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花咲く日々は。  作者: アホ太朗
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北東寮(1)

 拝啓、天国のお父さん。

 このたび私は私立吉花女子学園高校に入学することになりました。明治以来続く伝統校で、いわゆるお嬢様学校です。本当なら今の我が家の家計ではとても行けるような学校ではありません。しかしながら、創設されたのがとても立派な方で、努力する人が報われるようにと成績優秀者の学費及び生活費を支援してくれる制度を作ってくださり、それが未だに続いているのです。おかげで私がここへ行くことにより、学費だけではなく食費なども浮かせることができます。これでお母さんが少しでも楽なればよいのですが……。

 吉花高校は全寮制で、礼節に厳しく、文武を尊ぶ校風だと聞きます。正直に言うと、少し不安もあります。お嬢様ばかりの学校でやっていけるだろうか、私なんかが行って浮いてはしまわないだろうか。そういう気持ちもあります。でも、私は平気です。お父さんはおっしゃいましたね。「新しい世界へ進もうとするときの不安は、ワクワクの裏返しなんだ。怖気づいて最初の一歩を踏み出さないのはもったいない」と。私もそう思います。ここから一歩踏み出せば、きっと新しい世界が見えるはずです。そう信じています。

 ですから、お父さん。どうか、家に残る亮介と千春、それからお母さんのことを見守ってあげていてください。お父さんがみんなを見守ってくれると思えば、私も心置きなく高校へ行き、学校生活を楽しむことができると思います。

 どうぞ、よろしくお願いします。

 敬具。

 敷島小百合。



 吉花学園は都市部から離れた郊外にあって、電車とバスを乗り継いで行かなくてはならない。重厚な門の先に広がるその敷地はとてつもなく広大で、校舎や体育館などの他に、植物園やテニスコートなどもある。各施設を繋ぐ道はあちこちで入り組んでいて、新入生は地図を持っていないとすぐ遭難するという。最初聞いた時は冗談かと思ったけど、試験の下見で初めて来たとき納得した。これは本当に、迷う。道を覚えることの苦手な私は、三年間地図を手放せないかもしれない。

 吉花学園には寮が全部で四つあって、全ての生徒はそのいずれかに所属することになっている。私が入寮することになったのは北東寮で、四つのうち一番新しくて自由と自主独立を重んじる寮であるらしい。とはいえ、それも比較的というのであって、それなりの姿勢とマナーは求められるのだと思う。

 やっぱりちょっと、緊張する。


 入学式前日。入寮の日。私は左手にバッグを持ち、右手に地図を握り締め、吉花学園の門を抜けた。

 地図を見ると、それぞれ北寮、西寮、南寮と名づけられた三つの寮は校舎の南西にある程度まとまって建っているのだけど、北東寮だけは新しいためかそこから離れて反対側の校舎北東に孤立して建っている。私は南側の門から入ったから、校舎をぐるりと迂回して行かなければならない。

 地図を回したり目印になるものを探したりしつつ、何度か別の道に入りかけながら私は何とか北東寮の前に着いた。

 北東寮は三階建ての建物だった。壁は白塗り、屋根は水色で塗られている。建物自体は新しいものみたいだけど、その造りは長崎や函館にありそうな古い洋館だ。たぶん、建て替えや補修をする際にも建てられた当初の形を変えないようにしているのだろう。

 茶色い重たそうな両開きの扉があった。これが正面玄関みたいだ。荷物を持ち直す。ドキドキする。一回落ち着こう。私は全身の力を抜いて、期待と不安を胸いっぱいに吸い込んで、不安だけをふぅーっと吐き出す。それから、ぎゅっと手を握り締めた。

「よしっ」

 と小さく声に出して、扉の前へと進む。

 この扉が私にとって新しい世界、吉花高校での生活への扉なんだ。まだ、不安はある。けど、ワクワクも確かにある。なら、勇気を出して、一歩踏み出さなきゃ。

 ドアノブに手をかけて扉を押し開く。さすがにバターン「たのもー」なんて一息に開く勇気はないから、少しずつ少しずつ。隙間ができて、そこから何やら賑やかそうな声や音が聞こえてきた。上級生が新入生の顔を見るために、集まっているのだろうか。だとしたら、やだな。いずれ会う人たちにしろ、いきなりの対面は気恥ずかしい。でも、例えそうでも中に入らないと。

 ともかく中を見るため、私はそっと顔を差しいれ中を覗いた。

「お邪魔します。すみません――」


 ドンドコドンドコドンドコドンドコ――。


「はっ! そいやっさっ! はっ!」


「イェエエエエエエエエ!」


「新入生だー! カワイ子ちゃん狩りだああ!」


「うっほっほーい!」


「地下室に連れ込んで性奴隷にしてやろうか!」


「ゴートゥーヘル! ゴートゥヘル! ィヤー!」


「サバトの時間だあああ!」


 ズンドコズンドコズンドコズンドコ――。



 ――バタンッ。

 全力で扉を閉めた。

 ドアノブを握る手が震えている。変な汗も出てきた。

 緊張のしすぎだろうか? そのせいで幻覚でも見たのだろうか?

 そうだ、きっとそうだ。あれが現実なわけがない。だって、ここは天下の吉花女子学園。明治より続く由緒正しき伝統校。女性が礼節と文化と自主独立の精神を受け継ぐための学び舎。

 そこの生徒が新入生を迎える日に玄関で変てこな太鼓を叩きながら、髪を振りまき椅子に片足を乗せ、「カワイ子ちゃん狩り」だの「性奴隷」だの「サバト」だのと叫びちらすはずがない。

 きっと何かの間違い。

 あれは私の幻覚か。さもなければ、この扉が偶然何か超自然的な物理現象を引き起こして、どこでもドアよろしくどこか別の空間を開いてしまったのだ。その方がまだありうる話だ。百歩譲ったって万歩譲ったって、あれは吉花女子学園北東寮の生徒ではない。絶対に。


 ……でも。ありえないけど。それでも、万が一、いや億が一、兆が一、さっき見たアレが北東寮の生徒だったら?

 


 拝啓、天国のお父さん。私は平気だと言いましたね。ごめんなさい、訂正させてください。もしかすると、ダメかもしれません。どうか私を助けてください……。

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