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夏のコントラポスト

怪物の騒動から一週間が経過していた。

結局、あの時アルマはインターネットで連続殺人事件の噂を知り、やはり事件に吸血鬼が関与していると感じて、自分の縄張りで勝手する者を成敗するために仙一郎に内緒で夜な夜な犯人探しに奔走していたという。

案の定、事件は吸血鬼の仕業であった訳だが、アルマが言うには、あの怪物は最も下等な吸血鬼の一種で普段は人里離れた山奥で小動物の血を吸っているような輩で、それがどうして街中に出没したのかについては、人間の身勝手な自然破壊で山の獲物が減り、餌を求めて人里に降りてきたのではないかと、どこかで聞いたような話をするのであった。

仙一郎がアルマを犯人と疑っていたことについて彼女は、ぷりぷりと怒っていたが、彼が土下座して、お詫びのしるしとしてプチっとするプリン三個パックを献上し

「ま…まあ、予も黙って出かけておったからあいこじゃな…」

と懐柔されてあっさり和解となった。

そして大学も夏休みに入り、仙一郎は怪物騒動以上の窮地に立たせれていた。金欠がさらに深刻になったのだ。

言うまでもなく原因は働きもせずにネットにゲームに遊んでばかりいる居候な訳だが、そのために仙一郎は今日も朝から夏休みに入って増やした新しいバイト先に向かうところだった。



アルバイト先は美術系予備校。美術大学を目指す現役、浪人生が受験の実技を学ぶ塾で、そこの講師の助手が彼の仕事だ。

今日は午前中、その予備校で夏期講習の裸婦クロッキーが行われるため、彼は予備校に着くなり教室の椅子とイーゼルを手早く並べ準備を滞りなくすませる。生徒も集まり後はモデルが到着するのを待つだけとなったが、その到着が遅れていた。

裸婦クロッキーは二十分ポーズ十分休憩で行われ、彼は教室での時間の管理と生徒への指導をするため、モデルの到着を椅子に座って所在なさげに待っていた。そして、しばらくすると声がする。

「モデルさん入りまーす!」

その声とともに待機室から入ってきた女性の美しさに教室がざわめく。

北欧系らしい彫の深い顔だちに肩にかかる長さの白に近い金髪。顔にかかる前髪から片側だけのぞく瞳は清んだ水色をしていた。

その外国人女性が軽く仙一郎に顔を向け微笑んだので、我に返った彼は開始の合図を発し周りもそれに続いた。

「よろしくお願いします!」

女性は、それを合図に中央の台に上って巻いていたバスタオルを脱ぐと再び教室がざわめく。

整って張りのある程好い大きさの胸に腰は細く締まり豊かな曲線をえがく臀部からしなやかに伸びる両足は細く長くギリシャ彫刻のように均整がとれ、肌は陶器のように白くきめ細やかな質感を感じさせ、この世のものとは思えなかった。

少しの間、見入っていた生徒達もしばらくすると何事もなくクロッキーに取り掛かるが、その教室中央でポーズをとる女性の佇まいに似た雰囲気を仙一郎はよく知っていた。

アルマだ。そうであるなら目の前いる女性も吸血鬼もしくは、それに近いこの世ならざる者であるかもしれないと仙一郎は警戒し注視するが見れば見るほど美しく彼の芸術家魂が騒いで、つい仕事をほっぽり出してクロッキーしたくなる衝動にかられウズウズしてしまっていた。

そんな複雑な感情に悩まされているうちにあっという間に時間は過ぎ授業は何事もなく終了。女性は教室を退出するその刹那、仙一郎にウインクしたように見えた。

彼女が気になった仙一郎は後を追って急いで予備校内を探しまわったが、すでに忽然と姿を消し誰も行方を知らなかった。



そして、アルバイト帰り、駅に向かう道すがら仙一郎は、その正体不明の女性のことを考えていた。もし普通の人間ではなかったとしても危険な感じはしなかったし、予備校で何事もなかったことを考えると自分の思い違いで普通の人間だったのかもしれないと。

そうこう考える内に駅前のうどんチェーン店の前を通りかかり急に腹が減っていることに気づいてしまった。時刻はちょうど昼飯時であったが財布の中が寂しい仙一郎は店の前で立ち止まって迷っていた。すると後から声がする。

「スィア!ちょっとお話があるんですけドお時間いいデスカ?」

変な掛け声とともに話しかけてきたのは例の外国人女性だった。短いタンクトップにデニムのホットパンツ姿、髪をポニーテールにまとめ顔に笑みを浮かべている。

「君は?」

「予備校で会いましたネ!ワタシはリザ言います!とりあえず店入りましょーカ?お昼おごりますヨ!」

そう言うといきなり彼の腕に手をまわし有無を言わさず店に連れ込んだ。突然の出来事に抵抗できず、あれよあれよと言う間にテーブル席に座らされた仙一郎であったがリザと名乗るその女性に興味があったので、そのまま様子を見ることにした。

テーブル席に仙一郎を座らせるなりどこかに行ってしまったリザは、しばらくすると牛肉うどんにおにぎり、さらにサイドメニューの天ぷらを山盛りにしたトレーをかかえて戻ってきた。

「ドーゾ!ワタシのおごりデース!」

「そんな…悪いよ。」

「据え膳くわぬは男の恥デスヨ!ドゾ!ドゾ!」

テーブルの向かいに座るリザが、あまりにも屈託のない笑顔ですすめるので遠慮していた仙一郎も男のメンツを保つためいただくことにする。

空腹だった仙一郎はあっという間にすべて平らげてしまい、リザは彼が食べているあいだじゅう頬杖をついてニコニコと眺めていた。

「ごちそうさまでした。」

「お粗末さまでしたデス!じゃあ本題に入りましょうカ?仙一郎!」

リザが名前を呼んだので仙一郎は身構えた。

「何で名前を?」

「アルマが珍しく気に入ったニンゲンですからネ!当然デス!」

「アルマって…やっぱり君も…」

「もちろん吸血鬼デス!」

そう言うとリザは口角を指で引っ張り鋭い犬歯を見せ話を続けた。

「昼間に吸血鬼トカ疑っているかもシれませんがワタシ日光ダイジョーブな奴なのデ信用してクダサイ!」

「それじゃあ予備校に来たのも俺に近づくため?」

「それもありますけどヌードモデルは給料イイですからネ!一石二鳥カナ?」

吸血鬼のイメージとはかけ離れた陽気さで話しかけて来るリザに、この場ですぐどうこうされる雰囲気も感じなかったので仙一郎は黙って彼女の話を聞くことにした。

「では、タントウチョクニューに言います。アルマを捨ててワタシの眷属になりませんカ?」

「はぁ?それってどういうこと?」

仙一郎は突拍子もない話に大声を出してしまう。リザは動じることなく相変わらず笑みを見せる。

「まあ話せば長くなるんデスがアルマとは因縁があっテ嫌いなんデスネ!だから大事なモノを奪い取っテ嫌がらせしたいのデス!いわゆる寝取り?」

さらに黙って聞いていた仙一郎の顔をのぞき込んで悪戯っぽくつぶやいた。

「今、ワタシの眷属になれば下手な女と結婚するより、よっぽどイイ思いさせてあげますヨ!お小遣いも沢山あげますシ、夜もいっぱい愛してあげるデス!」

仙一郎はその言葉にドキッとしてしまった。こんな美しい女性にそんなことを言われて喜ばない男はいない。

誰もが一度は夢見るヒモになれるチャンスに、ほんのちょっとだけ心が揺らいだ仙一郎であったがやはり結論は最初から決まっていた。彼はうつむいて少しだけ間をとってからリザに告げた。

「ごめん、君には悪いけどやっぱりそう簡単にアルマを裏切る訳にはいかないわ!色々と世話のかかるヤツだけど悲しませたくないからさ!それに何よりそれは美しくないし…」

彼の言葉をしっかりと眼を見ながら聞いていたリザは話が終わると残念そうに言った。

「そうデスカ…仕方ありませんネ!分かりましタ!今回は諦めまス!」

拍子抜けするほどあっさり諦めた彼女は席を立つと吸血鬼とは思えない慈愛に満ちた眼差しで彼を見つめた。

「仙一郎はホント義理人情に厚い子デスネ!アルマには、また近いうちに会いに行く言って下さイ!」

そう言うと身をかがめて仙一郎の頬にキスをした。

「!!!」

突然のことに呆気にとられる仙一郎を置き去りにしてリザは店の外へと消えていった。



「他の女の匂いがするのじゃぁ!」

アパートのドアを開けるなり待ちかまえていたのは、ふくれっ面で仁王立ちするアルマの不満そうな姿だった。

仙一郎は早々に観念して玄関で立ったまま今日あった出来事を洗いざらい正直に報告すると、アルマはしかめっ面で悪態をついた。

「あの泥棒猫、復活しておったのか!人のモノにちょっかい出しおって。むぅぅかつくぅ!」

そう言いつつ仙一郎の腹を握り拳で何度も何時までも叩き続けるのであった。

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