夜の森
大変お待たせしました。
家族の元から走り去った少女は、前に居た教会に戻る事も出来ず、教会とは反対の村に行き着きました。
少女は短い人生の中で、最後に行った村の端で生きてるのか死んでるのかも、分からない様な生活をしていました。
道端で起きているのか、眠っているのかも分からず、顔も見えない様に布を頭から被っていました。
身長と身体付きから、子供である事だけは知っている方もいました。
しかし少女の様な存在は、そう珍しい物ではありませんでした。
そのため村に最初からいた道端に住む子供達は、身を寄せ合って生活していました。
そんな子供達の縄張りに少女もいつしか混じり、最初はその子供達と一緒に過ごしていました。
暫くしてある時、顔が見えない様にも見られない程度にも深く被っていた布を無理矢理取ってしまったやんちゃな少年が居ました。
仲間であっただろう子供達全員に顔を見られた少女は、顔色を一気に蒼白にさせて涙を流して村から逃げ出しました。
少女が全てから逃げ出してどれくらい経ったでしょうか。
少女はいつの間にか太陽も傾いた森の中に居ました。
森の影や霧が段々と濃くなっていきます。
森と言うのは魔が住むと言われてますが、少女にとって森の暗闇はまさに心地良く、それでいて飲み込まれてしまいそうで恐ろしい存在でした。
風は冷たく、森がざわりと音を出します。
その度に少女は本能的な恐怖から、歩を進めている足を少しづつ早めます。
身体の所々に泥の飛沫や小さな擦り傷や打撲痕があるのは、必死に走った少女がぬかるんだ地面や、木の幹に足を引っ掛けて何度も転びそうになった証拠でした。
森に中々光の入らない夜だった事もあってか、視界は必然的に悪くなり、少女は走る勢いのまま急に足場を失ってしまいました。
少女が落ちたと思った瞬間、声を出す暇や手を伸ばす暇も無く、大きな水の音と共に落ちました。
そこは森の深い場所にあった湖でした。
少女は水の中で必死にもがきました。
「死にたい」だなんて思えませんでした。
勿論少女は罪の意識から、何度も何度も死にたいと思いました。
神様に縋る様に誰かに殺して欲しいと、願いすらしました。
それでも、少女は後悔していました。
自らの兄に謝罪もしないまま死ぬ事に。
死ぬ前にたった一人になってしまった最後の家族と向き合いたかったのです。
ゴボリッ
薄く開かれた少女の唇から、最後の空気が泡となって月の光を薄く映します。
美しい湖面に向かって登っていくそれは、どれ程無垢で美しいでしょう。
ボヤけた視界の中に入れたのを最後に、少女は徐々に意識を失っていきました。
お兄ちゃん……
少女の涙と声にならない声は泡と共に水の中に溶け消えていきました。
自ら逃げ出した事へ対する後悔と、兄と向き合う事の出来なかった未練を抱えたまま、少女は湖の暗闇に沈んでいきました。
少女もまた、「迷い人」でした。




