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花咲く日々は。  作者: アホ太朗
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北東寮(4)

「寮のこと?」

「そう。吉花の寮はそれぞれ伝統的な特色があって、今では生徒の方で希望が出せるようにはなってるけど、それでもある程度伝統に沿った形で生徒たちが集まってるの。西寮は文化部系、南寮は運動部系、みたいに」

「なるほど」

 そういう違いがあるんだ。ちょっと面白そう。

「北寮は最初にできた寮で、本寮とも呼ばれてる。特にお勉強ができる人たちが集まっている寮。一番伝統もあるから、それを誇りに思っている人たちもいて、礼節にも厳しいところ。西寮、南寮はそのあと同時期にできて、特色はさっき言ったとおり。この三寮は北東寮に比べて先にできたのと、建っている位置も近いから、合わせて本三寮と呼ばれることもある」

 ふんふん、と私は頷く。

「それから各寮の建物には別名がついてて」

「別名?」

「南寮は芍薬の館、西寮は牡丹の館、北寮は百合の館、と呼ばれたりしてる。そこに所属している寮生を芍薬生とか牡丹の人とか呼んだりもする」

 芍薬、牡丹、百合、か。なんだか可愛い。

「あ、もしかして、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花っていうのが由来?」

「詳しくは分からないけど、そうだと思う」

「そっかぁ」

 さすがはお嬢様学校。常に美しく見える、そういう女性を目指せっていうことなのかも。

「あ、でもそれなら北東寮は? 言葉の中には芍薬と牡丹と百合しか入ってないけど」

「北東寮? 付けられている別名は何種類かあるけど……一番有名なのは『蛮族館』」

「へぇ……うぇ? ちょっと待って。蛮族? どういうこと?」

 びっくりした。芍薬、牡丹、百合と来て蛮族とは。とても女子高の寮につける名前とは思えない。

「あとは、アマゾネスの森とか、倭寇の根拠地とか」

「待って。それ、あんまり意味変わらないよね?」

「ちなみに生徒のことは蛮族、アマゾネス、倭寇の他に、バルバロイとか野蛮人と呼ぶ人もいる。あるいは単に『やつら』なんて言われることもある」

「結局全部蛮族だよね!?」

 一体全体どういうことだろう。北東寮生が何をしたというのか? いじめ?

「まぁ仕方ないと思うわ。ここは本当に蛮族の住処だから」

「ど、どういうこと?」

「そもそも北東寮がなぜできたか、知ってる?」

「ううん、知らないけど」

 北東寮について聞いた話と言えば、できたのが一番新しいということ、他の寮に比べて自由を重んじる寮だということ、それくらいだ。

「北東寮って、他の三寮とは離れて建っているでしょ。なぜか分かる?」

「場所がなかったから?」

「場所ならここじゃなくったって売るほどあるでしょう。本三寮が建っている場所だって、東側は広い森で、そこを開けば寮のひとつくらいは建てられるもの」

「じゃあなんで?」

「北東寮はね、もともと隔離施設だったの」

「か、隔離?」

 意外な言葉が飛び出してきた。寮が隔離施設って、どういう意味だろう。

「明治の頃から本三寮の方で手に負えないくらいお転婆な人たちがいたらしくて、彼女たちを一箇所に集めて隔離して、そこで更生させようということになったらしいの。それでできたのが北東寮。だから、本三寮とは離れて建ってるの。ちなみに東寮じゃなくて北東寮になったのにも、意味があるらしいけど」

「他の三寮が南西にあるから、その反対側ってこと?」

「それもあるけど、もう一つ。ヒントは北東って方角と陰陽道」

「えっと……もしかして、鬼門?」

「ご名答。これは、まぁ噂だけどね。更生なんて言いつつ、実際は臭いものに蓋って理屈で隔離しようとしたんじゃないかしら。そんなこんなで、北東寮の初代寮長には創設者の人が自ら就いて、どうにかそのお転婆娘たちを監督しようとしたらしいけど、一ヶ月も経たないうちに生徒たちの間で勝手に二代目寮長を擁立して、創設者の先生を追い出してしまったんだって」

「は、はぁ……」

 なんというか、北東寮の先輩方、凄い人たちだ。

「けど、創設者の人を追い出すようなことをして、退学とかにならなかったのかな?」

「そこら辺は良く知らないけど、追い出された創設者自らが庇ったって話を聞いたかな。教育熱心な人だったらしいから、最後まで更生を諦めなかったのかもしれない」

「そっか」

 私自身、創設者の人が作った支援制度で通えることになったのだった。きっと、創設者の人は優しい人だったんだと思う。だから、北東寮の人たちを無理に追い出すことができなかったんだろう。何となく、そう思う。

「そういう経緯で設立された寮だから、ここに来るのは本三寮で受け入れ拒否されたお転婆か、よっぽどの物好きか、もしくは寮の伝統についての知識がなくて、不運にもここを選んでしまった人たち。伝統と品行方正を旨とする本三寮の模範的お嬢様方からすると北東寮を指して蛮族館って言うのも、あながち根拠なしの誹謗中傷っていうわけでもないのね」

 そう言われて私が思い出したのは、最初に寮の扉を開けたときに見た白昼夢。もしかして、もしかするとあれは……いや、さすがに、でも……。

 私はとんでもないところに来てしまったのかもしれない。湧き上がる不安に内側から胸を圧迫されるような気がした。

「でも、実際のところ北東寮も結構良いところよ。他と比べても、気は楽だもの」

「そうなの?」

「ええ。お嬢様学校だと、よく「ごきげんよう」って挨拶するイメージあるでしょ? あれ本当なの。挨拶で「ごきげんよう」って。本三寮の方ではね。礼儀についてもうるさいし、窮屈な感じもあるから。それに比べて、ここはそういうのに反感を持った人たちが集まった寮でもあるから、そういう面倒な決まりみたいのはない」

「そうなんだ。じゃあ、私ここでよかったかも」

 そうだ、礼儀礼節がそれほど厳しくないということは、庶民の出であり、お嬢様の常識なんてちっとも分からない私にとってはありがたいことだ。ここを選んだのはむしろ正解だったかもしれない。うん。そういうことにしておこう。しておきたい。

 と思ったところで、しおりちゃんは顔を少し上向かせて、こちらを怪しげにちらりと見る。

「ただ」

「ただ?」

 なんだろう、この不穏な感じ。しおりちゃんの視線が、ちょっと怖い。

 沈黙したまま、しおりちゃんは目を逸らし、ゆっくりと両手を上げた。そうして……。

 ――パンと両手を打ち鳴らす。

「もうそろそろ時間ね」

「え?」

「食堂に行かなくちゃ。遅れたら困るから、早く行きましょう、小百合ちゃん」

「何? どういうこと? 今何を言いかけたの? 凄い気になるんだけど」

 ふふふっと笑って立ちあがり、しおりちゃんはさっさとドアのほうへ歩いていってしまう。私は返事を貰えず、どこかもやもやする気持ちを引きずったまま、仕方なくしおりちゃんのあとに続いて、部屋を出た。

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