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オカサーの姫は豊満であった

だいぶ気温も上がり大学の夏休みも近づいてきたある日の夕方。今日も滞りなくアルマは仙一郎の首筋に噛みつきいつも通りの分量の血を飲み干すと高揚した様子をみせる。

「さって!じゃあチョットばかり出かけてくるぞ!」

浮かれた様子でクローゼットを開けると服を引っ掻きまわす。血を飲んだ後はいつもそんな感じなのだが前に仙一郎はアルマに尋ねたことがあった。

仙一郎の血は吸血鬼にとって特別に美味なだけでなく体力や精神力、魔力も向上させる万能の薬に限りなく近い血なのだという。だから、用法・用量をしっかり守って正しく飲んでいるのか、と妙に納得がいったものだった。

アルマは背を向け、仙一郎を気にすることなく鼻歌まじりで服を脱ぎ下着姿になる。彼は長い黒髪に白い肌のコントラストがあまりにも美しいので思わず見とれているとその視線に気付いた彼女は背中越しに彼を見てニヤリと笑った。

「お兄ちゃんのエッチ!」

「違うって!」

照れる仙一郎を見て、アルマはけたけたと笑いながらベアトップのゴスロリ服に着替え出かける用意を整える。

「あ!ちょっと待って!」

ちょうど出かける寸前、仙一郎はアルマに渡すものがあることを思い出してカバンから封筒を取り出し中から小さな物を取り出し彼女に渡した。

「なんじゃ?これは?」

彼女は銀色の金属製で鎖の先に楕円型の板がついたネックレスを手にぶら下げて不思議そうに見ていた。

「ドックタグってヤツなんだけとそこにアルマの名前とここの住所と電話番号が彫ってあるから!それ身につけとけば迷子になっても早く帰ってこれるだろ?」

彼女の方向音痴対策として本当はスマホでも持たせるのが最善なのではあったが、いかんせん金銭的余裕が無く、かと言って子供用の迷子札は彼の美意識が許さなかったので落としどころとして買ったのがそのドックタグであった。

「捧げ物か!予は嬉しいぞ!礼を言う!」

アルマはドックタグの鎖を両手で掲げてくるくる回った。そのドックタグ程度で大喜びする様子は血を吸った直後だったからなのかもしれなかったがそんな彼女を見て、仙一郎は吸血鬼に居候されるのもそんなに悪くないなと思うのであった。



自宅ではせわしない仙一郎も大学では授業に制作にと平々凡々と過ごしていた。

「おーい!聞いてるかぁ?」

対面に座る背の高い金髪の男性は仙一郎に呼びかけた。昼の学食、同じ科の軽沢が何か話していたようだが仙一郎はカレー丼を食べるのに夢中で上の空だった。

「ああ…何だっけ?」

生返事の仙一郎に、やれやれといった風に話始める。

「だから最近、連続殺人事件が起こってるってネットで噂されてる話だよ。」

それだけならそれほど面白い話でもないだろう、と仙一郎が言う間もなく話を続ける。

「面白いのは見つかった死体が全部、血が一滴も残ってなくてミイラ化した状態で発見されたってことなんだ!」

嫌な予感のする仙一郎を置き去りにして話は続く。

「で、きっとこれは吸血鬼の仕業に違いないってことで俺のオカルト研究サークル部員の血が騒いだ訳よ!」

嫌な予感はさらに高まるが軽沢の話はなおも続く。

「さらに事件現場にいたってヤツの書き込みによるとゴスロリ姿の少女が逃げてくのを見たっていうのもあってさ…」

嫌な予感は実感に変わる。

「ゴスロリ少女バンパイアだぜ!こりゃオカ研が探索に乗り出さなくてどうするんだってことで週末に部員が集まるんだけど早見もどう?って話!」

「何で俺が?」

「つれないなぁ~!俺とお前の仲じゃないか!」

軽沢は部員の少ないオカ研に仙一郎を引き込もうとたびたび声をかけてくるのだが、彼はは微塵もその気はなかった。しかし事件にアルマが関係しているかもしれないとなったら話は別だった。仙一郎は彼女が居候する条件として他の人に危害を加えたり血を吸ったしないことを約束させていたが正直きちんと守ってくれているのか不安ではあった。

「今回だけだぞ。入部はしないからな!」

「分かってる!分かってる!でも是非入部も考えて欲しいな。部員一同歓迎するぜ!」

軽沢は両手の親指を立てて朗らかに続けた。

「それにウチの紅一点、オカサーの姫はお前好みの巨乳だぞ!」

「お!俺は別に大きいのが好きな訳じゃ…」

「ま!とにかく入部も考えてくれよ!な!」

勢いづいた軽沢のサークル勧誘はその日の午 後の講義が始まる寸前まで続いた。



そして週末。その日もアルマは日が落ちるとふらっと出かけ、仙一郎はそれを見届けると集合場所の駅前に向かった。オカ研の面々と合流すると目撃情報の多い街中を二人一組になって捜索することとなり、仙一郎とペアになったのは例の紅一点、日本画科二年の呉睦影美だったので彼は軽く舌打ちした。

「軽沢の奴!」

もちろんこの組み合わせは軽沢の策略であった。軽くウェーブのかかったセミロングで前髪は赤いフレームの眼鏡にかかるほど長い。地味ではあるが整った顔立ちで、着ているオカ研サークルTシャツの五芒星と山羊の悪魔のイラストが激しく歪むほど胸は大きい。

二人きりになって当てもなく深夜の街を歩いていると今まで一言もしゃべらなかった呉睦が急に小声でぼそりと話しかけてきた。

「早見君は…オカルトとか…信じますか?」

信じるも何もオカルトが居候してますよ、と言いたくなる仙一郎だが言葉をにごす。

「んーまぁ五分五分かなぁ…」

「半分は信じてるんですね!」

呉睦は瞳を輝かせて喜々として見当違いな喜びをみせる。

「やっぱり目に見えない世界は存在してると思うんですよ!ただ私達が認知できないだけで、もしそれらと交信してお互いに理解し合い体系的に説明できれば私達の認識は飛躍的に向上して…」

突然饒舌になる彼女に気圧される仙一郎。およそ美大の学生は変わり者ばかりだが彼女もその例に漏れなかった。辟易した仙一郎は話を変えようと気になっていたことを訊ねた。

「呉睦さんのカバン、ずっとニンニクの匂いがしてるんだけどもしかして…」

「そう!ちゃんと吸血鬼対策にニンニクと白木の杭を持ってきたの!」

そう言うと肩からかけていたショルダーバックの中身を見せ微笑んだ。

「それにほら十字架のネックレスも…」

そう続けるとTシャツの襟を引っ張って十字架を見せびらかすが結果的に仙一郎に胸の谷間を披露する格好となる。

「ああ!十字架だね!十字架!」

仙一郎は慌てて目をそらすが彼女はまったく気にかける様子もなく相変わらず微笑む。

「早見君は何か対策はしてきましたか?」

呉睦は眼鏡の奥から眼を爛々と輝かせて仙一郎の顔をのぞき込む。

「いや別に何も…」

「ダメだよ!そんなことじゃ!じゃあ…」

彼女は語気を強め叱責すると指にはめていたリングを外す。

「これはお守りがわりに!吸血鬼が恐れるシルバーのリング!」

そう言うと、ごてごてとした十字架の装飾のついた指輪を仙一郎に手渡した。

「あ…ありがとう…」

彼は似合わない派手な指輪を右手の人差し指にはめ照れ笑いを浮かべるしかなかった。

その後も彼女のほぼ一方的なオカルト談義を聞かされながら街を歩き回るが収穫はない。

やがて夜半も過ぎ公園で休憩を取ることにし仙一郎はベンチに腰掛け、呉睦は気を利かせて飲み物を買いに離れた。仙一郎はもし事件がアルマの仕業であるなら皆に見つかる前に捕まえて連れ帰るつもりでいたが今日は空振りに終わりそうで少し安心していた。その時、背後に気配を感じ同時に首筋に生暖かい物が触れる。突然のことに言葉を失い振り返ると呉睦が後ろから抱き付き首を甘噛みしていた。

「何してるの!呉睦さん!」

「早見君すき…」

「す!す!す!好きって…」

出会って数時間での突然の告白に仙一郎はうろたえる。

「隙…だらけだよ!そんなことじゃ吸血鬼に血吸われちゃうよ!」

仙一郎は聞き違えに気恥ずかしくなるが、いきなり背後から抱き付かれて首筋に食いつかれたのだから勘違いしたとしてもしょうがない。

「まったく!もし私が本物の吸血鬼だったらいまごろ早見君シワシワのミイラになってるところだよ!」

呉睦は後から抱き付いたまま屈託のない笑顔を見せる。

「そろそろ離れてくれないかな?」

背中に当たる柔らかい感触に耐えきれず音を上げるが、何事もなかったようにあっけらかんとベンチの隣に座る彼女の天然ぶりにオカ研崩壊も近いなと憂う仙一郎であった。

その時、仙一郎は突然として全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。それはまるでネズミが船の沈没を予知して逃げ出すように彼に、ある方角から離れるように全身に危険信号を発していた。

その感覚はアルマに血を吸われていることに関係があるのかは分からなかったが、その方角から感じるのはこの世ならざる者の殺意だとはっきり分った。そのおぞましい感覚に思わず吐き気をもよおし身をかがめる。

「ちょっと早見君大丈夫?顔真っ青だよ!」

仙一郎の様子に気付き背中をさする呉睦に芝居がかった口調で話す。

「大丈夫!ちょっと邪悪な気配を感じて…この先の神社から禍々しい思念を感じるんだ!皆に連絡してそこに向かうんだ!俺も回復したらすぐに追う…さあ!急ぐんだ!」

「わ!分かった!」

仙一郎の言葉をまったく疑う様子もなく走り去る呉睦を確認すると彼は神社とは逆の方角へ、本当に邪悪な気配を感じた駅の方向へ歩きだした。

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