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メール偏愛症候群

作者: 新良広那奈

 ママはパパからメールが届いた時にはいつも、「ケータイは良いわね」って言う。

 ふんわりと優しく微笑んで、壊れ物を扱うみたいにケータイにそっと触れる。それからいつも必ずこう続ける。

「ケータイのおかげで、遠くにいても、まるですぐ側にいるみたい」って。


 でも私はそうは思わないから、ママがそう言う度に「そう?」って首を傾げるの。

 それでもママは知らんぷり。

 相変わらずケータイをじぃっと見つめて、私なんてここに居ないみたいにパパのメールを何度も何度も読み直してる。

それじゃあケータイに穴が開いちゃうよって思わず言いたくなる位、じっくりじっくりと。


パパがちょっと遠い所に出張しちゃっているせいで、ちょっと大きい私のお家にはママと私の二人だけ。

 ママはそれでもさびしそうな顔を一つもしない。

 なんでなのって聞いたら、ママはずいっとケータイを私に突き出して、自信たっぷりにこう言ったの。


「メールがあるからね」


 そんなママはまるで、水戸黄門が「ゴインロー」を敵のお侍さんに見せているみたい。

 私は、メールで届くパパの返事を待つママが、ちょっと好きじゃない。

 ううん、大分好きじゃない。


 だって、ママのお目目は、とっても不気味にギラギラ光ってるの。

 なんだかまるで、メールがパパそのものっていう風に見える。

 メールだけが自分の生きがいって言っているみたいに見えるの。

 メールが返ってくることが、パパが家に帰ってくるのと一緒みたいに思っているみたいに感じられるの。


 メールが返ってこないと、ママは何だかそわそわし出す。

 しばらくしてもメールが来ないと、机とかコップをカンカン指で叩くの。

 こういう時のママは頭からツノを生やしてるみたいで、本当に鬼さんみたいなんだよ。


 ママは、ケータイが無い頃のことをすっかり忘れちゃったみたい。

 私がもっとちっちゃい頃には、ケータイなんて勿論まだ無かったし、パソコンだってまだまだとっつきにくい邪魔物みたいな存在だった。


 その頃のパパは出張していなかったからお家に居たし、ママもとっても幸せそうだった。

 パパはお仕事でたまに遠出をしちゃう時もあったけど、そういう時には必ずお外にある電話から、パパはママと私に電話してくれた。


「そっちは大丈夫かい?パパは元気だよ。ミナ、ママは元気かい?」


 ミナっていうのは私の名前。でも本当の名前は南っていうの。

 パパとママが、『タッチ』っていう漫画の南ちゃんが好きだったから付けたんだって。


 パパは、私が電話に出ると必ず、ミナって一度呼んでからママについて聞くの。

 だから、ミナって聞かれた時にはすぐにママをじっと観察しちゃう。

 側に居るママは、パパの電話が早く自分に回ってこないかドキドキワクワクしてるみたいにこっちを大きなお目目で覗いているの。

 この時のママはいつも、なんだかご飯が欲しくてしょうがない熊さんみたいで、実はちょっぴり怖かった。


 いつからだったかな。パパが電話をくれなくなったのって。

 ケータイを買ってすぐだったかな?


「これからは、これがあるからね」


 パパはいつか、そう言って私とママにケータイを見せてくれた。

 ずっとずっと、ママはケータイを持つのをイヤだって言ってた。

 どうしてなのかな。それは私にも分からないの。

 でもね、ケータイがご飯の時の話題になる度に、パパにママが言ってたことは覚えてるよ。

「ケータイなんてウチには必要ないわ。

 遠出した時は、公衆電話で軽く電話してくれればそれで十分」って。


 だから、パパが突然ケータイを買ってきたこの時も、ママは、ほっぺたをぷっくりぷっくり膨らませてご機嫌ナナメ。

 でも、

「最近は、公衆電話自体が、そんなに簡単には見つからないんだよ。

 それに、仕事先とも連絡を何度もあちこちで取らなきゃいけないんだ」

 っていう、パパのツルの一声でケータイが我が家に登場したってワケ。


 それまでママはずっとダメって言ってたのに、「パパが買うなら私も」って言って、そそくさとケータイショップに走ってったのにはびっくりしたよ。

 ママが言うには「同じ会社の同じ機種のケータイを使うと、家族はタダで話せるのよ」ってことみたいだけど、だったらなんでこれまでパパのお願いをムシしてたのか、ますます私には不思議だった。


 それはさておき。

 ケータイを買ったんだから、これまでよりもいっぱい電話がかかってくるかと思ったりもしたけど、そうじゃなかった。

 これまでと同じで、パパが遠くにお仕事に行った時だけ、ママのケータイはその連絡を待ちわびていたの。


 でもそれも、最初の内だけだった。

 段々、遠くのパパからの電話が来ることはなくなっていったの。


 「パパのお仕事がどんどん忙しくなっているからだ」ってママはいつも一生懸命私に説明していたけど、でも、ちっともそう思っているようには見えなかった。

 だってそれってパパがいつもママに向けて言ってた言葉そのままだったし、ママはいつもそんなパパに文句を言ってたんだもん。

 ひょっとして、私に向けて言っているように見えたけど、実はママは自分に向けて言っていたのかもしれないね。


 「忙しくなってきた」パパは、電話をくれなくなった代わりにメールを寄こすようになったの。

 最初の頃は「メールって面倒くさくてイヤだわ」なーんて言ってたママも、段々メールが来るのが楽しみになってきたみたい。

 そうだよね。だってそれだけが、今のママがパパとつながっていられる唯一の絆なんだもんね。


 パパが家に帰って来なくなって、もうずいぶん経ったよね。

 これって本当にお仕事なのかな?


 でもママには、そんなことはちっとも気にならないみたい。

 だってママ、言ってたもんね。

「ケータイのおかげで、遠くにいても、まるですぐ側にいるみたい」って。


 メールが返ってくれば、パパが帰ってきたってことなんだもんね、ママにとっては。

 そんな風にメールを待ちわびるママを見ていて、いつも私は思うの。

「あーあ。この人はケータイにとりつかれちゃったんだなぁ」って。

 高校の頃、某ネット大手サイトの文学賞公募に送ろうと思って書いていたんですけれど、締め切りに間に合わなかった作品です。供養、供養。

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