第八十九話 そして新しい年が始まる
そして日々は過ぎゆき、大晦日を迎えた菜豊荘は普段とは異なりとても静かだった。
将たち三人はたまには家に顔を出せとのお達しを受けてそれぞれの実家へと帰っている。
イロハに正の県外組も里帰り中であり、大たち四谷一家も年末年始は智由の顔を見せに両家をはしごすることになるという。
そんな訳で菜豊荘には弥勒とジョニー、リィと義則の四人?――二人と一体と一羽?――だけが残っていた。
そのリィも夕方には友人たちの元に出かけてしまっていたのだった。
一方残された弥勒たちは何をするでもなく、魔窟に入って十時間連続放送の特番時代劇を眺めていた。
「暇だな……」
画面の中で切った張ったの大立ち回りが繰り広げられているのを見ながら、なぜこんな日に殺伐とした内容の番組が放送されているのだろうかと不思議に思う。
しかし、特に見たい番組がある訳でもないので、まあいいかとほったらかしにしている。それも建前で、実際にはチャンネルを変えることすら億劫になっているのだった。
ここしばらく敵対管理者の動向の調査に始まり、針生たちの帰省の手伝いに通訳のアルバイトと、息つく間もないような毎日を送っていたからか、いざまとまった時間が手に入ると何をしていいのか分からなくなっている部分があるのだろう。
思えば魔王時代も休むことなくあちこち飛び回っていたような気がする。知らぬ間の内に弥勒はワーカホリックに近い体質になっていたようである。
「そんなに暇なのであれば、本でも漫画でも読んでみたらどうかね?菜豊塾に来ている子どもたちから新しいものを借りているのだろう?」
若干呆れた口調で義則が尋ねてくる。当の義則は丁度読み終わったのか、手にした本の幽霊?を実物へと戻す所だった。
ちなみに中身を抜いた状態の本を見せてもらったことがあるが、ものの見事に真っ白なページが最初から最後まで続いていた。
「借りている本は何冊かあるのだが……。どうにもそんな気分にならなくてな……」
時間を持て余しているというよりも、燃え尽き症候群のような状態なのかもしれない。
適度にズレてくれればいいのにと思うが、仕事と不測の事態というのは群れたがりなのか、一度に舞いこむことが多い。
そしてこれはどこの世界であっても同じだったらしい。
結局過密スケジュールとなって試合後のボクサー並みに真っ白になってしまったという訳だ。
それでも再びあの忙しい日々に戻ってみたいかと問われれば全力で拒否するだろう。
異世界への探訪はまだしも、神経を擦り減らすような敵対者と腹の探り合い、手の読み合いをするのは御免こうむりたいものだった。
こたつの上に山と積まれていた蜜柑の皮をまとめてどさりとゴミ箱に放りこむと、『ぐえっ』という蛙を潰したような声がした。
そういえば大量に蜜柑を食べて満腹になった真ん丸雀が皮を布団代わりにして眠っていたような気がする。
まあ、ゴミ箱の中は空だったし、弥勒の管理者としての能力が上がったことによって僕であるジョニーも強化されている――本人いわく『バージョンアップしたスーパージョニー様っす!』とのこと――ので、問題はないだろう。
「おや?もう紅白が始まっているな」
「ああ、二つのチームに分かれて、それぞれ呪曲を歌っていき、最終的に多くの観客を魅了状態にしたチームが勝つ、というアレだな。なんでも最後の二人はボスと名乗るに相応しい風体だそうだな」
時計を見た義則が口にした一言に弥勒が食いつく。
全く違う訳でもなく、微妙に間違った知識を披露している。もしかすると元いた世界ではそんな歌合戦な風習があったのではないかと思ってしまうが、
「……誰にそそのかされたのか大体予想は付くけれど、弥勒さん、それ間違っているから」
「ジョニー……。覚悟はできているな」
『お、お茶目なバードジョークっすよー!?』
やっぱりジョニーの悪戯だったようだ。懲りない真ん丸雀である。
そして午後十一時、どこのチャンネルでも新年へのカウントダウンの番組が始まりだした頃、弥勒はこたつから抜け出した。
「お出掛けかな?」
「ああ。カツにも呼ばれているし、あいつらには今年は世話になったからな。挨拶くらいはきちんとしておこうと思う」
「それはいいことだね」
「しかしそれなら義則にも言うべきだな。……今年一年、いや夏からだから半年程度か。色々と世話になった。曲がりなりにもこの世界でやってこられたのは皆のお陰だ。ありがとう」
義則に向き直るとゆっくりと頭を下げると、こたつの上ではジョニーも真似をしてペコリとおじぎをしていた。
「止してくれよ、最後っていうことでもないんだし。それに将を助けてくれたり、魔法を教えてくれたりとお礼を言うのはこちらの方さ。来年もよろしくお願いするよ」
「そうだな。よろしく頼む」
そうやって笑いあってから弥勒は部屋を出た。
『寒いっす!』
その分空気の透明度は良いようで、見上げると満天の星空が浮かんでいた。
これだけの光量があるならば明かりなしでも歩くのには支障がない。
そうはいっても相手が見えずに突っ込んでくる可能性もあるので反射材は身につけておく。自分の存在を周囲に知らせることも大切な事故防止策である。
てくてくとのんびり歩いていると、木々の隙間から明かりが漏れ出ているのが見えた。
ヒトミのいる神社だ。
毎年、境内で焚き火をたいて参拝客に甘酒と蜜柑を振舞っているのだそうだ。
お接待役は祭りの当番となった地区の人たちがやっているとのことで、境内に入ると、それなりの数の人たちが思い思いに過ごしていた。
「結構多くの人が来ているのだな」
焚き火に当たる人の中に見知った顔、ヒトミとフミカを見つけて声をかける。
「十何年か前から年明けと同時に獅子舞を奉納するようになって、それを見に来る人が増えたのよ。だからそれが終わるまではそれなりに賑わっているわね」
「ああ。みれにあむってやつですね」
ヒトミの解説にフミカのよく分からない補足をつける。どうやら記念となる年があり、それ以降続いていることのようだ。
「弥勒だって克也に呼ばれて、それを見に来たのでしょう?」
「まあな。それにしても何か負の念を感じるのだが……?」
「それは私たちがこんな恰好しているからじゃないかしら」
そういうヒトミたちは二人とも和服姿なので目立っている。見た目は美少女に美女の二人組に気易く声をかけたので、周囲の男たちから嫉妬の視線を集めてしまっていたようだ。
今更移動するというのも負けた気分になるので仕方ないが我慢することにしよう。
「そういえばイノたちの姿が見えないな?」
「流石に目立っちゃいますから今日はお留守番させています」
言われてみれば納得、というか当然の理由だ。
「サンガたちは?」
「今日は皆それぞれ自分の管轄区にいるわよ。管轄区を放っておいてフラフラしているのはあなたくらいよ」
サンガたちというのは研究所の地下で出会った管理者たちのことだ。
まあ人は人、己は己だ。この辺りは好きにやらせてもらうことにしよう。胸中でそう結論付けていると、獅子の屋台が続々と運びこまれてくる。
「今年は五つの地区が参加か。多いわね」
「年によって数が変わるのか?」
「そりゃあ旅行とか家族サービスとの兼ね合いもあるし、地区によっては出られない年もあるわよ」
太鼓を担いだ克也を発見すると、向こうも気付いたのかいい笑顔で手を上げていた。
こちらも手を上げて応じる。
着々と準備が進む中、近くの寺から除夜の鐘の音が聞こえ始めた。
「今年ももう終わりですね」
「ええ。本当に濃い一年だったわ。特に弥勒がやってきた夏以降は大騒ぎになったわね」
「迷惑をかけた自覚はあるが、逆にそれなりの迷惑もかけられたと思うのだが?」
「それは言いっこなしよ。無事終わったのだから、それで良し!よ」
綺麗にかどうかはともかくまとめられてしまった。
これ以上は何を言っても無駄になりそうなので口をつぐむ。
「明けましておめでとう」
どこからかそんな台詞が聞こえてきた。
どうやら年が明けたようだ。祭りで当番だった地区の獅子が舞い始めた。
しばらくすると残りの地区の獅子も一斉に舞い始める。深夜とは思えない華やさとやかましさである。
「今年は穏やかな年になればいいが……」
「それは無理ね」
呟いた弥勒の言葉をヒトミが即座に否定する。
「随分とはっきりと言うじゃないか」
若干恨みがましい声音になってしまったが、それも仕方のないことだろう。
しかしヒトミはそんな弥勒の様子に怖じることなく、とんでもない一言を言い放った。
「だって私、カミだもの。そのくらいは分かるわよ」
「何だと!?」
弥勒が驚いて振り返った先にあったその笑顔は、焚き火に照らされてとても神秘的に見えるのだった。
おわり
今回の話を持ちまして『魔王様のご近所征服大作戦』は一旦の完結とさせていただきます。
約半年という短い間でしたが、お付き合いくださった読者の方々、どうもありがとうございました。
さて、弥勒たちですが……最後の最後でヒトミちゃんがとんでもない爆弾を投下しております。その先はぶっちゃけ何も考えていません(汗)!
ただ、元の世界の話とか消化しきれていない点もいくつか残っていますので、いずれこの話の続きを書くことはありそうな気がします。その場合、ヒトミちゃんが神という設定はしれっとなかったことになっているかもしれませんが(笑)。
今後の詳しい予定については活動報告に書くようにしますので、気になる方(いるのかな?)はそちらも御覧ください。
最後に改めて、お読み頂きありがとうございました。