精霊の森
最終話になります
少女に全てを聞いた青年は手元にある日記を見せました。
それは青年の祖父、少女からしたら兄に当たる人間の日記でした。
日記には、フィリアが居なくなってからの事が書かれていたのです。
フィリアへの許し、一時的で深い憎しみや悲しみ、そしてたった一人の家族に対する愛情と後悔を。
ピシリッ
何処かで、密かに硝子に罅が入った様な音が響きました。
中身を読んだ少女は声を静かにあげて泣いてしまいました。
熊のぬいぐるみが青年の祖父の残した物だと知り、沢山の涙を流しました。
何度も謝りながら、大好きだよ、と。
寂しかった、会いたいと言いながら。
パリンッ
パラパラ…………
とうとう、硝子が砕ける様な音と共に星が散りばめられていた夜空が欠けて破片が湖に落ちていきました。
欠けた先から差し込む日差しが、青年と少女を照らしています。
青年の膝上で泣き疲れた少女が眠っていました。
湖から数匹ずつ、青い蝶が慰める様に少女に群がります。
湖から来ては少女に触れ、帰って行く蝶達。
それを横目に青年は、空を見つめ、感動と共に少女の頭を撫で、指で髪を梳いていました。
夜空に次々と罅が入り、ボロボロと破片が湖に落ちて青空が顔を出していました。
夜空が完全に青空に変わった頃。
ふと、全ての青い蝶が離れました。
少女が目覚めたのです。
青年は少女に声を掛けます。
「おはよう、ミルフィリア」
青年は変わらず、少女を精霊としてでは無く、人間として認識していました。
それが、青年の少女に対する印象だからです。
少女はまるで青年の声は聞こえていないかの様に、ぼんやりと青年を見つめていました。
そして、ふと湖の上にいる青い蝶を見つめました。
青年も少女の視線の先を追います。
すると、湖の上に居た数匹の蝶が青い輝きと共に、姿形を持ち始めました。
長過ぎた青みのかかった白銀の髪は湖に届いていました。
湖の底にまで届いていそうな髪は湖に波紋を広げていました。
同色の瞳は悲しげに少女を見つめ、それでいてどこか鋭い印象を受ける様でした。
薄い唇が微笑みの形を取っていなければ、冷たい印象も抱いてしまっていた事でしょう。
華奢な腕や腰が強調される黒いドレスが白い陶器の様な肌が映える様で、ますます生者では持ちえない艶と美しさを纏っていました。
湖の上に浮いた形で、少女を少しだけ大人にしたような外見の女性がそこに、居ました。
女性は、少女に優しく微笑みかけていました。
少女は目を見開き、涙を滲ませました。
そして――――……
「ありがとう
それじゃあ、後はお願いするね」
少女は日記を持ったままの青年の手を取り、立ち上がりました。
少女は周囲を少し見渡して、白いテーブルを見つけると、熊のぬいぐるみをテーブルの上に置きました。
そうして、少女は青年の手を引いて、迷いの森を一緒に抜けたのです。
少女の身体からは少しずつ、少しずつ蝶が空に向かって飛び立っていました。
いつの間にか、少女に引かれていた手を引くようになっても、青年は少女の手を離しませんでした。
少女の手の感覚がいつの間にか無くなっていても青年は振り返りませんでした。
傍に、青い蝶はずっと居てくれたのです。
青年の家に着く頃。
既に少女の形は残っていませんでした。
最後まで付いて来ていた蝶も、青年が
「家に着いたよ」
と言って振り返ると青年の鼻先に休憩する様に止まり、しばらくすると青空に向かって飛び立って行ってしまいました。
『ありがとう』
青年は、ほろりと涙を零しました。
玄関に向き直り、小さく「ただいま」と呟き、扉を開きます。
居間には、疲れきった様にソファで眠る青年の母が居ました。
何故か、懐かしい気がする自分の部屋に入り、青年は祖父の日記の最後のページを捲った。
最後のページには、こう書かれていた。
妹に会いたい。
最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございます




