第三章 二話 噂の主
その人と会ったときに目に入ったのは、その巨乳だ。
そのことについて弁明するつもりはない。
いや、あれは見るなという方が無理がある。
心構えがあったとしても無理だろう。
あれだ、人差し指を向けられて人差し指の先端を見るなと行っているのと一緒だ。
人は、自分に一番近いもの焦点を当てるのだ。
だから、一番前に出ているおっぱいに目が行っても仕方がないだろう?
……あれ? 弁明するつもりじゃなかったのに。
まあ、いいや。
ともかく、その巨乳の女性が俺を知っていたことは驚きの一言だった。
知らない人ということもあったが、姉の友人であるという人が訪ねてきたのはこれが初めてである。
豪放磊落という言葉がふさわしい我が姉は昔から友人というものに無縁だった。
いや、勘違してもらって困るのだが、決して姉が友だちを作れなかったとかそういうものではなくそういうものを通り越して仲間となるのだ。
小学、中学、高校と全てにおいて姉は生徒会長になりそして、学校を改革した。
馬鹿な話である。
子供が学校を変えようなどというのは普通は夢物語でしか無い。
しかし、姉には天性のカリスマ性があった。
教師ですらそのカリスマ性にやられたほどだ。
まあ、閑話休題。
そんなことはともかくとして、そんな姉が友人と認める存在。
九段綾が訪ねてきたことに驚きを隠せなかったことは仕方ないことだと思う。
姉の唯一無二の親友にしてたった一人の悪友である。
彼女は、大の噂好きである。
世紀の大スキャンダルからお隣の不倫事情までなんでも知っている。
ただし、彼女の恐ろしいところは虚実ないまぜであることである。
彼女の噂を信じて破滅した者もいれば彼女の言葉を信用せずに破滅した人もいる。
破滅をばらまく巨乳美女と言えば彼女のことである。
そんな破滅的な彼女出遭ったのは、偶然出会った時に不良らしき人たちに絡まれていたところに割り込んだからだと彼女は言った。
実際は、割り込みすらする前に声を掛けてきたのだがな。
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学校の帰りのことだ町を歩いていると不良らしき数人に囲まれている一人の女性がいたのだ。
不良たちはナンパを敢行していたのだ。
囲まれていた女性は、それは目を奪われるほどの美女だ。
そして、白地に黒斑のシャツに黒のブラウスを羽織り、ジーンズをはいている彼女の胸部に目を向けない人物は以内であろうと思うほどの巨乳であった。
いや、もはや爆発したような大きさであるということで爆乳でもいいかもしれない。
そんな女性が見るからに軽薄そうな連中に囲まれているのは見るからに不穏だった。
果たしてそれを助けるべきかと考えてしまうのは、彼女の状況が悪いと思いつつも助けることが出来るか微妙だったので間違ってはいないと思う。
されどこれでも正義感は持ち合わせているので意を決して止めようとしたときにその言葉は聞こえてきた。
「あらぁ? あなたは大神犬太郎くんではありませんかぁ?」
間延びした声の主は不良に囲まれている彼女であった。
普通、複数の男にしかも簡単に人に害を与えることが出来そうな者に囲まれて緊張しない人などいない。
しかし、彼女は道端で偶然会ったかのように……いや、偶然遭ってはいるのか。
ゴフンッ、なにもないかのように話しかけるのだ。
当然のごとく不良ども視線はこちらに向かう。
思わず思考停止してしまった。
いや、たしかに巻き込まれるようなことをしようとはしていたが、しかし向こうから巻き込んでくるとは想像もしていなかったのだ。
「ああぁん!? 何だてめえは?」
ドレッドヘアの男がこちらを睨んでくる。
当然だろうな極上の獲物を横からさらっていく可能性があるものに敵意を向けるなど当たり前だろう。
しかし、こちらを睨んできたドレッド以外はニヤニヤしている。
ああ、なるほどこのドレッド喧嘩っ早いんだろうな。
そんな予測を立てると同時にドレッドは殴りかかってくる。
反射的に拳を前に出すとお互いの拳が顔の前で停まる。
ただし、向こうの拳はそのまま進んだとしても俺の顔には当たらない。
首を横にそらして躱したから。
やれやれ、最近の若者は喧嘩っ早いのうとか言うおじいさんを頭に浮かべつつ。
「いや、人の名前を聞くなら自分から名乗ろうね」
と言い返しておいた。
何がまずかったのか、ドレッドくんはドレッドを逆立てたかのように怒り出す。
ドレッド逆立てたら面白いんだけどな。
因みに、後ろの奴らは一瞬驚いたような顔になるがすぐにニヤニヤ顔に戻る。
「はあぁ?! 生言ってんじゃねえぞ糞ガキ」
いえ、あなたが糞ガキです。
だってすぐに殴りかかってくるとかクズ以外の何物でもない。
ああ、これがDQNか。
隙を見せないように不良と向かい合っているとコツコツコツとこちらに近づいてくる者がいた。
「ふう、仕方ないわねぇ。 近藤始くんは」
そう言ったのは囲まれていた美女だ。
そして呼ばれた男、ドレッドくんは驚いたように振り返る。
「君の噂はよく聞いているよ。 素行不良で少年院にも入ったことがあり、タバコや酒はもちろん特殊な薬にも手を出しているのは有名だよね」
美女の一言に空間が凍る。
「上田庄司くんに村上宗雄くん、辻本拓夢くんに萩本秀一くん、それに古澤敏夫くんみんな亀岡高校に所属している男子高校生、不良グループに所属している君たちはよく警察に補導されているようだね」
ニコニコ笑い柔らかな物腰で、しかし人のプライバシーをあっさりと告げるその口は全てを見通すかのようによどみ無く動く。
「上田庄司くんのお母さんの上田淳子さんには素晴らしいパートナーが二人も居るんですってね。 今日も若い男性を家に入れてあげているみたいですよ? 村上宗雄くんの彼女さんは男性経験が豊富みたいですし一体何人と未だつながりがあるんでしょうか? 辻本拓夢くんのお父さんはよく公園のブランコに座っているらしいですね。 最近不良決済を出した会社の役員だったそうですがどうしたんでしょうか? 萩本秀一くんは趣味の番組を心待ちにしているでしょう? けれどあんなものを見ていることを知っている母親の立場を少しは考えてあげてくださいね? 古澤敏夫くん君が今、恋している人は既に好きな人がいますよ? 近藤一くんあなたの母親は一日中頑張っているのにあなたはこんなところで何をしているんです? せっかく女手一つで育て上げたと言うのにまともな人間に育たなかった彼女の心労はとてつもないことですよ? あなたは母親を殺したいのですか?」
やべえプライバシーどころか何かとんでもない情報がゴロゴロ転がっていたぞ。
本人すら知らない情報すら入っててもおかしくない情報だ。
はあ、なるほど、この人が姉が言っていた。
怖いどころじゃない。
ドン引きだ。
不良たちは自分が何を言われたかまるでわかっていないかのように呆然としていた。
「おや? まだ聞きたいですか?」
その吸い込まれそうな美貌が能面のように見えたのは俺だけではなかったようで
「「「「う、あ、うわああああああ」」」」
少年たちは、脱兎のごとく逃げ出した。
まあ、そうなるよね。
傍から見てても怖かったもん。
あの対象にされたあいつらが怖くて逃げだすのも仕方がない話だ。
拙作をお読み頂きありがとうございます。
次回「プリン事件」