第五章 二話 少女のお泊り
それは下校中のことである。
「犬兄!」
唐突に背後から声を掛けられた。
振り返るといつか放火魔から助けた少女、追ヶ崎美咲が満面の笑みで近づいて来た。
「おお、久しぶりだな」
俺は、返事をすると嬉しそうに突っ込んできた。
「うおっ!」
まさか突っ込んでくるとは思わず受け止めそこね後ろに盛大に倒れた。
受け身を取ったのでまあ、後頭部直撃で死亡なんてことにはならなかった。
少女に飛びつかれて後頭部打撲で死亡とか面白死亡原因にランクインしそうな話だ。
まあ、ロリコンなら本望だろうが、俺は断じてそんなことを喜ぶ人種ではない。
「びっくりした~」
「びっくりしたのはこっちだ!」
そのセリフにびっくりだ。
「だって、犬兄に会えて嬉しかったんだもん」
「そ、そうか」
まあ、ロリコンではないが、可愛い子に懐かれることは、嬉しいと思うのは普通だろう。
「痛っ!」
肘のあたりに痛みを感じたので見てみると擦りむいていた。
「あっ、ごめんなさい、美咲のせいで怪我しちゃった」
「まあ、唾つけときゃ治るけどな」
擦りむくなんて何年ぶりだろうか。
「唾つけたら治るの?」
「まあ、すぐに治るってわけじゃないが、消毒にもなる」
「そうなんだ。
傷見せて」
「見ても面白いもんじゃないぞ?」
「いいから! 見せて!」
「はいはい」
まあ、自分が原因でつけた傷を気になるのは当然の話しだな。
とりあえず擦りむいた箇所、肘の部分を美咲に見せる。
「痛そう」
「まあ、若干ひりひりするが、洗えば問題痛ぁっ!」
「わ! ご、ごめんなさい」
「唾つければいいっていったけど唐突に舐められたら痛いしびっくりするから」
責任感が強いのか?
けど、
「うぇ、口の中がジャリジャリするぅ」
まあ、そうなるだろうな。
だから洗ってから処置すべきだったんだが、
「とりあえずうがいする必要があるな。
美咲は家、近いか?」
「えーっと、んーん、遠いと思うよ」
「そうか、なら家に寄っていくかい? って言っても俺の家じゃないけど」
「うん!」
少女が嬉しそうに答える。
ちょっと考えてたのが気になるが、まあ、問題ないだろう。
バンドエイドを貼る必要すら無い傷だが、消毒はしておく必要はあるからな。
まあ、舐めるだけでも消毒の効果はあるんだが、傷の処置は適切に行わないとな。
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「ただいま」
と声を出しながら入るがどうやら今は誰も居ないようだった。
会長は生徒会の業務をしている。
と言っても体育祭に向けての準備だが、俺は授業が終わった後、生徒会に寄らずに直接戻ってきた。
勿論、体育祭の準備が嫌で逃げるように帰ってきたわけではなく、少し必要なものを取りに帰ってきただけだ。
「わあ、ここが犬兄のお家?」
「俺の家ってわけじゃないが、今住んでいるって意味では俺の家だな」
俺の言っていることが理解できなかったのか首を傾げて疑問に満ちた顔になる。
あ、頭の上にクエスチョンが、いや、気のせいか。
「まあ、細かいことは気にするな。
こっちが洗面所だついてこい」
「はぁーい」
手を上げて素直に言うことを聞いてくれるところを見ると頬が緩む。
「とりあえず美咲からうがいした方がいい」
「うん」
美咲がクチュクチュペッとうがいをした後、俺の肘の汚れを流水で流す。
「犬兄傷大丈夫?」
「ああ、この程度の傷すぐに治る」
「ごめんなさい」
「いいよ、流石に道路に飛び出たらやばかったかもしれないが、まあ次から気をつけろ」
「はぁーい」
素直に返事する美咲の頭を撫でる。
気持ちよさそうに目を細める美咲を見ているとしばらくなでていてもいいかと思ってしまうが、肘の痛みが、今何をすべきかを教えてくれる。
肘を水で流しそしてリビングに向かう。
リビングにあるタンスの中に救急箱があるので取り出し消毒液を傷に吹き付ける。
「っ!」
まあ、舐められるよりはましとは言え沁みる。
「ふう、とりあえずお茶でも飲むか?」
「うん!」
元気よく頷く美咲の頭を撫でて冷蔵庫からお茶を取り出す。
岩手家では、お茶をペットボトルに入れる習慣がある。
勿論、ペットボトルは使うたびに洗っているのだが、少々ケチ、では無く環境に配慮した素晴らしい方法だと思う。
因みにお茶の種類は麦茶だ。
「そう言えば美咲ちゃん、俺に何か用があったのか?」
まあ見かけたから声をかけただけだとは思うが、
「うん、犬兄にね、助けてくれてありがとうっていいに来たんだよ」
「そっか」
「うん」
微笑ましいが、だからどうしたと言わなかった俺を誰か誉めてほしい。
「じゃあ、今日はお家に帰るか?」
「えー、犬兄と遊びたい」
はあ、これじゃどっちが犬なんだか。
遊びをねだるのその姿はなんとも犬っぽい感じだ。
「悪いが今日は遊ぶ時間がないんだ」
「えー、あ・そ・び・た・い!」
「次の日曜日だったら遊べるんだがな」
「じゃあ、お泊りは?」
「は?」
「お泊りしたい! 犬兄のお家に泊まりたい!」
「親御さんがいいって言うなら、後、岩手にも聞かないとだな」
「電話貸して」
「まあ、とりあえず聞いてみろ」
「うん!」
どうせダメだろうと高をくくっていた俺は、バカだった。
まさか、
「友達の家に泊まることになったの、うん、大丈夫だよ。
保護者の方?
うん代わるね。
はい」
「お、おう、はい代わりました大神です」
『大神さん、娘が迷惑をおかけして申し訳ありません』
「い、いえ、大丈夫です」
『何かありましたら連絡して下さい』
「はい」
『電話番号は娘に持たせていますのでよろしくお願いします』
「分かりました」
『それでは失礼します』
「はい」
とあっさりとOKが出た。
いや、疑えよ。
電話に出たの友だちで保護者の方じゃないぞ。
「じゃあ、今度は犬兄の番だよ」
と言われれば仕方がない。
まあ、大丈夫だろう多分。
とりあえず会長にお伺いのメールを送ると直ぐに返事が来た。
『生徒会の仕事を手伝ってくれるならいいよ』
とのこと。
まあ、もともと手伝うつもりだったからいいんだが、良いのかそんなに簡単に許して。
「許可が降りた」
「許可?」
「泊まっていいってさ」
「やったぁ!」
嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる姿は可愛らしい。
あれ? なんでこの子を泊めることになったの?
と疑問に思ったときには全てが決まった後だった。
親御さんに期待を裏切られた形だ。
まさか、あんなにあっさりお泊りを許すとは大丈夫なのか?
と言うか、心配じゃないのか?
まあ、決まったものは仕方がない。
しかし、この娘を置いて家を離れるわけにはいかない。
家に忘れ物を取りに帰ってきたものの忘れ物自体明日持っていっても良いものなのでどうしても家を離れなければならないことはない。
とか考えていると
「ただいまなのじゃ~」
と呑気な声が聞こえてきた。




