森の中の出会い3
―――前回のあらすじ―――
40数名の蜥蜴人と新天地を目指すことになったディーゴ。
懐かしい湯宿の里の近くの拠点で英気を養い、さらに北へと向かい始めたところでかつて助けた漆黒の虎と再会し、今度はついてくることになった。
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-1-
漆黒の虎を連れて蜥蜴人たちの所に戻ると、ちょっとした騒ぎになった。
そりゃそうだ。「ちょっと」と言って離れた相手が、こんなごつい肉食獣を連れて戻ってきたら俺だってナニゴトかと思う。
〈ディーゴ、それはどうしたのだ?〉
蜥蜴人たちが遠巻きに見守る中、ジューワックが警戒しながら訊ねてきた。
《あー、うん。実はコイツとは顔見知りでな、なんかついてくることになった》
ぼかしはしたが、嘘は言ってない。
「コイツ2回もトゲ踏み抜いて助け求めに来たんですよー」
とはさすがに言えない。名誉的に虎が可哀想で。
〈そうか……しかし、大丈夫なのか?〉
《こうやっておとなしくしてるから大丈夫だ……と思う》
〈そうか……まぁついてきたものは仕方ない。ディーゴを信頼するぞ〉
《うん。なんというか、すまん》
半ば諦めのジューワックになんとなく頭を下げると、再び移動を開始した。
しかしこの虎、人懐こいというか処世術を心得てるというか、さして時間もかからずに集団(特に子供たち)の人気者になった。
蜥蜴人の子供たちが珍しそうに毛皮を触っても嫌がらない上、今は歩き疲れた小さな子供を2人、背中に乗せて歩いている。(まぁ乗せたのは俺だが。一応、虎にはひとこと断った)
お陰で普段は疲れてぐずる子供も、虎の背の上でご機嫌だ。虎の背中の上で揺れてる尻尾でよくわかる。
親というか、周りの大人にしても、手のかかる子供が遅れずに群れについてこれるのでその分の負担が減る。
(蜥蜴人は親が子供の面倒を見るのではなく、卵から生まれた子供を群れ全体で育てるそうだ)
そのため、流浪中の集団特有の暗い影はあまり感じられず、どことなくゆるい牧歌的な感じで移動を続けていた。
〈ディーゴ、迷宮の詳しい位置は分かるのか?〉
ある時、ジューワックが訊ねてきた。
《ああ。一番近い街からの方角と距離は木片に記録して今も持ってる。ただ一つ問題がある》
〈というと?〉
《その街の名前が分からん》
〈……調べたときに街には寄らなかったのか?〉
《その時はまだ人語を覚えてなくてな、街や村では魔物扱いで近寄るだけで武器を持って追いかけられてたんだ。村ならまだ素人の自警団で済むが、街になると守備の兵士やら騎士がいるからな。それこそ近寄るだけで命懸けだ》
〈まぁその姿ではそうであろうな〉
ジューワックがグッグッと笑う。
〈それで、街の名前が分からずとも大丈夫なのか?〉
《遠くから街を観察して、特徴は覚えてる。南の城壁の向こうに双子の尖塔が見える街だ。街が近くなったら確認しに行くよ》
〈頼むぞ、迷宮の位置を知っているのはディーゴだけなのだからな〉
《まぁその辺は任せとけ。あの迷宮はまたあとで再訪するつもりだったから、そのあたりのことは頭に入ってる》
〈ほう、その迷宮に何かあるのか?〉
《前に探索した時に、羊皮紙の束を見つけてな。その時は読めなかったから残しておいたが、今なら読めるんじゃないか、と思ってね。あともう一つは、実際に行ってみてのお楽しみだ》
〈なるほど。それは期待が高まるな〉
-2-
そうして北上を続けることおよそ一ヶ月、ようやく目標となる街を発見することができた。
南下するときは西に東に寄り道したので2ヶ月かかったが、今回はまっすぐ北上したので大分時間が短縮できた。
「南の城壁の向こうに見える、双子の尖塔……間違いない、ここがあの街だ」
茂みに身を隠しながら、街の様子を見て呟く。
〈ここからどっちへ向かうんだっけ?〉
《ちょっと待て。木片のメモに書いといたはずだ》
イツキの問いに、荷物袋から木片を取り出す。そこには『南ノ城ヘキ、双子尖塔、西南西徒歩3日、入口ギソウ』と日本語で書いてあった。そういや入り口を偽装してたっけ。
《ちょっと戻るな。西南西に徒歩3日だ》
〈おっけ。じゃ、皆の所に戻りましょ〉
蜥蜴人の集団の所に戻ると、他の蜥蜴人と話していたジューワックが近づいてきた。
〈ディーゴ、どうであった?〉
《当たりだ。ここから西南西……この方角に歩いて3日、いや、この位置からだと2日半ってところだな》
〈そうか、やっとこの旅も終わりか〉
《さすがに長かったな》
〈うむ。だがあと少しだ。気を引き締めていこう〉
《だな》
頷きあった後、ジューワックが群れの皆に声をかけて出発を促す。
そして最後の旅が始まった。
3日後、大分目的地に近づいたと思うので、一度ここでばらけて周囲を探索してもらうことにした。
探すのは洞窟の入り口が作れそうな岩の斜面。ただし表面は入り口は土魔法で塞いであるうえ、蔦と苔で表面を偽装してあるので、それらしいところがあったら蔦と苔を剥がして下地の岩を確認してほしい、と頼んだ。
翌日、それらしい斜面が見つかったと報告があったので見に行く。
イツキに頼んで蔦と苔をどかしてもらうと、下から出てきたのは確かに石の斜面。
しかも表面が不自然に平たい。ビンゴだ。
《ジューワック、ここが迷宮の入り口だ。今から魔法を解除するから松明の用意を頼む》
〈ほう、ここが入り口か。これなら我らは通れても赤大鬼は入ってこれまいな。洞窟はどのくらいの深さになる?〉
《30分……といっても分からんか。普通に1000を2回数えるくらいだな》
〈その程度か。ではあまり大きなものは必要ないな〉
俺が入り口の石をどかしている間に、ジューワックの指示を受けた蜥蜴人たちがあり合わせの枝を束ねて松明を作った。
《うし、それじゃ中に入るぞ。中に魔物はいないと思うが、一応俺が先に入る。途中で分岐が一つあった気がするが、まぁ迷うようなもんじゃないから》
蜥蜴人たちが松明に火をつけたのを確認して、洞窟に足を踏み入れた。
年単位で放っておかれた洞窟の中は湿気っぽかったが、特に魔物に出くわすこともなく抜けることができた。
洞窟を抜けたところで待っていると、ジューワックをはじめとした蜥蜴人たちが続々と姿を現した。
いきなり明るいところに出て目を瞬かせるジューワック達に、俺は両手を広げて宣言した。
《さて、森の迷宮へようこそ、だ》
念話の通じない蜥蜴人たちは興味深そうにあたりをきょろきょろしているが、ジューワックだけは感慨深そうに天を仰いで目を閉じた。
〈ディーゴ、イツキ、そして黒き虎よ。そなたたちには心から礼を言う。そなたたちのおかげで、我らは脱落者もなく安住の地にたどり着いた〉
両の拳を胸の前で付き合わせて礼を述べるジューワック。この仕草は最上級の敬意を払う相手にする仕草だ。
《折角だが、礼を言うのはちと早い。ここはまだ入り口なんだ。一番奥まで案内するよ。見せたいものもあるしな》
〈ぬ、そうか。ではよろしく頼む〉
《ああ。それとこの迷宮はあまり大きくないとはいえ、一番奥まで行くのに3日くらいかかるから、そのつもりでいてくれ。それと、ここからは魔物も出る。危ないようなら俺も出るが、基本は皆で相手してここの魔物の強さを知ったほうがいいだろう》
〈そうだな。ここで暮らす以上は危険は知っておいた方がいいな〉
ジューワックが頷いて後ろの蜥蜴人たちに指示すると、蜥蜴人たちはそれぞれの剣や槍などの得物を手にした。
《じゃ、いくぞ。ついてきてくれ》
そう言って2度目となる迷宮探索を始めたが、結局は俺は道案内をするだけで迷宮内の湖にまであっさりたどり着いてしまった。
いや、蜥蜴人のチーム侮れねぇわ。
食獣植物はもちろん、木人、大蛇、巨大カマキリ、巨大百足、巨大カナブンといった魔物たちを、危なげな様子もなくチームで次々と倒しちまったよ。
剣と槍では、背中の固い巨大カナブン辺りは苦戦するかなと思ったんだが、槍チームが器用にカナブンをひっくり返して、柔らかい腹を攻撃してるし。
ちなみに倒した虫は、持てる限り持ってあとで食料にするそうだ。
……俺はちょっと御免こうむる。
そして迷宮内の湖のほとりで一泊することになったが、ほとりについた途端、蜥蜴人の結構な人数が荷物を置くと歓声?みたいな声を上げて湖に突撃していった。
〈すまん、我らは水浴びと魚が好きでな。こういう場所は久しいゆえについはしゃいでしまうのだ〉
《あー、まぁ別にそれはいいんだが……じきに戻ってくるのかな?》
〈野営の準備があるから早めに戻るよう言ってこよう〉
ジューワックはそういうと、突撃しなかった蜥蜴人に近づいて言付けを頼んだようだ。
言付けを託されたらしい蜥蜴人は、頷くと自分も湖の中に入っていった。
その様子を見た俺は、いつものように蜥蜴人たちの為に煮炊き用の竈を土魔法で幾つかしつらえてやる。
空を見上げて天気を見るが、今夜も雨は降りそうもないのでシェルターを作るのはやめにした。
蜥蜴人は基本、雨が降ってたり寒くなければ野天でごろ寝が好きみたいだしね。
〈ここの湖は魚影が濃いらしい。新鮮な魚がたくさん食べられそうでありがたい限りだ〉
しばらくして、漁をしたものから受け取ったらしい生魚を頭からばりばりと咀嚼しつつジューワックが戻ってきた。
見ると、両手に魚を持った上に口にまで咥えた蜥蜴人が続々と湖畔に上がってきていた。
……ここの魚って、そんな簡単に捕まえられるのか?それとも蜥蜴人たちの水中機動がすごいのか。
《それはいいが、捕りつくさないように注意してくれよ?》
〈分かっている。今日だけは特別だ。新鮮な魚を皆で食べるなど久しくなかったからな〉
尻尾の部分をごくりと飲み込み、ジューワックが言葉を続ける。
〈我らに見せたかったのはこの湖か?〉
《いや、もっとびっくりするもんだ。まぁ、腹の足しにはならんがな。明日の夕刻か明後日には案内できるだろう》
〈そうか。では楽しみにしていよう〉
捕りつくさないとは言っていたが、結局その日の夕食は魚パーティーになった。
俺は焼き魚を、虎は生魚を堪能して翌日に備えた。
翌日、湖を離れるのを名残惜しそうにする蜥蜴人たちに、ここはまだ中間地点だからと説明して湖のほとりを出発した。
相変わらずの楽々探索で、昼過ぎには迷宮の最奥地に到着してしまった。
《一応ここが迷宮の最奥地だ。そこに洞窟が見えるが、3部屋しかないから皆で寝るのはちと無理だな》
〈そうだな。ここが最奥地というなら、我らもここに拠点を作ろう〉
《それが安全かもしれん。じゃ、ちょっとモノ回収させてもらうわ》
〈前に言っていた紙の束だな?〉
《ああ。何が書いてあるか読めればいいんだが……》
そう言って洞窟の中に入り、宝箱の中に残しておいた羊皮紙の束と、3本の薬瓶らしきものを回収した。
薬瓶の方は後で鑑定に出すか。
で、羊皮紙の方を外で開いてみた。
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全く読めん。いや、数字は分かる。でも他の文字?が全く分からん。古代文明期の文字か?
〈何が書かれていた?〉
《残念ながら、全くわからん。街に持ち帰って誰かに解読を頼むしかないな》
〈そうか。それは残念だったな〉
《試しに見てみるか?》
〈いや、我らは文字を持たぬ故、見ても分からぬ。古の種族ならあるいは文字を用いていたかも知れぬが、そういう事は人間の方が詳しかろう〉
《そうか。そりゃ残念》
俺は一つため息をつくと、羊皮紙の束を荷物袋にしまい込んだ。
《あ、そうだ。洞窟の中にある宝箱だけどな、あれ、どうやら保存の魔法がかかってると見た。あまり物は入らないけどうまく活用してくれ》
〈魔法がかかっているとは……貴重なものではないのか?〉
《貴重なものかもしれんけど、持ち帰るにはちっと重すぎるんだよ。だから置いてく》
〈そうか、感謝する〉
《まぁそれほどのこっちゃないさ。じゃ、次の場所に行こうか。まだ迷宮も半分だしな》
〈ああ……うむ、そうだな。ではまた、案内を頼む〉
さて、残るは例の場所だな。




