別れ
お久しぶりです。
前話から読む事を進めたくなるぐらい遅れました。
ごめんなさい。
((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル
ふと、祈り終えたのか立ち上がってこっちを振り向いた後輩は、俺と目を合わせた後マジマジと自分の格好を見ていた。
「懐かしい、ですね」
泣きそうな震えた様な、か細い声が聞こえた。
少女は後輩に大丈夫、そう言って抱きしめた。
後輩が落ち着いた頃、瞬きの間に少女の姿は消えた。
少女が居た場所に数匹の青い蝶を残して。
思わず、今の今まで俺が見てた蝶は少女で、少女は蝶だったんじゃないかと思った程に。
「なぁ、もしかして俺の傍にずっと居た蝶って……」
思った疑問をそのまま質問しかけた所で後輩に両頬を摘まれ、途中で止めた。
俺の頬に触れる後輩の指先は優しく、少し震えていた。
後輩を見ると、思わずといった様に目いっぱいに涙を浮かべ微笑んでいた。
「それは後で話しますね
だから先輩、先に先輩のお話を聞いても良いですか?」
そう言って微笑んだ後輩は、俺に長椅子に座る様に勧めた。
あの頃と変わらない姿の後輩、だけど明らかにあの頃とは違う表情と雰囲気。
俺達はたくさん話をした。
後輩が居なくなってからの学校の事、クラスメイトの事、時々噂で流れて来る後輩の両親の事。
そして、学年すら違う俺の事。
後輩は懐かしそうに嬉しそうに話しを聞いていたが、段々と大変な事が起きていたのだと気付いたらしく全てを話し終える頃には申し訳無さそうに、けれどどこか諦めた様に微笑んでいた。
後輩はそれでも、後悔はしていないのだと言った。
「話と場所を変えましょう、今度は私の話です」
流石に喉が渇きましたよね、行きましょうか。
そう言って後輩は俺の腕を優しく掴んで上を指す。
指先は湖上を指していた。
湖の傍に、月明かりに照らされた丸テーブルと三人分の椅子。
その内の一つには時間の経過を感じさせない真新しい紺色のリボンを首元に着けたテディベアが座って居た。
木製猫足の丸テーブルには、白いレースの編み込まれた綺麗なテーブルクロスが掛けられ、その上には珈琲とケーキやお菓子が置かれていた。
紅茶じゃなくて少しホッとした。
「先輩、珈琲は好きですか?」
「あぁ、ありがとう」
「はい」
心の底から嬉しいと言わんばかりの表情で微笑む後輩。
今の俺には、眩しかった。
それから、後輩に話を聞いた。
後輩が、この迷いの森に着くまでと着いてから俺がさっき見た少女との話。
後輩の選択と、俺と会い、ずっと傍に居た蝶の話も。
話を全て聞いた後、俺は後輩にずっと思っていた疑問をぶつける。
「ずっと、ここに居たのか?」
この言い方は酷く無神経で、もしかしたら狡かったかもしれないと、言った瞬間に思った。
その証拠に、先程まで弱々しくとはいえ笑っていた後輩の表情が曇った。
泣きそうな、それでいてどこか悔しそうな、そんな表情で俺を見つめていた。
「はい
正確にはあの湖の中に、ですが」
後輩は指さした先には月を美しく反射している湖。
その湖から一匹、また一匹と様々な色合いの異なる蝶が不規則に出てくる。
その景色は幻想的、としか言い様が無かった。
後輩の選択は、俺の不幸を受け入れて、俺を生かす事だった。
後輩はずっと俺の「死」に繋がる可能性を、自分に受け入れていたのか。
確かに、蝶が俺の前に来てから時々小さな事はあれど、死に繋がる物は無かった。
蝶が離れた、あの一瞬以外。
この場所から出られない後輩はずっと俺を待っていたのだろうか。
俺は、後輩に甘えて生きていたのだろうか。
俺のせいで後輩は――――――…………
『 ――――輩!先輩ってば!
いいですか、先輩!
私だって、先輩を何度も助けられる訳じゃないんですからね!
本当、もう二度とこんな目に合っちゃ駄目なんですからね!』
ハッ
「え?」
「どうしました?」
「いや、何か言われた気がして」
「あ、ごめんなさい
この後先輩が目を覚ましても、そこまで深く考えない方が良い、と言いました」
「そうか、悪いな」
「いいえ、大丈夫です
今は納得も出来ないでしょうし、考える事は必要なのでしょうから」
「助かる」
今の後輩は何故か、大人びて見えた。
俺も俺で、考え事が深すぎたのだろう。
後輩の声が聞こえていなかった。
質問したのは、俺の方だと言うのに。
それにしても、話を聞いてはいなかったとは言え、さっきはやけにハッキリ聞こえていたな。
俺のよく知る後輩の口調、それに後輩が言った言葉。
それが耳元でよく聞こえていた様な、そんな気がしていた。
さっき俺は、『俺のせいで……』なんて罪悪感でいっぱいだった。
後輩の声は否定はしなくとも、それを払拭するかの様な言い方だった。
俺は、罪悪感を持つより、後輩に感謝しなければいけないのかもしれない。
俺は後輩に『生きて欲しい』と、そう言われているのだろう。
そう思わなければ、今の状況に納得が出来ない。
でも、俺は後輩に助けられたままってのは嫌だ。
引け目を感じたままで生きていたくは無い。
俺が後輩の為に出来ることは……
「もう、大丈夫そうですね
落ち着いて見えます」
「大丈夫な訳あるか
取り敢えず何があったかは分かったが、それ以外は何をどうすれば良いのかも分かってないんだ」
「当然ですよね
先輩が知らない内に私が勝手に選択した事なんですもの
でも本当に、後悔なんてしていないんですよ」
「それじゃぁ、俺は何もっ!」
「納得なんて出来ないですよね
だから、私は先輩に時々思い出して貰えれば良いかなって、そう思うんです」
――――こんなの、ただのエゴだって分かってる。
それでも私は……
「それで良いのか?
俺にはそれしか出来ないかもしれないんだぞ」
――――そんな事言わないで。
私にとってはそれだけが重要なの。
「それしか、と言いますが結構辛いですよ
もしかしたら先輩は、死んだ方がマシだとすら思うかもしれません」
「でも俺は死ねないんだろうな」
「…………ごめんなさい」
「いや、寧ろありがとうな
俺を生かしてくれて」
「はい、こちらこそ
私の選択を今だけでも受け入れて下さって、ありがとうございますっ!」
「あ、あぁ
別に……」
誤魔化す様に手を伸ばした先にあった珈琲を飲む。
不思議と冷めてはいなかった。
あ、しかも美味い。
その後、暫くは珈琲を飲む余裕も出てきて、他愛の無い話をしていた。
ふと、思い出す。
俺がここに来た時の事を。
「そう言えば、俺はどうすれば目を覚ませるんだ?」
それを後輩に聞いた瞬間、後悔した。
後輩は寂しそうな顔をしていた。
それでも帰らなければ、と思った。
「帰りの際は精霊様が帰してくれます
それより先輩!
キス、してくれませんか?」
…………は?
今サラッと帰りについてと一緒に……
「いやいや、何言って……」
冗談だと思って後輩を見ると、後輩はさっきと変わらず、寂しそうな表情で「冗談です」と、即答した。
代わりに、別のお願いをされた。
「先輩が目を覚ましたら、私が死んだって事を両親に伝えて、お墓に私の好きな紫苑の花束を添えて下さい
仕方ないですから、これで許してあげます」
呆れた様に、わざとらしくやれやれ、と首を振る後輩。
「お、おぅ
色々大変そうだが、頑張って伝えるよ」
覚悟を決めた瞬間だった。
ガクンッ
視界が揺れた。
襟首を引っ張られたらしい。
それに気を取られていたら、唇に甘く柔らかい感触がした。
あれ、これキスじゃ……
唇が離れた瞬間、慌てて目の前の相手を見ると、未だ至近距離にあるらしい後輩のいたずらっぽい瞳と目が合う。
――――なんて、言うと思いました?
久しぶりに見た後輩のいたずらっぽい笑顔に俺は思わず呆然とした。
俺が意識を取り戻すのを待っていたのか、丸テーブルのテディベアが居た位置には少女が座って、紅茶を飲んでいた。
勿論、後輩も上機嫌そうに向かいの椅子で紅茶とお菓子を楽しんでいた。
「別れは、済んだみたいだね」
少女は優しげに瞳を細め、ただ微笑んでいた。
「君は来た時と同様
ただ眠るだけで良い
後は蝶が君を導いてくれるから
さぁ、微睡みと共に君の場所へお帰り
どうか君に蝶の導きと、湖の幸があらんことを」
幸せな夢を見た。
俺は不幸体質なんかじゃなくて、後輩も行方不明にならずに俺の後を楽しそうに着いてきてる様な、変化は無いが平凡で平和的な夢。
それは沢山の幸せへ至る可能性が詰まった夢だった。
それが夢だと気付いたのは後輩が泣きそうな顔をしていたからなのかもしれないし、耳元で俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたからかもしれない。
次話もきっと遅い……




