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出会いは

それは、さかのぼることひと月まえ、早見仙一郎はやみせんいちろうが一浪した挙句に美大にやっと合格し、そろそろ新しい生活にも慣れ始めた6月のことだった。その日は朝から大学の一室を借りてひとり自主製作をしていた。描いていた油絵のキャンバスが2メートルを超える大きさであったためさすがにアパートでは無理だったからだ。制作が切りの良いところまで進み彼が時計を確認した時には、すでに十時を回っていた。

「やべっ!学バスもう終わりじゃん!」

今日はバスで来ていたことを自分自身に言い聞かせるような独り言のあとにため息をついた。彼の通う大学は街からかなり離れた山の中に在ったのでバスが無いとなると家とは反対側の街に出て電車で帰るために、駅まで歩いてひと山超えなければならなかった。山越えと言っても小山を20分程度歩くだけではあったが街灯もない土むき出しの山道を歩くのは気分の良いものではない。

彼はひと気のない構内を突っ切り裏門を抜け、山道の入り口にさしかかる。日も落ち長袖一枚ではうすら寒い暗い山道。足取りも重く坂を昇り始めてからまたひとつため息をついたのは急な登坂のせいだけではなく、晴れて念願の美大生になったとはいえ自分の才能の無さを痛感させられる毎日をすごしていたせいもあった。彼は絵を描くのが好きで描いていれば幸せでいられる類の人種ではあったがそうは言っても同じ油画専攻の生徒だけでも500人以上在籍していれば嫌でも現実を思い知らされる。そんな陰鬱な気持ちの中で唯一救いだったのは見上げる空に月が輝いていることだけだった。なぜならそれはただ美しかったからだけでなく暗い山道を照らし懐中電灯なしで歩けたからでもあった。

月にみとれているとやがて道は農作業の軽トラの轍が目立つ幅の広い下りにさしかかる。街の明かりも届かず周囲は高い木々で囲まれ月明りだけが照らす山道を歩いていると木々の生い茂る暗がりがガサガサと音をたてたので彼は身構えた。さすがに熊が出没するほどの山ではないにしてもイノシシ程度なら十分ありえたので音のした繁みを凝視していると暗闇の中から少女が突然飛び出してきた。普通であればそんな状況はお化け屋敷かホラー映画並みに恐ろしい場面であるはずだが彼はその姿に思わず見惚れてしまった。

繁みに立ちつくす彼女の黒いワンピースからのぞく肌は月の光に照らされて純白に冷たく輝き、伏し目がちの端正な顔立ちは少女らしい可愛らしさだけでなく得も言えぬ妖艶さを感じさせた。彼女が月明りに照らされてたたずむその情景は、まるで幻想画家ポール・デルヴォーの絵「海辺の夜」のように美しいと感じて彼は震えた。

彼女は何故こんな時間にひと気のない場所にという当然の疑問に思いいたることもなく、彼がただただその非現実に心を打たれ立ちつくしていると静寂を破って突然、お腹の鳴る音が響いた。

「お…お腹すいたぁ…」

音の主である少女は、つぶやくとおぼつかない足取りで近寄り腕の中に倒れこんできたので彼は我に返った。

「ちょっ!ちょっと!大丈夫?」

「お腹空いた…」

彼の腕の中で繰り返しつぶやく彼女の姿をよくよく見てみると足は泥だらけで服も木に引っかけたのか所々破けている。あいにく食べ物は持ち合わせていなかったがミネラルウォーターくらいならあったはずだと彼は少女をその場に腰掛けさせると慌ててカバンの中を探した。彼が手元の暗さと動揺も相まって手間取っていると右腕に激痛が走る。

「!」

彼は絶句した。見ると腕に服の上から噛みつく少女の姿があった。

「お…おい!ちょっと!」

慌てて彼女を引きはがそうとするが少女とは思えない力でしがみつき、血がにじむ服にがっちり喰いついて離れようとしない。彼女の目の色は真っ赤に輝き、血まみれの口元からは鋭い犬歯がのぞく。よく見るとただ噛みつているだけでなく喉を鳴らして血を飲んでいる、まるで吸血鬼のように。

やがて彼は身体中の力が抜け意識が朦朧とし彼女のなすがままに喰らいつかれる。噛まれている腕の痛みは消え失せ、まるで雲の上にいるようなフワフワした感覚。その場にへたり込んで心地よい感覚に身をゆだねていると、やがて少女は牙を放す。

「ぷっはぁー!生き返ったぁー!」

まるで仕事帰りに居酒屋でビールを飲んだ後のサラリーマンよろしく満面の笑顔で大声を張り上げ、続ける。

「其方のおかげで助かったぞ!三日も飲まず食わずでさまよっておったからのぉ。」

すっかり元気になった少女は、似つかわしくない古めかしい言葉使いで彼に礼を述べる。

仙一郎はまだぼんやりした頭で単刀直入に彼女に問う。

「君は…吸血鬼なのか?」

彼女は彼の前に仁王立ちしニヤッと笑った。

「いかにも!予は偉大なるいにしえの大吸血鬼アルマ!其方の血、たいそう美味であったぞ!」

そして彼を見下ろし指さし言った。

「決めた!其方に予の食料になることを許す!有難く思え!」

「それは辞退させていただけないのかな?」

「是非もない!」

案の定つっぱねられて彼は月を見上げ大きくため息をついた

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