簿をつけてくれていたので、作業としては内容の再確認で済んだ。

 これにちょこっと変更を加え、毎月の収支の概算を出す。

 その結果


支出の部(単位:半金貨)

月毎支出

給料小計・・・27枚

食費小計・・・25枚

消耗品小計・・・25枚

雑費小計・・・20枚

合計・・・97枚


残債および予定出費

家具一式・・・1300枚

カーテン、絨毯等・・・250枚

屋敷修繕費・・・未定(2000枚くらいで収めたい)



収入の部(単位:半金貨)

年金/月換算・・・15枚

貯金・・・5018枚


という感じになった。

 ふむ、年金を含めても毎月半金貨で82枚稼がにゃ赤字ということになるのか。

 まさに身分不相応な暮らしが負債になってる典型だな。しかしこればかりはどうにもならんのよね。

 屋敷は勝手に売れないし、3人だって今更放り出すわけにもいかんし。

 とはいえ、ランク5の冒険者では月に半金貨80枚稼ぐのはきついというか、まぁ無理だ。

 しばらくは貯金を切り崩してしのぎつつ、さっさと上を目指すか……何か開発して年金には加えず自分で売るしかないか。

 早く残債を払って身軽になりたいし、塩漬けになってる水精鉱で武器も作りたいんだが、この収支じゃしばらく待った方がよさそうだな。幸い残債に利子はつかんし、決まった期限もないし。

「あの、支出を少し抑えたほうがいいのでしょうか?」

 対面で数字を見ていたユニが訊ねてくる。

「いや、そこまでしてもらわんでもいい。幸い貯金が潤沢にあるしな。むしろユニはよくやってくれてるよ。支出の方は気にしないで、今まで通りやってくれて構わない」

「ですが、月に半金貨82枚以上稼ぐというのは、大変じゃないんですか?しかも今月と来月は冒険者のお仕事はお休みですよね?」

「まぁそれはそうなんだが、その分剣闘士の試合が組まれるからな。一試合につき安く見積もっても半金貨4~50は出るだろう。日程的に3回は試合を組まれそうな気がするから、それで半金貨120~150枚。月で割れば60~75ってところか」

「それでも月で半金貨15枚くらいの赤字になりますが」

「貯金5000枚のうちの15枚だ、ほとんど影響はなかろうよ」

 いやほんと違法奴隷商の財産を巻き上げてて助かったわ。あれがなければちょっと厳しいところだった。

「とにかく、今は赤字だがすぐに生活がどうこうなるもんじゃないってのは認識しといてくれ。あと、新人3人には赤字ということは絶対に言わないように。余計な気を遣わせたくない」

「わかりました」


-2-

 月毎の概算収支を出して、毎月の具体的なノルマというか稼ぐ目標ができた。

 今まではその場その場の思い付きで依頼を受けていたが、これからはちっと考えて依頼を受けねばならなさそうだ。

 ユニが淹れてくれた紅茶を飲みつつ、今後の金の使い方を考えていると、ウィルが領主からの手紙が届いたと持ってきた。

 礼を言って手紙を受け取る。

 くるくると丸まった羊皮紙を、細く切ったひも状の羊皮紙でまとめて封蝋がしてある。

 普通は麻紐とかでまとめるのだが、領主の手紙は違うようだ。しかしこの羊皮紙の薄さと手触り、随分いい羊皮紙使ってんな。

 俺が時々使うのとは大違いだぜ。

 んじゃ、ミットン診療所に持っていきますかね。


 身支度を整え、ユニに出かける旨を伝えて、庭先で昼寝をしているヴァルツに声をかける。

〈またあの双尾猫殿のところに行くのか?〉

「アルゥじゃなくて、その飼い主に用があるんだけどな。一緒に行くか?」

〈寝ているのも退屈だ、付き合おう〉

 ヴァルツはそういうとのそりと起きだし、大きく伸びと欠伸をして俺の横についた。

 そしてミットン診療所を目指す。

 道行く人がぎょっとして脇に避けるのは、まぁ仕方あるまい。

 俺の方はそれなりに知られてきたが、ヴァルツはまだまだ知られてないからな。


「ちぃーっす、また来たぞ」

 診療所の玄関を開けて、受付に声をかける。今日の受付はエルトールだ。

「やぁディーゴさん。それとヴァルツでしたね。兄さんから話は聞いてますよ。なんでもテリアカの製法が分かったとか」

「ああ。俺は良くわからんが、ウェルシュによるとそうらしい」

「伝説の薬だというのに、なんか実感なさそうですね」

「いやまぁ、俺としちゃ迷宮の奥で見つけた宝箱に入ってた羊皮紙を鑑定に出しただけだからなぁ。これが自分で試行錯誤して作り上げた、ってんなら実感も湧くんだろうが」

「ははは、それもそうですね。で、領主様からの手紙は?」

「ああ、これだ」

 そう言って羊皮紙を差し出す。

「確かに。このまとめ方で封蝋付きとなると重要な公文書扱いですね。ウチの領主様からの正式な依頼、ということを書き添えておきましょう」

「そのあたりは任せる。というか、まとめ方で公文書とかわかるのか?」

「そうですよ?麻紐でまとめるのは私文書とか重要度の低い一般的な文書で、こうやって紐状に切った羊皮紙で綺麗にまとめるのが重要度の高い公的な文書なんです」

「……知らんかった。まとめ方ひとつにそういう意味もあるのか」

「ところで、一緒に見つかった他の薬の製法についてはどうします?一緒に送っちゃいますか?」

「んー、そうだな。その方が金になるならそうしてもらおうか」

「まぁその分、支払われるまでにちょっと時間がかかりますがね」

「どのくらいかかると思う?」

「テリアカ以外なら1年~1年半、テリアカだと2~3年は見たほうがいいですね」

「結構時間がかかるもんだなぁ」

「まぁそこらの民間薬と違って、医師ギルドが得体のしれない薬を世に出すわけにもいかないですからね。検証はキッチリしないといけないんですよ」

 俺の呟きに、エルトールが苦笑しながら答える。

「それもそうか」

「じゃ、この件はウチに任せてください。安全確実に医師ギルドの本部まで送り届けますので」

「よろしく頼む」

 そこで話が一段落したのを悟ったのか、ヴァルツが話しかけてきた。

〈兄弟、今日は双尾猫殿はどうしたのだ?〉

「そういや今日はアルゥを見てないが、どこかに出かけているのか?」

「アルゥでしたら今、兄さんにくっついて診察の勉強中ですよ。肉球の手では手術や製薬はできませんが、問診と簡単な診察ならできますからね」

「だそうだ。何か用事があったのか?」

〈なに、使い魔の心得についてまだ話が途中だったのでな。双尾猫殿が勉強中ならまたにしよう〉

「勉強中ならまたにするって」

「そうですか」

「製薬で思い出したが、テリアカな、あれ、ウチの領内で作れそうか?」

「うーん、なにしろ材料が多岐にわたりますし、魔法での処理も必要ですからねぇ……不可能とは言いませんけど、ちょっと難易度は高いですね。

 実際に量産するとなると、ベテランの薬師(くすし)と錬金術師辺りを幾人かずつ用意しないと無理でしょうね」

「この診療所じゃ無理か?」

「調剤はともかく、魔法による処理がね……兄さんも私も魔法に関しては詳しくなくて。それにウチの本業は医者ですから。需要があるとは言ってもテリアカだけにかまける訳にはいかないんですよ」

「ああ、そういう理由か」

 確かにこの診療所がテリアカ製造工場化すると、付近の住民にとっていろいろ拙いわな。

「でも、医師ギルドの本部や王都あたりで募集をかければ、割と簡単に人は集まると思いますよ?伝説の薬を実際に作るなんて機会はそうそうないですから」

「なるほど。じゃ、人手の方はなんとかなるか」

「材料の方はどうですか?」

「それは今領主様が調べてる。全部自力調達は無理でも、完成品と引き換えに一部の材料を要求するくらいはするだろうな」

「そうですね、それが現実的ですね」

 そんなことを話していると、玄関が開いて新しい患者がやってきたので、話を切り上げることにした。

「じゃ、エルトール、またな。ウェルシュとアルゥにもよろしく言っといてくれ」

「わかりました」

 スラムの奥からやってきたのだろうか、ボロボロの服を着た男性が、ぼそぼそとエルトールに話しかけるのを見て診療所を後にした。


-3-

〈兄弟よ、これで用事は終わりか?〉

「んー、一応はそうなんだが、お前さんを紹介しておきたいところがあってな、もうちょっと付き合ってくれ。そこで少し腹になにか収めよう」

 横を歩くヴァルツに話しかけると、そのまま石巨人亭へと向かった。

「こんちは」

 両開きの扉を開けて、中にいた給仕の娘さんに声をかける。

「あ、ディーゴさんいらっしゃいませ。その子が前に言ってた使い魔?」

「ああ、ヴァルツってんだ。今後一緒に動くことになるから、よろしく頼むよ」

「はい。カウンターが空いてますよ」

「わかった。ありがとう」

 給仕の娘さんに礼を言ってカウンターにつくと、オヤジさんがにやにやしながら出迎えた。

「おうディーゴ、それが例の使い魔か?」

「ああ。ヴァルツってんだ。よろしく頼むよ。あと、焼酒1杯と腸詰2本。こいつには水と生肉を何か1人前」

「あいよ。でも珍しいな、お前さんがこんな時間に来るなんて」

「ちょいと野暮用を済ませてきたところだ。そのついでにヴァルツの顔見せにね」

「そういうことか。ほら、焼酒と水だ。腸詰と生肉はもうちょっと待ってな」

「あいよ」

 そう言って2つを受け取り、水を床に置いてやる。

「依頼板でも見てくかい?」

「そうしたいのはやまやまだが、ちょっと剣闘士の方で釘刺されちまってな。悪いが今年いっぱいは冒険者は休業だ」

「なんだって?」

「蜥蜴人との旅で大分時間を食っちまったからな。試合が延び延びになってるそうだ。それを取り返すのにちょっと詰めて試合を組むから、遠出はするなと言われた」

「ちなみに次の試合はいつだ?」

「3日後の22日だ。その後、月が替わって13日に次の次の試合がある。あと細かい話は出なかったが、年末あたりに大きな試合があるらしい」

「そうか。それだけあると冒険者としての仕事は難しいな」

「ただ、時々こっちに顔は出すから、急ぎでやばそうな指名依頼があったら取っといてくれて構わない。具体的に言うといつもの診療所からの依頼とか。その時は剣闘士の方に頭下げて何とかするつもりだ」

「そうか、気を遣わせてすまんな」

「ま、今年のうちは何もないことを祈ってるよ」

「だな。ほら、腸詰2本と生肉だ」

「ありがとう」

 その後、焼酒と腸詰を時間をかけて堪能し、石巨人亭を後にした。


 さて、明日と明後日は……冒険者ギルドでみっちり稽古に励むか。


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