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彼と彼女らの事情

それから数日後、あれ以来リザは姿を現さず、アルマは彼女を捕えるため夜の街に出かけることが多くなって、今日も支度していた。

「それじゃあ、ちょっと出かけてくるぞ!」

「アルマ!くれぐれも荒事だけは勘弁してくれよ!」

「なんじゃ!其方はあの泥棒猫の味方をするのか!」

玄関のドアに手をかけるアルマに居間から声をかける仙一郎に、ここのところイライラしていた彼女が突っかかる。

「イヤそういう訳じゃなくて…」

なだめようとする仙一郎の何が気に食わないのかアルマは熱くなって彼を睨みつける。

「其方、あの泥棒猫と予のどっちが大事なのじゃ!」

「いや、だからリザとは昔何かあったかもしれないけど仲良くしてくれないかって!」

「リザ?リザと申したか!呼び捨てか?そんな仲か?」

だんだんとヒートアップして、ほとんど言いがかりじみていくアルマ。仙一郎も次第にイラついてしまう。

「そこは別にイイだろ!」

「かばい立てするか!予の食料のくせに!」

二人はさらにムキになっていく。

「あー!やっぱリザの眷属になっとけば良かったよ!」

「もうよい!其方みたいなたわけ、あの冷血女に血吸われて干からびてしまえばイイんじゃ!バカっ!」

アルマは吐き捨てるとドアを乱暴に締めて出ていってしまった。



アルマが出ていってから仙一郎はベッドに腰かけ本を読んでいたが内容がまったく頭に入ってこないので放り投げシーツに仰向けに倒れこんだ。

やけに静かな部屋で天井を見つめ、仙一郎はアルマに言い過ぎたと後悔した。美しくなかった。帰ってきたらすぐに謝ってお詫びに超特大プチっとするプリンを買ってやろうと思った。

その時、静寂を破って悲鳴が響く。

「きゃぁっ!」

仙一郎はそれが川相の声だとすぐに気づいて飛び起きると隣の部屋へと飛び出した。

「川相さん!どうしたの!」

玄関のドアを勢いよく開け叫ぶ仙一郎の胸に川相が飛び込んできた。

「ゴキブリが!ゴキブリが出たの!」

そう怯えた声で訴える川相は入浴中だったのかバスタオル一枚しかまとっていない。抱き付く彼女の身体の凹凸がほとんど直に仙一郎の身体に押し付けられ彼は狼狽する。

「と!と!と!取りあえず落ち着いて。」

川相は両腕をからませ、しがみついて離れようとしない。彼は手の置き所に困って、まるで銃口を向けられたように手を上げたまま固まってしまった。

「恥ずかしいんで、そろそろ離れてくれるかな?」

彼女がいつまでも抱き付いているので仙一郎はたまらず懇願すると川相はつぶやいた。

「先輩…やっぱり私…」

彼女は潤んだ瞳で彼を見上げる。

「スキです!先輩のことが!」

「なななな…何を言ってるんだ?ちょっと落ち着こう!ね!川相さん!ね!」

仙一郎は慌てて彼女を引き剥がそうとするが、がっちり抱き付いて離れようとしない。

彼も別に彼女が嫌いな訳ではなかった。高校の先輩後輩の仲だった頃から彼女が自分に好意以上のものを持っていることも分かっていた。ただ彼の色恋沙汰に関しての優柔不断気質は筋金入りだったし二人の関係が変わってしまうことへの恐れもあったので今日まで宙ぶらりんな状態で放置してきたのだ。いいかげんその関係に終止符を打つ時が来たのだろうかと彼は思った。

「先輩…」

川相が突然、唇を仙一郎の口にかさねる。

なすすべもなく固まっていると彼女は舌を口の中にねじ込んだ。次の瞬間、突然として彼は舌に痺れを感じ、それはみるみる手足に広がっていった。そして頭が朦朧として身体に力が入らなくなり、その場に崩れ落ちる。

「かわ…い…さ…」

仙一郎は薄れゆく意識の中で川相の瞳が微かに赤くゆらめいたように見えた。そして彼は意識を失ってしまった。



初めに、仙一郎のぼんやりとした視界に入ってきたのは青白い光だった。やがて意識がはっきりしてくるとそれが壊れた屋根から射し込む月明りで、自分が廃墟となった鉄工所内で事務用椅子に座らされ縄で縛りつけられていることに気づいた。

あたりにひとけは無く、静まり返って虫の鳴く声しか聞こえない。彼は身体をねじり椅子をガタガタ揺すって縄を解こうとするがびくともしなかった。

「気づいたみたいだね!」

突然、声がしたので仙一郎は顔を上げると暗闇からピンヒールの音を響かせ女性が現れた。着ている黒のフォーマルドレスは大きく胸元が開き、長いスカートの片側は大きく切れ込みが入っていて太ももまで露出している。

「久しぶり!仙一郎!」

彼女は仙一郎を知っているようだったが彼には身に覚えがなかったのでポカンとしているとその様子を見た彼女は表情を緩め軽い口調で言った。

「ひどいデスネ!もう忘れてしまいましたカ?」

「リ!リザ!」

彼は驚きの声を上げた。目の前にいる女性は口調も雰囲気も別人かと思うほど先日逢ったリザと違っていたからだ。月明りの下立つ彼女の瞳は血のように赤く輝き、その表情は冷たく冷酷な雰囲気を醸し出していた。彼女は仙一郎を見つめ、また鋭い調子に戻った。

「まどろっこしい手を使って悪かったね!あまりアルマに近づくと気づかれちゃうんで君の後輩君を操らせてもらったよ。お詫びにちょっとお色気も足しといたけど楽しんでもらえたかな?」

仙一郎はちょっとはにかみながら問いただした。

「な…なんで、こんなことを?」

「私の眷属にって話は断られちゃったから。アルマへの嫌がらせに別の手を考えた訳。仙一郎を人質にアルマをおびき出して彼女の目の前で君を引き裂いてやろうと思ってね。」

そう言うと、リザは顔のあたりまで上げた手を振り降ろす。すると、彼女の数メートル後にあったドラム缶が突然、切り裂かれ紙吹雪のように散り金属音を響かせた。

「何でそこまで?」

そう訊ねるとリザは眉間にシワを寄せ。

「まあイイ、教えてやろう。アルマに…アルマース・クローフィに灰にされたのさ。おかげで灰から復活するのに百年もかかったよ。いくら不死の吸血鬼とはいっても百年も死んだままにされるなんて屈辱以外の何物でもないからな。」

そして自嘲気味に微笑むと続ける。

「始祖の吸血鬼、オリジナルテンのひとりアルマをどうにかできるものでもないから、あアイツが大事にしてる君を目の前で引き裂いて精神的にいたぶってやろうって訳。」

そしてリザは仙一郎に近づくと、まるで彼をどう切り刻もうかと思案するように真っ赤な爪を彼の胸に這わせ不気味な笑みを浮かべた。

そんなリザの話を、仙一郎は自分でも驚くほど冷静に聞いていた。それはまだ若い彼にとって死というものが自分に関係のない遠い世界の出来事のように感じていて現実感を感じなかったからかもしれない。

ただ、そんな仙一郎もアルマには、この厄介な事態に関わって欲しくなかったので直前に彼女とケンカして良かったと思っていた。

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