第三章 六話 ストーカーの正体
俺は、怪しげな葬儀屋に情報を売った九段綾と共に帰路についていた。
「しかし、おかしなやつもいたもんだな」
「そうね。
あそこまで怪しいお客さまは滅多に来ないわ」
「滅多にってことは、今までに来たことがあるのか?」
「ええ」
「どんな奴なんだ?」
「胡坐を組んだ状態で宙を飛んできた人とブリッジをしながら来た人が居たわね」
「……はい?」
奇抜すぎるだろう……。
あまりにも出鱈目な人物の説明だから一瞬思考がフリーズしてしまった。
その時に一瞬動きが止まり歩行が遅れたため綾さんは振り返り微笑みながら
「そりゃ、そうなるわよね」
と言った。
そして、頬に指をあてて思案するように話す。
「ただ、もしかしたらさっきの葬儀屋みたいにある視点から見れば特異な人物もいたかもしれないけれど、私が気づいたのはそのくらいね」
「その中にストーカーは居たのかもしれないな」
「うーん、どうだったかしら皆さん興味ないか、もしくは気味悪いモノを見たかのような表情だから」
「まあ、あの不良たちに言ったようなことを言えば気味悪いモノを見たかのような感じになるのは分かるな」
腕組みをして頷く。
「それもそうね」
「興味なさそうなのはこちら側の奴だとして、興味を持った奴は居なかったのか?」
「ええ、私が占うのは基本的に紹介された人だけだからね」
「いちげんさんお断りってやつか?」
「いえ、紹介される以外の方法で私に会う事が出来ないからよ」
「俺は会ってるが?」
「私から会いに行くことはできるの」
「結界の類か?」
「ひ・み・つ」
「まあ、そりゃそうだろうな」
身を守る術は確保しておかないといけないだろうしな。
しかし、
「会えなくする術があるのなら何とかできるんじゃねえか?」
「いいえ、私には無理なのよ」
「なんでだ?」
「それも秘密、ごめんね」
「ああ、なるほど、秘術の類か」
秘術は形態としては俺が知っているだけでも結界術に近いものから、ただの体の動作の一つでしかない
ものまである。
共通していることはいずれも強力な効果を発揮することができる反面、どのようなものかを他人が気づくと無力化してしまう極端な性質の『術』だ。
「ひとまず帰りましょうよ」
「そうだな」
止まっていた足を再び動かし始める。
ふと、後ろから見られている気がした。
振り返り確認するが何もいない。
しかもついさっきまで綾さん自身が後ろを向いていたので、怪しい人物がいたのなら彼女が何か言うはずだ。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと見られているような気がして」
「そう? ならちょうどいいから腕を組みましょう」
「何故そうなる?」
「ほら、煽れば出てくるかも」
「いや、さすがにそれはないと思うが」
と言ってはみたが、「問答無用!」とばかりに腕を組んできた。
「うふふ、どう?」
「どうって、囮扱いされていることを除けばうれしい、です」
腕を組んですぐにそれは現れた。
「早いな」
「早いわね」
「綾たんカラ離レロ下郎ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
それは、二メートルを超す巨大な鬼であった。
まず、それを見たときに思った事は、またか、であった。
鬼とか戦力的なあれは御剣の方に行ってくださいとそう切に思ったのである。
ただ、見た目は鬼というよりは重度のオタクを彷彿とさせるもだった。
まず太った体型にパンパンに膨れあがった萌えキャラTシャツ、そこはかとなく綾さんに似てなくもない。
そしてセーターを羽織り頭にバンダナを巻いている。
バンダナの上から鬼の証である角がでている
「知っている奴か?」
「いいえ、知らないわ」
そう言って綾さんは俺の腕にしがみ付く様な格好になる。
「綾たんハ、騙サレテイルンダ!
ソンナ奴ト一緒ニ居ルンジャナイ!」
「いや、鬼が何やってるんだよ。
ヤマさんは何をやってるんだ。」
思わずため息をつく。
「しかし、これで綾さんのストーカーは分かったな」
「ええ、そうね」
「この世のものでなければ噂にはならないか」
鬼は、幽霊と似たようなもので噂にはなりにくい。
せいぜいが出たか見たかのどちらかでありその性質がわかるような話は出回らない。
出回ったとしても結果だけが出回る形だ。
今回は結果が現れるのは同時に綾さんにストーカー被害が出るという形だけだったので、鬼が出て来るとは思わなかったよ。
しかし、鬼は人の心に宿る。
宿った鬼が、人から出たときにどうなるか。
最後の宿主と同じような性質になるというのが一般的だ。
つまり今目の前にいる鬼の最後の宿主がオタクっぽいやつだったんだろう。
こうやって鬼が出てきているという事は、死んだかあるいは吹っ切れたかのどちらかだろう。
いずれにしろ前の宿主が綾さんのストーカーであった可能性は高そうだ。
さて一先ず石ころをばら撒いて
「とりあえず、急々如律令絶縁結界」
御剣流陰陽術の一つを使う。
本来は人形なりお札なりを使って陣を張り結界を張るのだが、少しばかり裏技的な方法で結界を張る。
因みにばら撒いたのは神社によくある小石だ。
「離レロッテ言ッテルダロウガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
そう言って突っ込んでくる鬼、結界が作用し鬼の行く手を阻む。
さて、格好こそ滑稽だが、しかし、鬼であることには変わりはない。
現在進行形で結界の負荷が大きくなっている。
「そういえば綾さんの苗字は九段だったよな」
「そうだけど?」
「丁度良い、手伝ってもらっていいか?」
「もちろん、私が巻き込んだのだし何でもするわ」
「ん?」
「鬼を退治するためならね」
「と、当然わかってるさ」
危ない、危うく胸に目が行くところだったよ。デンジャーオッパイ。
「鳥がいれば別の方法もあったんだけど、今は仕方がないので、鬼門を開いちゃおうか」
「そんな簡単に開いていいものなの?」
「勿論、普通は駄目だけど今回は鬼が出てきてるしヤマさんの管理不足ってことで大丈夫だ」
「で、私は何をすれば?」
「とりあえずこれを持って」
ポケットに突っ込んであった勾玉を取り出す。
「勾玉?」
「そう、勾玉」
綾さんは首を傾げながらも勾玉を受け取る。
そうこうしている間もオタクの格好をした鬼は結界を殴りつけている。
恰好以外は普通の鬼なんだがなあ。
「よし、管理人っていうよりは門番に来てもらおう」
「門番?」
「ああ、まだ、結界は持ちそうだな少しその場所を動かないでくれよ」
「わかったわ」
「かしこみかしこみ申す。
出でたるは京の都より数千里。
出でたるはなほ人の世に非ざる者。
これを裁き求めるは大神犬太郎
地の底の獄よりおいで願うはその名も牛頭
疾く疾く祓い給え守り給えと乞い願い申す」
よし、詠唱は終わった。
後は、時間稼ぎだな。
「あれ? 何も起きなないわよ?」
「そりゃそうだろうよお役所仕事だから下手すりゃ一日二日はかかる」
「この状態で?」
「まあ、大丈夫だろう、門番はまだ動きは速い方だから」
「どれくらいかかるの?」
「大体一時間は見といた方がいいな」
「その間に逃げられたらどうするの!?」
「その気持ちは大いに分かるが、何とか足止めしとかないといけないな」
「ええ!?」
大いに分かるよその困惑する気持ち、俺も最初そんな感じだったから。
さて、どうして時間を稼ごうか。
少なくともしばらくはこの結界で時間は稼げるからと思案しているとオタクの格好をした鬼の後ろに禍々しい門が出現する。
「お! 今回は早いな!」
すると五メートルはありそうな門から出てきたのはオタクの格好をした鬼より大きい人の体に牛頭を乗せた鬼、牛頭鬼だ。
手には金棒がある。
まさしく鬼に金棒だ。
「確かに、願いを受けた」
そう言った牛頭鬼の言葉を聞いたのかオタクの格好をした鬼が振り返ると同時に牛頭鬼の金棒が振り下ろされる。
「ヤマさんによろしくな!」
「地獄に来たらな」
そう言ってオタクの格好をした鬼を引きずって門へ戻っていく牛頭鬼。
牛頭鬼が門を通り抜けると門はきれいさっぱり消えてしまった。
「なんかとんでもないわね」
「鬼が出てきた時点でとんでもないからな」
後ろを振り返ると綾さんはへたり込んでいた。
拙作をお読みくださりありがとうございます。
次回、帰宅と……。




