Act.1 神華高校・ビギニング
◆ーShionー◆
冬から春へ移行しようとしている、3月のある日。
目覚ましを止めると同時に、黒乃紫苑はいつものようにベッドの上で目を覚ました。寝起きの悪い彼女にとって、このような事はとても珍しいのだが___
「まだ眠いな………」
そんな事は気にせず、むくりと紫苑は起き上がる。
此処は対魔法シンジケート組織、《サリギア軍事盟約連邦》日本支部。
14歳でありながら管理者の能力に目覚め、自身の故郷である日本で活動するためにここにいる。
「素振り……するか」
ふらっとベッドから立ち、素振り__ただし振るのはバッドではなく短剣だ___のためモソモソとジャージに着替えた。
びゅん、と風邪を切る音を残し、セルルト流短剣技【エレクトロン】______電子という意味だ_____が放たれる。
続けて、単発技【ニュートロン】。
さらに、【プロトン】。
「せいッ、!」
合計一千回素振りをして、紫苑は食堂へと向かう。
やっぱり食堂は賑わっている。
「今日のご飯はなんだろなっ♪あっさご飯はうれしいなっ♪」
思わず歌ってしまう。歌いながら、歩くと___________
「クロノ!」
若い少年の声。
《雷閃斬》ヘルメス=メルクリウスだ。いつも冷静な彼にしては珍しい。何を慌てているのだろうか。
「ヘルメス野郎?」
普段なら怒るその呼び方を無視し、ヘルメスは口を開く。
「寒々室長が呼んでる、早く行って来た方が良いと思う」
それだけ言い残し、ヘルメスはどこかへ走って行った。彼には雑務があるのだろう。通称《雑務係》なのだから。
しかし、黒乃が呼び出し、しかも室長からとは珍しい。
何か事件だろうか?
「寒々が?…………まぁ、いいか。とありえず、行くか」
そう言って、紫苑は歩き出した。
とんとん、と音を立てながら木製のドアをノックする。しかし、返事は来ない。
もう一度、ノックする。やはり、返事はない。
少し待ってみよう、と思い待つこと1分間、ようやく返事があった。
「……どうぞー」
明らかに今まで眠っていただろう、眠そうな声が聞こえた。
「失礼します。黒乃紫苑………シュタール=セルルトです」
僅かにドアノブを歪ませながら、紫苑はドアを開けた。
◆◇◆◇◆
木製ドアを押し、部屋へと入る。
予想通り、頬に机の跡がついた寒々寒波第九機動室室長がいた。やや長めの青髪が、海風にゆれた。
「失礼します。ご用とは何でしょうか寒々室長」
ニコニコ笑う寒々寒波。
「黒乃くんにしては珍しいね?」
「何がでしょうか?」
寒々が苦笑する。
「かしこまりすぎなことだよ」
「いつもこうですが」
「いや、絶対怒っているだろ」
当然だ、という顔をして頷き、
「当たり前」
寒々に突き技を放ってみる。
「そ、それはあ危なっ!?」
ヘラヘラしているといっても相手は室長だ。やはり簡単に打たせてくれない。仕方が無いので(?)仏頂面で木剣を回す。
「私のごはんタイムを邪魔したじゃないか」
「そ…それは謝る。悪かった。シュタール君、僕が君を呼んだのは、任務があるからだよ、勿論」
「なんで私だ」
「君にしか出来ないからだよ、シュタール君」
「私だけ?」
紫苑にしか出来ない事。どういう事なのだろうか。
「うん。君には、殺してもらいたい管理者………もしかしたら学生騎士か枢機卿にがいる」
「殺し?……どういう事だ」
「まぁとりあえず、東京の、神華第一魔法科学校に行ってくれ」
一つの疑問は、それで解決した。
「私が16歳だからか?」
「日本人というのもある」
紫苑はもう一度、頷いた。
「………そうか。解った」
かくして、あまりにも突然に、黒乃紫苑は神華高校に任務に行くことになった。