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花咲く日々は。  作者: アホ太朗
3/5

北東寮(3)

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内容に変更はありません。

 最初に声をかけてくれた人にしても、受付の人にしても、不自然なところは無かった。むしろ、身のこなしは美しかったし、姿勢にしても態度にしても模範的生徒という感じだった。間違っても玄関でドンドコドンドコ太鼓叩いたり、叫んだりする人たちではないと思う。

 やっぱりあれは私の見間違いだったんだろうか。

 きっと、そう。緊張のしすぎで白昼夢でも見てしまったんだろう。自分のことながら呆れてしまう。もっとしっかりしないと。

 そんなことを考えながら、階段を上った。受付の人は確か三階の三つ目と言ってた。階段を上りきったところからは廊下が左右に伸びている。けど、左を向くとこっちは勉強部屋や図書室などのプレートが見える。逆を向いて、右手側に生徒の部屋が並んでいる。

 右へ進んで、手前から一つ二つ三つと数えて、ここ。ドアに貼ってあるネームプレートを確認すると、確かに『敷島小百合』と書かれたプレートがあった。その上の、もう一枚には『神崎しおり』と書かれていた。これが私のルームメイトの名前だ。

 神崎しおりさん、か。何と呼べばいいんだろう? 神崎さん? しおりさん? 初対面でちゃん付けは馴れ馴れしいだろうし。いや、そういうのは話しているうちに自然と決まるものかな。とにかく入ろう。

 私はドアを三度ノックして、返事を待つ。

 しばらくする。返事はない。

 もう一度ノック。やっぱり、返事は無い。

 どうしたんだろう、と首を傾げる。まさか外出してしまったのだろうか。鍵がかかっていたらどうしよう。受付に戻った方が良いかな。

 試しにドアノブを捻って、引いてみる。開いた。鍵はかかっていない。ほっとして、そのままドアを開ける。とりあえず中に入って、帰ってきたとき挨拶すれば良いや。

 部屋はホテルの客室みたいになっていた。玄関から入ってすぐ左に洗面所、その奥にシャワールーム。それと向かい合う位置にドアがあって、たぶんこれはトイレ。先へと進んで、そこがメインの部屋。左右両側の壁際に手前からベッド、クローゼット、勉強机がそれぞれ一つずつ、順番に並んでいる。

 と、そこで気がつく。左側の机に誰かが座っていた。びっくりして、立ち止まる。

 その人は背中をピンと伸ばして、机に向かっていた。制服を着て、長い髪は邪魔にならないよう後ろで結っている。こちらには気がつかないようで、ずっと何か紙に書いているようだ。

「あ、あの……」

 彼女はようやくそこで気づいてくれたようで、顔を上げこちらを振り返った。私が勝手に入り込んでいたことにも全く動揺することなく、こちらを見つめている。

「新入生の人?」

「あ、はい。すみません。一応、ノックはしたんですけど……」

「そう? 気がつかなかったわ。ごめんなさい」

 彼女はゆっくりと立ち上がり、こちらに向かって歩いてきて、ぐっと顔を近づけてくる。品定めするように私のことを上から下まで二度視線を往復させる。そして、視線がぴったり合うところで止めて、目の奥を覗き込むようにじーっと見つめてくる。

 まつげが長い。瞳が大きくて、吸い込まれそうだ。圧迫感を感じて思わず目を逸らす。鼻筋がすーっと通っていて、赤い唇があって。綺麗な人だな、と思った。

「すっごくかわいい」

 不意に、そんなことを言われた。私はびっくりして、とっさに返事も思いつかない。

「へ? あの」

「かわいそうに」

「……え?」

 何だろう、この人。急にかわいいと言ったり、哀れんだ目で見て「かわいそう」なんて言ったり。上げて落とす吉花高校流の挨拶だろうか。嫌われてるというのではない、と思う。というか、まだ何もしてないし。この人についても知らないし。

 それに「かわいそう」と言うのは、皮肉とかじゃなく、何か心の底からの同情から出た言葉という感じだった。でも、分からない。どういう意味だろう。

 と、彼女はさっと顔を引いて、右手を差し出す。

「神崎しおり、ルームメイト。あなたと同じ高校一年生。うちでは中高一貫だから四年生って言うけど。これからどうぞよろしく。小百合ちゃん」

「あ、えっと。よろしく」

 とりあえず、握り返しておく。

 いきなりちゃん付けで呼ばれてしまった。なら、こっちもしおりちゃんでいいのかな。同学年みたいだし。声のトーンは淡々としていつつ、思ったより踏み込んでくる感じだ。ちょっと、距離感が掴めない。

「それじゃ、小百合ちゃん。まずはそっちに荷物を置いて座って。色々と話さなきゃいけないことがあるから」

「えっと、色々?」

「寮での基本的なルールとか、行事のスケジュールとか、そういうの。高校からの新入生は必ず先輩か、中等部から上がってきた子とルームメイトになって、その人がお世話をするって決まりだから」

「あ、うん。よろしくお願いします」

「と言っても、実はあまり話すこともないけど」

 私は言われたとおり、荷物を降ろして、右側のベッドに腰をおろした。ようやく、一息つける。ベッドはふかふかで、寝心地がよさそうだった。

 しおりちゃんは自分の机の上からさっきまで書いていた紙を持ってきて、私の隣に並んで座った。

「必要なことはだいたいここにまとめておいたから。まずはこれに目を通して」

 と言って、しおりちゃんは紙を差し出す。紙には寮でのルールや時間割などが書かれていた。まるでパソコンで入力してプリントアウトしたみたいに綺麗な字で、しかも項目ごと段落ごとにきちんと整理されている。

「質問は、何かある?」

「ううん、大丈夫。凄く読みやすい。ありがとう」

「別に。早く来ちゃったから、やってただけだから」

 しおりちゃんは何でもない風にそう言って、少し顔を俯ける。

 私はその紙に一通り目を通してから、折りたたんでポケットにしまう。分からないことがあったら見れるように、しばらくは持ち歩こう。

「あと、今日は夕方から入寮式があるから」

「入寮式?」

「一階の食堂でやるの。寮のみんなで集まって、寮長と副寮長がちょっとお話して、寮歌を歌って。まぁ、新入生の顔見せみたいなもの。そのあと、そのまま夕食だと思う。式は、北東寮のはそんなに長くないらしいけど」

「北東寮のは、って寮によって違うの?」

「まぁ。各寮によって性格や気質も違うから。特に他と比べてここはね……」

「へぇ」

 知らなかった。寮によってそんなに違うのかな。

「そういえば、訊こうと思ってたんだった。小百合ちゃんは自分で希望してここにきたって聞いたけど、何で北東寮にしたの?」

「え?」

 訊かれて、答えに窮する。正直に言うと何も考えていなかった。ただ、なんとなく。強いて言えば北、西、南ときて、何で北東なんだろうと、その疑問が妙に頭に残っていて、それで選んだのだと思う。他に理由らしい理由はない。

 そのことを正直に話すと「やっぱり」としおりちゃんは言った。

「やっぱりって?」

 しおりちゃんはちょっと目を逸らして、ちょっと悩むような顔をする。

「……うん。まだ時間はあるし、ついでに各寮の話とかも説明しておいた方がいいかもね」

 そう呟くように言って、しおりちゃんはベッドの上に座りなおした。

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