ぬいぐるみ
改稿終了しました。
『本当に、それで良いの?
お兄さんは後悔しない?』
いつか誰かに、言われた様な言葉が、少女から紡がれます。
重大な選択をする時、どちらを選んでも必ず聞かれる言葉でした。
けれど、少女の声は心底心配そうな声でした。
少女は青年の事を、知ってる訳じゃありません。
けれどこの時確かに、青年が決意した事でした。
僕は、いつか必ず――――――
青年は約束を果たす為、と少女に元々大切な人の為に買っていた筈の、熊のぬいぐるみを渡しました。
いつか返してもらうけれど、と言って少女が寂しくならない様にと、青年が少女を気遣った結果でした。
―――――
夢を見てた。
やけに、現実味のある夢を。
微かに、月の光だけが照らす。
寒くて真っ暗な森の中に、私が一人で迷い込む様な夢だ。
空気は冷たく、肌寒い。
森の中に人は居ない筈なのに、微かに揺れ動く木々。
木々が生み出す濃い闇。
それは、人間としての根本的な、恐怖を誘う深い闇。
闇は私自身の闇すらも、受け入れてしまう様な静けさをも、持ち合わせていた。
さわり……
誘う様に冷たい風が吹き、全身がふるり、と震えてしまった。
この森の闇に自らの闇を預けてしまえば、私の全ても覗かれるのだろうか。
早くここから、この危うい闇から逃げなければ。
ぶわり、一気に汗が吹く。
風がより私の恐怖心を煽り、焦る。
その時、暗い森で見付けたのは、薄らと淡い光を放つ青い蝶だった。
もしかしたら、私が蝶を見つけたのでは無く、蝶に私が見付けられたのかもしれないけれど。
どこか儚げで、妖しく輝く蝶は私に近づき、いつの間にか求める様に出していた手に優しく触れ、ゆっくり離れた。
まるで蝶においで、と言われている様だった。
誘われるように私は蝶を、追いかけた。
ようこそ
ここは夜が明ける事の無い湖。
時間の感覚が狂うから気を付けてね?
その声を聞いた途端、空気が変わった気がした。
季節を感じさせない、暖かさがあった。
精霊様は私を認めると、優しげな笑顔で出迎えてくれた。
腰まで届く柔らかなその髪は、月夜と湖に良く映える青みのかかった銀色。
先程まで、私を導いていた青い蝶を、迎え入れたその腕は細く、どこか人形の様な白さで、あまりに生気が無い様にも感じた。
私を見つめる瞳は、髪の色と同じ。
青みのかかった銀色で、全体的に色素が薄い事がよく分かる。
銀の刺繍の装飾が入った紺色のワンピースは、季節に合せてあるのか温かそうな物だった。
精霊様はどこか、悲しみを帯びた雰囲気を纏っていた。
精霊様の背後には、湖。
そして、いつもより少し明るく近い満月。
ここまで周りの雰囲気が幻想的だと、私がここに居ることが少し場違いに思えてくる。
結局私に出来たのは、精霊様を呆然と見つめる事だけだった。
精霊様の、小さなピンク色の唇が開く。
「お姉さん、この湖の中心で景色を眺めながら、ゆっくりお茶しませんか」
幻想的な見た目に反して、気さくな口調と共に私は精霊様の手に腕を引かれる。
小さな水音と波紋と共に湖の上を歩き、中央に置かれている真っ白いテーブルの所まで歩いた。
テーブルの上には、湯気の立つ紅茶とケーキが置かれていた。
精霊様の手は氷の様に冷たかった。
触れてる間、一瞬だけ全身が寒くなった様な、気がしたが、気のせいだろうか。
気の抜けた彼女は、少女の向かいの席に座りました。
そして嬉しそうに、紅茶を飲む少女を微笑ましげに、眺めていました。
先程まで抱えていた、熊のぬいぐるみは、少女の隣の椅子に、お茶会に参加している様に、座っていました。
ふと視界の端に、少しだけ色の違う蝶が見えた気がしました。
湖に視線を向けると、少しだけ色の違う、その蝶が見えました。
どこか他の蝶より存在が、淡く弱々しかった。
蝶の群れの中に、入る事も出来ずに一際目立ってしまった蝶が、自分の様に見えてしまったのでしょう。
その光景に背中を押される形で、おそるおそる、彼女は口を開いたのです。
「精霊様、聞いてくれるかしら?
私ね、失敗しちゃった事があって
今凄く悔しいの
どうすれば良かったんだろう
私は、これから何をすれば良いのかな」
精霊様が、あまりに普通の少女の様に振る舞うものだから。
そう言った彼女の表情も、ほっとした様子で友人に接するかの様な、そんな口調になっていました。
きっと少女が、彼女が話しやすい様に、気を遣ってくださった結果なのでしょう。
次話もよろしくお願いします。