第五章 十話 クライシスが本当にクライシス
年内最後の投稿になります。
まさか、ここまで話がこじれることになるとは、想像もつかなかった。
あの関西弁をどうにか仕返しをしてやりたくなる。
生徒会室に連れて行くだけでクライシスと戦闘になるとは、しかし、考えていても仕方がない。
戦闘に集中する。
と言っても睨み合いから動かない。
焦って向こうから仕掛けてくれれば動きを封じることが出来るのだが、そう容易くはない。
ギュンギュン大鎌を頭上で回転させて攻撃の機会をうかがう修道女という絵は、とてつもなくシュールだが、実際対峙するとなると笑うこともできない。
そして、その瞬間が訪れる。
クライシスが大鎌を頭上に投げる。
何をするかと大鎌の方に一瞬気が取られたことに気がつくと同時に俺はしゃがみ込む。
次の瞬間頭上を風が取ったように感じた。
「よく躱したわね」
「修道女が暗器を使うなよ」
「そこはほら、そういう修道女も世の中に入るでしょう?」
「いてほしくなかったかな」
そう言いながらクライシスはこちらにゆっくり歩いてくる。
最初の睨み合いで何かを仕掛けたのだろう。
そしてその仕掛けを利用するために最大限自分に意識を向けさせるつもりだ。
「意趣返しのつもりか?」
前回の戦いで俺が取った作戦の一つだ。
力技で突破された苦い思い出がある戦いだったが、どうやら向こうも思うところがあったようだ。
「さあ、ただ、有効な戦い方は取り入れるようにしているのは確かね。
流石に元祖には効かないか」
そう言って手を頭上に掲げると回転して落ちてきた大鎌を受け取る。
結構な重量なはずだが楽々と受ける姿に思わず頬を引きつらせる。
「こっち側の人間はバケモンばっかりだな」
「そう言う貴方もでしょ」
大鎌を構えたと思うと突進するようにこちらに向かってくる。
俺は、ポケットから一枚の札を取り出し全面に構える。
「急急如律令、拘束結界」
「だと思った」
クライシスは俺の動きを読んでいたようで途中で止まる。
しかし、止まったのはクライシスだけで大鎌は止まらない。
彼女は、自分の運動エネルギーをまるまる大鎌に乗せてこちらに投げ飛ばしてきた。
「くそっ」
俺は、反応し損ねたがなんとか避ける。
しかし、反応が遅れたせいで腕に損傷を受けた。
「これで貴方の機動力も半減ね」
狼化した時に左前足が怪我をした状態では確かに動きに影響が出る。
「だが、武器を手放したなら五分五分だろう?」
向こうは素手だ。
その状態なら対処法はある。
「そう」
ゾクリと背すじが冷えたそれを感じると同時に狼化する。
「惜しい」
クライシスの手には大鎌が握られていた。
何があったのか。
いや、なんとなく分かっている。
何らかの方法で大鎌を手元まで引き寄せたのだ。
おそらくは、
「見えない糸、アリアドネの糸辺りか?」
アリアドネの糸はギリシャ神話に出てくる女神アリアドネが迷宮に挑む男に持たせた糸の名前だ。
その特性上、戻る、帰るといった概念が込められている。
教会が持つ魔術道具の一種だ。
「流石ね。
本当に人狼でなければ是が非でも教徒になってもらってたのに」
「流石に純粋な人以外を認めない教義に従うほど俺は信仰心は深くねえんだ」
しかし、不利なことに変わりはない。
時間稼ぎが目的とは言えあまり大きなダメージを貰うわけにもいかない。
「でも、もう小細工はできないでしょう?」
俺の戦い方は小細工しかできないというのが本当のところだ。
しかし、こちら側の存在は基本的に規格外だ。
魑魅魍魎が相手なのだから仕方がない。
妖怪変化に規格なんてものが存在するわけがないしな。
だから、まっとうに戦うやつとの戦いは本来、俺の役割ではない。
しかし、今回のように否が応でも戦闘になる時がある。
そういったときのための準備はしている。
「急急如律令、絶縁結界」
対人用の結界だ。
本来は足止めには使えないものだが、
「なるほど、入り口で居座るつもりですか」
こういった閉鎖空間では使える。
捕縛するのが一番無難だが緊急対応だ。
「けれど、他にも出口があるんですよ?」
そうだ、普通なら横にある扉なり窓なりから逃げ出すことができる。
「ああ、その出口から出れるものならな」
俺の言葉を聞いて顔をしかめるクライシス。
「まさか、教会で術を使えないはず」
「目の前に使っている奴がいるだろう?」
「くっ」
クライシスが急いで教会の横にあるおそらく神父さんたちが使う扉を開けようとする。
「なっ」
クライシスがいくら力を入れようと扉はびくともしない。
「ここなら多少は油断してくれると思ったからな」
「こんなことして後でどうなるか分かっているのですか?」
「大丈夫だ」
「何?」
「こういう時のためにお前にあだ名をつけておいたんだよクライシスってな」
言霊を利用した情報操作の一種だ。
最近、噂の主と遭えたのもでかい。
あだ名の重たさが若干ではあるが大きくなっている。
「今回は幸いなことに組織も味方だからな。
大義名分も立てやすい」
とはいえ、こういうやり方はできる限りしたくはなかったがな。
「あなたは、あなたはそれでいいのですか」
さすがに俺のことは分かっているか。
伊達に二回も対峙していないな。
「仕方がないさ。
誰も傷つかない方法が今は手元にない」
攻撃用の術は、クライシスに使うつもりはない。
正義の使者に使うつもりはないのだ。
「相変わらず甘いですね。
いえ傲慢です。
あなたは、自分の望みの為なら信念も捨てるのですね」
「ああ、組織に借りができるのは少々痛いが、まあ、人死にや誰かが傷つくなら安いものだ」
「全く、私がやったこととはいえ自分が傷つくことを考慮しないのですね」
「美人が傷つくより野郎が傷つく方がいいだろ?
なにより傷は男の勲章っていうしな」
「はあ、しかし、なんでまた匿うことにしたのです?
あれは、許していい存在ではありませんよ?」
あれ、まあ、【悪食】のことで間違いないだろう。
「今、組織で調べて貰っているが、今のところ悪人か人ならざる者しか食われていないことは分かっている」
「それだけでは許すことができませんよ?」
「次に子供であること」
クライシスの眉毛がピクリと動く。
一応子供好きだからなクライシス。
「そ、それでも」
「最後に俺の背に乗りたいと言ってきた。
それの代わりに【悪食】活動をやめる」
「はあ?」
「まあ、そうなるわな」
俺も自分のことでなければ信じられなかっただろう。
「今のところ大丈夫だ。
もしもの時はこちらで対処する。
今回はお前が出る幕はないよ」
「それを信じろと?」
「ああ、どうしても信じられないというなら【契約】を結んでもいい」
「【契約】、なんでまたそこまで」
「ああ、初対面で俺に乗りたいと言ったやつは初めてだからな。
なんというか興味がわいた」
クライシスは目を細めて俺を睨む。
「そう睨むな。
ちゃんと他の理由もある。
ここ最近能力者が増えているのは知っているか?」
「ええ、それがどうかしたのですか?」
「【悪食】が喰った人ならざる者、それが関係しているとしたら?」
「……なるほど、だから組織を引き込めたのですか」
いくら俺を贔屓にしてくれている姉がいるとはいえ組織は組織だ。
利益になることがなければ味方になってくれることはない。
「とまあ、俺から出せるカードはこれでおしまいだ」
切り札は切った。
ぶっちゃけ説得に応じなければあとは実力行使あるのみだ。
まあ、正面から勝つことはできないが時間を稼ぐことはできるだろう。
「はあ、犬くんもたいがいだね。
クライシスなんて危なっかしいあだ名をつけてくれちゃってさぁ」
口調が普段のものに戻って俺は嘆息する。
「お前と事を構えるといつもいつ殺されるか冷や冷やするんだよな」
俺は人形態に戻りその場で座り込む。
「で、いつ結界を解いてくれるの?」
なんだろうか?
何か嫌な予感がする。
クライシスの口調は、モードを切り替える。
詳しく言うなら脳の仕様を戦闘モードと日常モードで分けて使っている。
日常モードでは、少なくとも謀略を張ることはできないしなにより信頼が全て崩れ落ちてしまう。
【悪食】の為にその札を切るとは思えない。
そうなれば日常モードの意味がなくなってしまうからだ。
「すまないクライシス、一応戦闘モードを継続してくれ」
「どういうこと?」
「何かを忘れているような気がする」
「何を?」
そもそもこの事態を引き起こしたあいつは単独で行動していた。
俺の中ではあの二人はセット扱いになっている。
あいつが動いている以上、もう一人が動いていないのは気にかかる。
気にしすぎか?
「これでいいですか?」
「ああ、結界を解くぞ」
「ええ」
本来、敵対してるはずのクライシスの武装を解くどころか戦闘状態にさせるのは不自然だろう。
「解」
結界を解くと同時に俺の後ろの扉が開く。
「終わりましたか」
「神父様」
どうやら神父が帰ってきたようだ。
「何をしていたのですか?
まさか、いかがわしいことでも」
「まて、あの大鎌を構えている女といかがわしいことができると思うかエロ神父」
「それもそうですね」
神父さんはそう言ってクライシスに近づいて行く。
「今日は早いですねシスター倉井、生徒会は終わったのですか?」
「ええ」
「クライシス!」
俺は神父の後ろから延びる何かが反射するのが見えたと同時にクライシスに叫んだ。
「おや」
気が付いた時には神父の手に一本のナイフが握られていた。
「神父様? これは一体?」
倉石はナイフを握っている腕をつかんで神父を無効化する。
手際がいいな。
俺も捕まったら一瞬で拘束されそうだ。
本当に敵対したくないやつだ。
「ああ、失敗してしまったか。
正義の使者、なかなか油断がないね。
親しいものにも警戒するとは、まあ、今回はこれでよしとしよう」
神父はそう言うとクライシスの首に噛みつく。
「なっ」
「くっ」
クライシスは神父を突き放した。
俺はその行動に対応してさっき反射で見えた糸状の物を袖に仕込んでいたナイフで切る。
かなり前に御剣から貰った暗器だ。
糸を切るとまさしく糸が切れたかのように神父は崩れ落ちた。
「何だったんだ?」
「く、首が」
俺は急いでクライシスに近寄る。
クライシスの首筋には歯型が浮かんでいる。
しかし、これはただ噛んだだけではなさそうだ。
「呪術か」
シチュエーション的にゾンビになりそうだが、そうではない。
しかし、似たようなものか。
「人形師か。
できるだけ早く解呪したいが、外に連れ出すのは危ないな」
人とすれ違うことすら避けなければならない。
人形師に近づかれるとクライシスが操られてしまう。
もしそうなったら止めれるのは御剣だけだ。
もちろん、ある程度なら俺も止めることはできるが、やはり時間稼ぎが限界だ。
「け、犬ちゃん」
「大丈夫だ。
何とかする」
組織への借りが増えてしまうが仕方がない。
俺は、意を決して姉に電話をかける。
教会の神父がやられた以上、教会も黙ってはいないだろうけど。
組織と連携した方が、確実に人形師を追い込むことができるだろう。
しかし、まさか、こんな能動的に動き始めたとなるといろいろと波紋が起きそうだな。
何かが動き始めているそんな予感がした。
拙作をご覧いただきありがとうございます。
相変わらず。
伏線?何それ美味しいの?
状態です。
プロットェ