第25話 ミルド
「着いたぞ。全員、起きろ」
ディアブルがそう言ったと同時に馬車は止まり、屋根状に馬車を囲っていた何かの皮でできた布を中からめくると明るい日差しが馬車の中に差し込む。周りを見渡すと広大な広さの平地があり、その中心には壁に覆われた何かが存在していた。遠くの方には平地の周りに山や丘などが見えるが、この辺りは本当に不自然なほど平地過ぎる。まるで人為的に整備されているかのような。
「やっとですね。では私はちょっと…。休憩を…」
メルは今、馬車が目的の地に着いたことを確認し、眠りについた。今までエルドを出発してからここまで長期間、強化とコーティングの魔法を使っていたのでかなり体力を消費していたのだろう。だが…ここでは疲れ果てないでほしいのが本音だ。理由は
ギッ…グガガガ…..ガタッ
「え? あの…せめて馬車置き場に戻るまでは魔法を…」
お忘れかとは思うが、この馬車は最安値で琥珀がエルドの馬車市場で購入したボロ馬車なのだ。目的の地には着いたが、目的の場所には少し遠い。メルはこのボロ馬車に強化とコーティングの魔法を使い今までは馬車が壊れることは無かったが、メルが睡眠してしまったということはつまり、その魔法が解けるということだ。そして当然の如く、馬車はギシギシと嫌な音を立て始め、地に降り立とうとしたディアブルは足元に穴が空いたことにより足を踏み外し、盛大に後ろへ尻餅をついた。
メルはもう爆睡中であり、起こすのが可哀想だ。
「仕方がない。ここで降りるぞ」
琥珀の合図によりディアブルは御者台から降り、寝ているメルを背中に背負いエレガ、エルク、セインはそれぞれ荷物を持ち馬車から降りた。琥珀は仕方なく馬を誘導し馬車を近くにあった枯れ木の側へ移動すると馬車をそこへ放置。
琥珀の目指す場所はエストの領土内すれすれの場所にある都市、ミルド。ミルドには丘も山も一切存在せず、あるのは平地のみ。ミルドは決して作物栽培も物作りも盛んではなく、貿易などエルドで事足りているので滅多に商売が目的でミルドに訪れる者はいない。しかしミルド中が平地な事により老人と子供が住むのにはとても優しく、警備兵たちは平地なミルド周辺を広範囲にわたり見渡すことが出来る為、安全。そのため多くの家族連れや老人はここミルドに移り住んでいるようだ。
しかし最近はミルド内にダンジョンが見つかったようだ。ダンジョンが発見された場所はミルドの中心。その発見により急にこの都市は経済が向上し、ダンジョンや外からの新店が増えたようだ。実はここと同じように栄えた町がミルドまでの道のりにあったが、発見されたばかりで現在ダンジョンの探索ラッシュになっているだろうミルドのダンジョンは功績と知名度を上げるにはもってこいの場所だった。ダンジョンが新しく発見されたということは一時期だけランクの高い冒険者たちが大勢集まりやすく、冒険者ギルドの設立と共に武器、防具、ポーション、エンチャントなどの店も予想するにかなりの数が一変に来ているはずだ。つまりこれは知名度の高い冒険者たちや凄腕のサポート職の職人たちと友好関係を築き上げ、このパーティーの存在を彼等の頭に刻み込み今後、『鼠ノ洞窟』を紹介するのには絶好のチャンスとなる。
まあ、計画通りに全てが進むとは思っていないがせめて有名になる所までは現実となってほしいところだ。そう格段に希望を自身の中で下げる琥珀だが、案外琥珀は今回ミルドでは計画通りの事が出来るのではと期待している。さしぶりの冒険者としての活動を出来る為、少々気持ちが高ぶっているのだ。
「琥珀、馬車をこんな所に置いて行って大丈夫なの?」
エレガが心配そうに訊く。しかしここはそもそも周り一帯が平地であり、馬車や荷車などが多数放置されている。
「まあ、この町は町全体の道が狭くそもそも馬車通行が禁止らしいからな。もうこの馬車は必要ない。そして周りを見てみろ」
エレガは周りを見渡す。するとそこには数々の馬車や荷車などが放置されている。決して多くは無いが、少なからずここから見える範囲内には5、6台が捨てられている。
「馬車は町に行くには不必要だ。それにエルドには有名になるまで帰れない。つまり俺達は数か月間、この町に滞在することになる。その間中、馬車をどこかで預けておく費用は無い」
「それに放置していけばどうせ警備の兵が回収しに来る。もしそのまま放置していたのであれば今頃ここは馬車の山か焼き払われた後の残骸と化しているだろう」
まあ、ディアブルの言う事はごもっともだ。実際、溜めるだけためてそれらを全て一か所にまとめ、焼き払っている所は多い。例えとするならばベルムヘイド王国の帝都。先月、カインを暗殺した都市の事だ。あそこには塀をくぐる時、馬車と荷車を通すには高価格な出入国税が課せられる。そのため塀の入り口周辺には必ず大量の馬車や荷車が山積みとなる。しかし毎月塀の警備兵はそれらをまとめて火を放ち魔物払いも含め処理をしているため一ヶ月の始めは必ずと言っていいほど全てが綺麗に無くなっている。ちなみにエルドはエストにもベルムヘイド王国にも属しておらず、稀にみる独立都市のため税などは一切無い。そのため貿易都市などと呼ばれるほどにエルドは様々な貿易が盛んなのだ。
「つまり放置していく分には何の問題にもならないというわけだ」
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馬車放置後、琥珀とエルクは馬一頭ずつの縄を引き、6人は塀の門まで向かった。
「国籍、もしくは冒険者カードなどの身分証明書を拝見させて頂きます」
門番の警備兵はこの場の6人分の冒険者カードを受け取るとじっくりとカードの端から端までをも丁寧にチェックしていく。冒険者カードには名前、冒険者ナンバー、ランク、戦闘位置以外は一切書かれていない。そのため普通に読めば掛かる時間は20秒も無い。しかし彼等は端から端まで、そして裏のデザインまでもをチェックし、確かめていく。何か偽物と本物の違いが分かる特殊な模様か特徴があるのだろうか? とにかく一枚につき1、2分ほどの時間が掛かった。
「最近になってエルドで急成長し、有名となったパーティーの皆さんですね? ようこそミルドへ。この町にはもうご存知かとは思いますが、新しくダンジョンが発見されました。そしてあなた方のパーティーにはまだ名前が無いようですが、最近『鼠ノ洞窟』のダンジョンボスを倒したとか…」
「え、ええ。まあね」
エレガは「何でその事を知ってるの?」とでも言いたげな顔をしながらも少し表情が緩み嬉しそうな感じでそう返答した。
「我々はあなた方のような期待の冒険者を歓迎致します! 早速ですがミルドの大まかな場所案内をさせて頂きます。冒険者ギルドはミルド中央広場の噴水前にあり、冒険者用に作られた豪華な宿泊施設はその向かいにあります。武器屋やエンチャント屋などは殆どが南方にあるのでそこらに行けば必ずダンジョンへの武器は見つかります。最後に発見されたダンジョンは現在、冒険者ギルドの施設内から向かう事が出来ます」
「なるほど。つまりそのダンジョンへの入り口を冒険者ギルドは建物で囲い屋内に入り口を作ったということか」
「そういうことになりますね」
「了解した。説明を感謝する」
そう言い、琥珀は5人を連れてミルドの都市へと足を踏み込んだ。