第四章 四話 岩手家にて
「いやあ、災難だったね」
生徒会長こと岩手千秋の母、岩手瑞穂はガシガシと俺の頭を撫でて来る。
ノリで生きていると言ってもいい彼女は、やはり生徒会長に似ているところがある。
一つに思い立ったら一直線に突き進む性格だ。
なので、慰めると決めたら徹底的に慰めに掛かってくる。
そう、掛かってくるのだ。
良くも悪くも人の心を無視するその行動は、しかし、確かに人の心を掴むのに成功している。
かくいう俺もなんやかんや言ってはいるが、助かっている部分があるのだ。
「お母さん、やりすぎ」
「ん? ああ、確かにやりすぎたね」
二人してこちらを気まずそうに見るがなぜなのかわからない。
何となくいたたまれなくなったのでひとまず注意をそらせることにする。
「今日の晩御飯は何になるんですか」
「ああ、そうそう、今日は久しぶりにすき焼きにするわよ」
「え? すき焼き!? やったー!」
他人の家に来て晩御飯を尋ねるのはマナー違反な気がしないでもないが、どうやら気にしなくてよかったようだ。
とは言え何もしないというわけにもいかないので
「手伝いましょうか?」
と尋ねてみたが
「いいよいいよ、気にしなくて。
今日はゆっくりしていなさい」
「そうよ。
休んでなさい」
と母娘に言われては素直に
「はい」
と答えて座っていることにしたのだった。
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すき焼きを食べたのは何時ぶりだろうか。
牛肉を卵にひたして頬張る。
柔らかい肉質と牛肉特有の風味、それに卵の風味が絡み合いが口の中に広がる。
「おいしいですね!」
牛肉の柔らかさが尋常ではなかった。
「ふふふ! 黒毛和牛を買ってきたのは正解だったわね!」
「ええ!? 今までそんな豪華な具材使ったことなかったのに!」
「え!? そうなんですか!?」
「別に気にしなくてもいいのよ。 祝でもあるしね」
「祝?」
「お母さん、どういうこと?」
「わからなかったらわからなかったらでいいのよ。
あれ、大丈夫かい犬太郎くん」
唐突にこちらに尋ねてきた瑞穂さん。
しかし、質問の意味がわからなかった。
「わ! ほ、本当に大丈夫なの大神くん!?」
会長もこちらの顔を見て驚く。
「大丈夫ですけどどうしたんですか?」
「これで目元を拭きなさい」
そう言って瑞穂さんがポケットからハンカチを取り出し渡してきた。
俺はそれを受け取り言われた通り目元を拭う。
拭ったあとハンカチを見てみるとハンカチが濡れていた。
「あれ?」
それは、自分の目から溢れ出た感情の証、涙だ。
「ああ、多分こんな美味しすき焼き食べたから感動しているんだろう」
そう自己分析した。
「そうかい?」
「もし何かあったら言ってね?」
「もちろん」
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涙がでるほど美味しいすき焼きを食べた後、用意された布団で寝ることになったのだが、その寝る場所が
「会長と同じ部屋って、大丈夫なのか?」
「ダイジョブダイジョブ、気にしない気にしない」
とのことだった。
因みに用意してくれたのは瑞穂さんだ。
「いやいやいや、大丈夫じゃないでしょう!」
うん、当然だよな。
流石に知った中とは言え親しき中にも礼儀ありっていうしな。
瑞穂さんは何か考えがあるようでによによ笑みを浮かべているので、どこまで本気かわからない。
「まあ、そうなるよな」
「別にいいじゃない減るもんじゃないし」
「部屋の使える面積は減るよ!? そ、それにほら片付いてないし」
「つまり狭くて提供できるスペースが無いと?」
「そ、そうそう、その通り」
「そういうと思って片付けといたわよ?」
「ええ!?」
ニッコニコ笑顔の瑞穂さんの言葉に思わずと言った感じで驚き声をあげる会長。
しかし、それ以上会長も抵抗せずに結局会長の部屋にて寝ることになった。
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会長の家の消灯時間が早いのを完全に忘れていた俺は、ベッドで眠る会長の寝息を聞きつつ煌々と焼けていた家を思い出していた。
家自体に愛着があるわけではなかった。
だが、少なからず心にダメージがあった事をリラックスしたこの段階で理解させられた。
食事の時は涙を流した理由が自分でも分からなかった。
だが、今、ここに至って心臓を締め付けるような苦しみが、頭を焦がすような苦しみが襲い掛かってくる。
「大丈夫だよ」
苦しみに意識がおぼろげになった時にその声が響いた。
それと同時に今まで引っかかっていた物がはずれて意図が緩む。
そして緊張が解けると同時に意識は混沌の渦に飲み込まれていったのであった。
拙作をお読み下さりありがとうございます。
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