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我が家までの長い道のり

まだ終電まで間があってか人もまばらな車内に仙一郎とアルマの二人は並んで座っていた。結局、自分は道に迷って帰る屋敷の場所もわからないと彼女は語り、続けて

「…という訳で其方の家に当分やっかいになるからな!」

と勝手に決めた。その後の仙一郎の反抗も彼女の頑固さの前に徒労に終わり、疲れ果てた末に根負けし帰途につくことになった。

すっかり元気になったアルマは、仙一郎に着せられた、だぼだぼの白衣の袖の匂いを嗅ぎぼやく

「なんじゃこの服は!油臭い上に絵具まみれではないか!」

そのぼやきはすでに何度目かではあったので彼は声を荒げる。

「しょうがないだろ、絵描くとき着てる奴なんだから。あのボロボロの恰好のまま一緒に歩かれたら、俺犯罪者みたいじゃん!」

「この恰好もどうかと思うぞ!」

彼女は口をとがらせ、おどけたような恰好で服をみまわす。

「まあ、その恰好ならただの変人と思われるだけだし。」

「むぅ…」

彼の皮肉に彼女は足をぷらぷらさせ不満げにうめく。そんなアルマの様子はどう見ても普通の少女にしか見えなかった。しかし仙一郎はアルマが吸血鬼であることを確信していた。血を吸われたことや、その噛まれた腕の傷がすでに跡形もなかったからだけでなく、それははっきりとは説明できない“感触”のようなものだった。

「心配せんでも其方は吸血鬼にはならんぞ。」

彼が、まくり上げた袖からのぞく腕を眺めていた様子を見てアルマが説明を続ける。

「血を吸った相手が片っ端から吸血鬼になっておったら世の中、吸血鬼だらけになってしまうからのぉ。其方は人間のままじゃ。まあ眷属を作るのには、それなりの手順があるということじゃな。」

「それはよかった。」

ただでさえ血を見るのは苦手なのに、それを飲んで生きていかなくても良いらしいという事に彼が一息つく頃には電車は駅に到着していた。



仙一郎はアルマを引っ張って足早に駅ビルを後にすると目立たぬよう裏道を選んでアパートに向かう。

「大きな街じゃのぉ!楼閣だらけで夜だというのに灯りが真昼のようで昔とは大違いじゃ!」

きょろきょろ物珍しそうにまわりを見まわしなかなか前に進まない彼女に気になって訊ねる。

「昔って君…」

「アルマでよいぞ!」

仙一郎が言いよどんでいるとアルマが察する。

「昔ってア…アルマは歳いくつなんだよ。」

「レディに年をきくとは失敬な奴め!」

「ご…ごめん…」

彼は頬を膨らませて睨むアルマに反射的に謝ってしまった。」

「ま!良いわい!正確には分からんが数百年は生きとるはずじゃ。まあ永遠の十五歳ということにしておこうかの!」

「やっぱり歳をとらないんだ…それじゃあ不死身だったりもするのかな?」

興味をかきたてられ続けて質問する。

「ん~死んでも生き返るからそうなのかもしれんな!まあだからといって身体を傷つけられて痛くないという訳ではないんじゃがな。」

彼女は指を唇にあて曖昧な返事をする。まあ確かに死んだことなければ死ぬのかどうか分かり様がないな、と彼は思った。

「よぉ!兄ちゃん!デートかい?」

その時、行く手から声がし、顔を上げるといかにも不良といった数人の男性がにやにやと、こちらを見つめていた。

仙一郎は聞き流してアルマの手を引っ張って通り過ぎようとするが突然、長身の金髪モヒカン男に胸倉をつかまれる。

「無視してんじゃねぇよ!ごらぁ?」

「いや、そういうワケじゃ…」

ドスのきいた声に、その手のことに慣れていない仙一郎はオロオロするばかり。

「けっ!このチキン野郎が!」

「す…すみません…」

仙一郎はすっかり気圧される。

「お嬢ちゃんもこんな軟弱男おいて俺達と遊ばない?」

見れはスキンヘッドの大男がアルマを背後から抱えこんで大きくごつい手で彼女の身体を撫でまわし鼻の下を伸ばしてにやついている。

アルマは、きょとんとした表情で答える。

「なんじゃ其方ら?予と遊びたいのか?」

「ほら!じゃあ、そこのホテルに行こうか!」

大男は彼女の肩を抱くと強引に連れていこうとする。

「やめっ…」

仙一郎はモヒカン男を振りほどいてアルマを助けようとするが再びモヒカン男に捕まれた。

「おっ?なに盾突いてんだ!」

おたけびと同時に仙一郎のあごに一撃が飛ぶ。

「ぐっ!」

彼はうめき声を上げ崩れ落ちた。口の中を切ったのか口角から血が垂れる。その様子にアルマの顔色が変わり、声を張り上げる。

「貴様ら!予の食料に傷をつけるとは何事じゃ!叩き殺すぞ!」

その威圧感のある声に不良達が固まる。

「ああ?このメスガキ!調子こいてんじゃねーぞぉ!」

アルマの声にいち早く反応した大男は拳を振り降ろすが彼女に当たることなく空を切る。目の前から彼女が忽然と消え周りを見回す大男は彼女が背後にいることに気づくと吠え、再び腕を振り上げるが、その腕はあらぬ方向にひん曲がり、ぷらぷらと揺れている。

「あ!がぁ!」

折れた腕の痛みに気づいた大男は叫びのたうち、不良らは何が起こったのか理解できず呆気にとられる。

「なんじゃ!腕の一本や二本で泣きわめきおって!この腑抜けが!」

アルマが地面を転がる大男の頭を踏みつけ、さけすむような目ではき捨てると怒り狂った不良どもが一斉に彼女に襲いかかった。

「はは!其方らも遊びたいのか?」

彼女は高笑いし、ひょいひょいと舞うように不良どもの襲撃をかわす。そして、合気道の達人の演武よろしく次々と体格のよい男達を吹き飛ばし転げ回らせ、あっという間に全員を打ちのめしてしまう。一瞬の出来事に呆然と立ち尽くすモヒカン男にアルマが言い放つ。

「後はおのれのみ!きっちり罪は償ってもらうぞ!」 

薄暗い路地で仄かに光る赤い眼。彼女の手にはいつの間にか西洋の剣が握られていた。目の前の光景に唖然としていたモヒカン男は精いっぱい去勢を張る。

「んな!んな…んなんだと!ごらぁ…」

次の瞬間、地面にへたり込む仙一郎の目の前に何かの塊がぼとり落ちてきた。それが人の手であることに気づいた彼は反射的にモヒカン男を見上げる。モヒカン男の右腕は鋭利な刃物で切ったようにすっぱりと無くなっており、彼は血の吹き出す腕を痛みを感じることなく呆然と見つめていた。アルマと仙一郎らとは五、六メートルほど離れており剣がとどく距離ではなかったが、それが彼女の仕業であることは明白だった。

仙一郎は、ゆっくりと近づいてくるアルマを見て、このままでは確実に彼女がモヒカン男を殺すという最悪の事態に陥ると思い、飛び起きるとアルマに駆け寄りひょいと彼女を抱きかかえた。

「放さんか!あやつめをなます切りにせんと気が済まん!」

仙一郎の腕の中で駄々っ子のように暴れるアルマを抱えたまま彼は脱兎のごとくその場を後にした。夜の街を走る二人の遠く後方から腕をなくしたモヒカン男の叫び声が何時までも響いていた。

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