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プロローグ

彼は吸血鬼と暮らしていた。

それも二十一世紀、日本での話だ。

日も暮れて街の明かりが灯る頃、中核都市の安アパートの一室では窓から射し込む微かな光だけが二人の輪郭を浮かび上がらせていた。

足を投げ出して床に座る仙一郎に馬乗りにまたがる少女の名はアルマ、肩と太ももを露出したラフな黒の部屋着姿の十五六才ほどの少女は白くか細い両腕を仙一郎の肩に回すと顔を近づける。

前髪を切りそろえた腰までかかる黒髪にまだ幼さの残る顔だちの黒い瞳の少女の均整のとれた顔が目と鼻の先で彼を見つめる。

「画学生?」

彼女が問うようにささやくその呼び方に彼はまだ慣れなかった。

美大生になって三ヶ月、吸血鬼であるその少女に押しかけられてまだひと月しかたっていないのだから当然ではあったが、彼は察して頭を傾け首筋をさらす。

彼を見つめるアルマの瞳はみるみる真紅に染まり熱く湿った唇が首筋に触れる。しかしその後、鋭い犬歯は頸動脈を探るように甘噛みを繰り返すだけなので彼は思わず苦笑した。

「くすぐったいって!」

「しばらく我慢せい!」

なかなか上手く噛みつけない苛立ちに少女は姿に似合わぬ老人口調で語気を荒げる。

「毎回、本当にアルマは不器用だな。」

呆れて彼が右手で彼女の後頭部を軽く引き寄せ首に導くと、戸惑いながらも何とか探り当て歯をたてる。

「痛!」

短い痛みを感じ身体中から力がぬけ頭の芯が痺れるようにぼんやりしていく。自分の血が首筋に噛みつくアルマの身体に流れ込んでいくのがはっきり感じられる。彼女が喉を鳴らし血を飲むたびに波のように快感が彼の全身に打ち寄せる。

「ん…」

彼女も艶めかしい声をもらし一心不乱に血を吸う。肌は上気し微かに痙攣を繰り返していた。彼の息も次第に荒く乱れ心臓の鼓動が耳の奥で鳴りわたる。その昂りに呼応するかのように彼女の息も早まり、やがて限界に達する。

「か…はぁ…」

アルマは首筋から口を放し大きくえびぞって二度三度身体をびくつかせると糸の切れた操り人形のように崩れ落ち彼の胸に顔をうずめ満ち足りた表情を浮かべた。



「先輩!います?」

女性の声がするのとほぼ同時に玄関のドアが開き部屋の明かりがつく、さらに言葉が続く

「カレー作りすぎちゃったん…で…」

鍋を抱えて飛び込んできた緑のジャージ姿の華奢な女性は目に飛び込んできた抱き合う二人の姿に言葉を失う。ただでさえ大き目をさらに見開き、口を金魚のようにパクパクさせ今にも鍋を落としそうになる。

「かっ!川相さん!こ…これは…」

仙一郎は首の噛み痕を慌てて手で隠し彼を先輩と呼ぶ女性、川相衣子かわいきぬこに釈明しようとするとアルマが言葉をかぶせた。

「お兄ちゃんと格闘技ごっこしてたんだよ!」

いかにも子供らしい声でにっこりとほほ笑む。

「ほら!こうマウントポジションでボコボコと!」

そう言いながら彼の胸をポコポコと叩く。すると少し間があって

「そ…そうだよね!本当に兄妹で仲良いんだから!」

と、微塵も疑う様子もなく納得し何時もの快活さを取り戻すと、鍋を台所に置いて隣の部屋へぱたぱたと帰っていった。台風一過、平穏を取り戻すと早速アルマは眉をひそめてぼやく

「まったく!世話の焼ける下女じゃ!わしに力を使わせおって!」

力とは吸血鬼である彼女の能力である魔眼のことだ。彼女に見つめられて言われた言葉は相手にとって真実になり、使いようによっては完全に傀儡とすることも出来る吸血鬼の力のひとつ。

仙一郎にとって高校の後輩、同じ美大に通う川相衣子がアルマを彼と一緒に暮らす引きこもりの妹と思っているのもその力のおかげだ。ぼやきが延々と続く中、不意にお腹の鳴る音が響いた。彼女は勢いよく立ち上がると顔を真っ赤にして早口でまくし立てた

「べっ別にお腹が空いてる訳じゃないし、ましてあの下女の作った物なんか食べたい訳じゃないんじゃからな!そっ…そう!武者震いなんじゃからな!風邪は万病の元なんじゃからな!絶対絶対…」

話が支離滅裂になって収拾がつかなくなってきたので仙一郎も立ち上がって彼女の肩をポンと叩いた

「取りあえず夕飯にしようか…」

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