第三章 七話 事後報告そして
家に帰ると玄関に姉が待っていた。
仁王立ちでだ。
鬼より怖いな。
「お帰り、……遅いぞタロちゃん、もしやその女にたぶらかされたりしてないだろうな」
「ようやく帰って来たか。
たぶらかされるって何の話だ?」
「しらばっくれるな」
「と言われてもな。
少し以来の手伝いというか護衛的な事しかやってないぞ?」
「護衛?」
「何だ? 聞いてなかったのか?
この人、九段綾さんが、ストーカー被害に遭っていたから仕事をする時に一人じゃ危ないから護衛をしてたんだ。
しかも出てきた奴は、普通のストーカーじゃなかったし」
「どういうことだ?」
「鬼が出たんだ」
そう言った途端、姉は表情を一気に怒っている顔から心配そうな顔へと変わった。
「だ、大丈夫だったのか?」
「ああ、幸いなことに門番が来るのが早かったからなあっさりと終わった」
「よかった」
「ごめんね結、まさか、鬼が出てくるとは思わなかったわ」
「本当だ! 仮にも情報屋をやっているなら弟を危険に巻き込まないでくれ」
「ごめんって、埋め合わせはするから」
「まあ、いいじゃないか姉ちゃん、幸いなことに鬼と直接対峙せずに済んだし」
「ふーんだ」
「ふーんだって……」
ほっぺを膨らませる姉は可愛いが多分組織ではこんな姿見れないんだろうな。
とか思いつつ
「とりあえず中に入ろうぜ、ある程度情報も整理しなきゃいけないし」
「情報の整理? ストーカーは倒したんだし別にいいじゃない?」
「よくそれで情報屋をやってるな」
「私がやってるのは噂を有料で教えてるだけだわ」
「はあ」
「せっかくだからこの牛乳にこの町の噂でも聞き出しとくねタロちゃん」
「ああ、任せた姉ちゃん」
「え? 有料よ?」
「護衛代」
「分かりました! 無料です。 無料で教えさせていただきます!」
「まあ、悪友のよしみというのも入れてくれたら多少は気も楽になるだろう? 綾」
「……それもそうね」
そうして俺は、報告書を作成しそして姉は綾さんから情報を引き出すことになった。
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「おやおやぁ? こんなところでこんな時間に幼女様が何をなさっているのデスかぁ?」
そう言ったのはやせぎすの男だった。
黒い服が一層のこと彼の生気を奪っているようにも見える。
あるいは死神を連想する人がいてもおかしくないだろう。
そんな、不吉な印象を持たせる彼の前には見目麗しい幼い女の子が立っていた。
ロリコンが普段の彼女を見たら攫いたくなる衝動に駆られてもおかしくないそんな子だ。
しかし、今の彼女はたとえペドリフィアと呼ばれる人であってもドン引きだろう。
なにせ彼女の手には血だらけになった服があるからだ。
「いやぁ、まさかこんなにあっさり見つかるとは思いませんでしたよ。
しかし、まだ『悪食』には至ってないようデスねぇ」
そう言いつつやせぎすの男はまるでもともとそこにあったかのように無造作に何かを持ち上げると何処からともなく棺が現れた。
「さて、あなたには棺に入ってもらいましょうか」
そう言うと男が持っている棺から包帯でぐるぐる巻きになった人の形をしたもの、包帯人間とも呼べるものが出てきた。
それが出てくるところを見た幼女は、しかし、驚くこともなく淡々と言葉を発する。
そのことに少し違和感を覚えるが、状況が状況だけにそこまで気にはならなかった。
「おじさん誰?」
「おお、これは失礼を私は葬儀屋と名乗っています」
「そう」
「おや、名乗っていただけませんか?」
「葬儀屋が名乗らないから私も名前は言わない」
「ではなんとお呼びすれば?」
「好きに呼んで」
「そうですかモーダよその子を棺の中へお連れしろ」
包帯人間は幼女に手を伸ばす。
その光景は非日常的でありかつ不可思議なものだったが、目撃者がいればほとんどの人が幼女の心配をするだろう。
あるいは助けようとする人が出てくるかもしれない。
はたして、その包帯人間の腕は幼女の頭を掴み持ち上げる。
その時、葬儀屋は再び違和感を覚えた。
人食いは人食いであり人を食う人である以外はいたって普通の人であるはずだった。
しかし、包帯人間がつかみ上げた幼女は普通そんな状態になれば喚きだすなり泣き出すなりするのが当然だ。
おとなしいのならさっさと棺に入れてしまおう
異形とも言える包帯人間の幼女を掴んでいた手が唐突に無くなった。
「まずい」
「バカな!」
「おじさんは悪い人?」
その言葉にやせぎすの男は背筋につららでも投げつけられたかのような冷たさと衝撃を覚えた。
「なぜだ、まだ人食いの段階のはずだ」
『噂』に聞いた話と違う。
しかし噂は所詮噂だ。
そう思い直して、葬儀屋は、人食いと『悪食』に関する差異思い出した。
人食いは異常で唾棄すべきものだが、それでもまだ、怪異というに至っていない。
悪食はその名の通り悪を根こそぎ食らう化け物の名前だ。
彼女に出会った悪は、例外なく消えてなくなってしまう。
まるで丸ごと『悪食』飲み込まれたかのように。
悪と認定されれば自分の命はない。
そう判断した葬儀屋は逃げることにした。
しかし、ただ逃げるだけでは、悪と認めるようなものなので悪と判断されないようにきっちり理解だけはさせないといけない。
そうして口を開く。
「い、いいえ、私は悪い人ではありませんよぉ?
私は、良い人を食う悪い人を退治しに来ただけデス」
「そう」
そう言うと幼女は包帯人間を指差して、
「悪いことした人はこの人だけ?」
そう葬儀屋に尋ねる。
葬儀屋は、反射的に答えた。
「ええ」
すると、幼女が口を開けたかと思うと包帯人間はその姿を消した。
そして、幼女の口からしてはしてない音が聞こえてくる。
骨の砕ける音がするとすればこんな音だろうか?
そんなことを一瞬考え、そして、すぐに思考を入れ替える。
このままでは、まずいかもしれない。
自分と『悪食』阻む壁はなくなった。
とにかくこの場を離れないと。
「で、では、私はこれで」
「ねえ」
葬儀屋の男が、その場を離れようとすると幼女が話しかけてくる。
これを無視するのはまずいと思い返事をする。
「何でしょうか」
「主犯と実行犯ってどっちがより悪いと思う?」
その瞬間に葬儀屋は走り出した。
まずい、このままでは本当にまずい。
しかし、危機的状況に限って不運が降りかかってくるなんてことを誰かが言っていた事を思い出した。
不意に右足が空を蹴った。
いや、何も蹴る感触がなくなった。
バランスを崩した葬儀屋は倒れた。
よりによってこんな時に、と思ったが、しかし、それは、不運ではなかった。
自分の右足がなくなっていたのだ。
「まさか、狩られる側になるとは思いもしませんでしたねぇ」
葬儀屋は、迫ってくる幼女を視界に収めもはやこれまでと諦め彼女に質問をした。
「最後に聞かせてもらってよろしいデスか?」
「何?」
「なぜ、その服は食べなかったのデスか?」
「それは」
そう言って幼女は血だらけになった服を広げる。
「この子、かわいいでしょ?」
「その感性は私にはわかりませんねぇ」
「そう」
葬儀屋が最後に見たその服には、いわゆる萌えキャラが印刷されていた。
そして、再び幼女が口を開くそして葬儀屋の視界は真っ暗になった。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
少しずつ慣れてきましたが、面白くなるのはまだ時間がかかりそうです。
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