16話 恐れ
アリスを救い出したあの日から、ユウコは魔王討伐の準備を着々と進めていた。
図書室で魔王のことを調べ、理事長など以前に魔王と戦った者たちから話を聞き、魔王の強さや特徴、そして弱点を調べ上げていた。
そして、魔王と戦うための武器や道具の作成を進めていた。
ユウコの側にはいつもアリスがいた。
あの日からアリスは監禁状態から解放され、家庭学習とはなっていたが、ユウコについて大学の図書室だろうが、どこにでもくっついていた。
アリスはユウコの準備を本当に楽しそうに手伝っていた。
調べていてわかったのは、魔王は魔界から降り立った悪魔が、人を襲い、力を高めていき、北上の迷宮を拠点に勢力を高めていったということだった。
人々は魔王を恐れ、毎年常に生贄を捧げることが必要であった。そして、生贄の数は年々増え、人々は苦しんだ。
その中で初めて立ち上がったのが、アリスの父親だった。
アリスの父親は戦士の家系として育ち、同じ仲間を率いて、魔王を町から退け、さらには北上の迷宮に追い込み、魔王を封じ込めたのだった。
その時に何人もの仲間たちは犠牲となっていた。
ユウコは知らなかったが、ユウコの父親もその一員だったのだ。
母親から聞いたことはなかった。そして、ユウコ自身も生まれた時には魔王の毒で体が弱っていたため、父親のことを考える余裕はなかった。
その日も、お昼になり、食堂に行こうかとユウコはアリスに声をかけて、立ち上がる。
しかし、その日は頬を赤く染めて、アリスがユウコの服を引っ張る。そして、連れられるままに校庭に着いた。
「今日はお弁当作ったんだけど。」
そういうとアリスはカバンからお弁当箱を取り出し、ユウコに手渡す。
「えっと、アリスさんが私のために作ってくれたんですか?」
「ち、ちが、わないよ。うん。ユウコのために作ったの。」照れたようにアリスは下向く。
「アリスさん、」
「うん?」
「ありがとうございます。」
ユウコはアリスに感謝の言葉をかけるとアリスは満足そうに微笑んだ。
「頂きます。」
アリスが心配そうに見守る中、ユウコはお弁当を食べる。
「全然うまくできてなくて、恥ずかしいけど。」
「そんなことないです。すごくおいしい。」
「ほ、ほんと?」
アリスの表情がパッと晴れ渡る。
「はい。私はアリスさんに嘘はつきません。」
「ユウコ……。嬉しい。」
アリスはユウコに抱きつく。
ユウコはアリスの頭を撫でながら、こんな幸せがずっと続けばと思った。
そして、心の中に何かが生じていることを感じた。
冬の魔王討伐のために、アリスの父親である理事長が編成する戦士隊の中から討伐隊が組まれることになった。
討伐隊のリーダはディーオで、ユウコは特殊作業員の一人として割り当てられることになった。
そして、討伐訓練は毎日のように行われることになった。
その日も訓練が終わり、一人息をついていると頭にタオルがかけられた。
「ユウコ、お疲れ。」
「あ、アリスさん、ありがとうござまいます。」
アリスがユウコに側に寄る。
二人はもはや自重しないで、人前でも堂々とイチャイチャぶりを発揮していたため、アリスとユウコの関係はすぐに周知のものとなった。
しかし、それに対して理事長も何も言わないのて、公認の関係となっていた。
討伐隊は、訓練を続ける中で動きが良くなっていき、統制が取れた行動ができるようになっていた。
ユウコも討伐隊の一員として実力を認められ、先陣を切るという最も重要な大役を与えられることになっていた。
訓練以外の時は、アリスはいつもユウコに付き添って、二人は楽しい時間を過ごしていた。
しかし、ユウコは徐々に違和感が大きくなることを感じ始めていた。
それは、魔王と戦う日が近づくに連れて、大きくなっていた。
魔王討伐の前日になった。
その日は訓練はなく、討伐作戦の再確認をしただけで終わりとなり、最後にアリスの父親の言葉があった。
「今日で討伐隊の訓練は終了となります。皆、本当によくついてきてくれました。
明日は命の続く限り精一杯戦うだけです。最後に皆の家族や愛する人に声をかけるように。」
そう言うと訓練は終わった。
ユウコはその言葉を呆然と聞いていた。
アリスが側に寄っていることにも気づかないくらいだった。
「ユウコ、今日はちょっと私の家に寄って行きなさい。」
そう言うとアリスはユウコの手を取り、アリスの家に着いた。
アリスは家に着き、調理室に向かうと、ユウコのいる食堂まで大量の料理を運んでくる。
「明日は大変なんだから、元気をつけてね。」
そういうとアリスは料理したものを出してくれる。
料理はアリスが作ったもので、量が多く、品数も多く、とても一人で食べられるものではなかった。
しかし、ユウコは目の前に差し出される料理を一口また一口と少し食べるが、それ以上手をつけられなかった。
ユウコはその時までアリスの出した食べ物を残したことがなかったが、その日はまったく食べることができなかった。
アリスはユウコの異変に気付いていたので、その姿を見ても何も言わなかったが、心配なそうな表情でユウコを見つめていた。
その日はユウコはアリスの家に泊まらせてもらうことになった。
ユウコはお風呂に入るとすぐに自身の部屋に入っていった。
しかし、ふとんに入っても眠れず、体が震える。
「ユウコ、もう寝てる?」
小さくドアが開き、アリスが部屋に入ってきた。
「いえ、まだ起きています。眠れないんで。」
アリスはユウコのベッドに寄り、ユウコの手を触る。その手は冷たく、震えていた。
「ユウコ、手が震えてる。あんた。本当にどうしたの?」
「アリスさん、私は、私は魔王が怖いです。」
「ユウコ?」
「私は魔王にやられ、死んでしまい、アリスさんに会えなくなることが怖い。」
そう言うと、ユウコはアリスに抱きつく。
ユウコは幼少の頃に何度も死にかけていたので、死ぬことが怖くなかった。
しかし、今は大切なものができ、楽しい未来が目の前に見えていた。
それを失うことが何よりこわくなっていた。
「ユウコ。私もユウコがいなくなることが怖い。でもね、ユウコはそんな弱い子じゃないでしょ。」
「私は弱いです。こんなときに震えが止まらないなんて。」
「ユウコ……。それなら逃げ出しちゃおうか。」
「アリスさん?」
「私が辛い時に、一緒に駆け落ちしようと言ってくれたよね。本当にうれしかったんだよ。
もし、ユウコが辛くて逃げ出したいならそれでもいいよ。私はユウコに着いてくよ。」
アリスはユウコを潤んだ瞳でじっと見る。
ユウコはアリスを見て、徐々に力が湧いてくることを感じていた。
「アリスさんは本当に私のこと大好きですよね。」
「何よ、偉そうに言っちゃって。」
アリスはそう言いつつも顔には笑みが浮かび、ユウコを抱きしめる。
「ユウコ。あなたらなら大丈夫。絶対に負けたりしない。」
そういうとアリスはユウコの頭を撫でる。アリスに撫でられ、ユウコは心が落ち着くことを感じていった。
その夜、二人はお互いに抱きしめあった。
翌朝になり、ユウコは一皮向けた気がした。
そして、アリスは前日の夜と同様に料理を出してくれ、ユウコはそれを残さず全て食べきった。
ユウコの目には闘志が溢れていた。
討伐隊の集合所につき、時間になると討伐隊の戦士たちとユウコは北上の迷宮に向かうことになった。
出発の前にユウコは見送りに来ているアリスの側による。
「アリスさん、私がもし帰ってきたら、」
「それ以上は言わないで。私、待ってるから。」
そう言うとアリスはユウコを押し出し、手を振り、見送る。
「ユウコ、気をつけて。」
討伐隊は北上の迷宮に出発した。