第八十八話 管理者たち
弥勒の中に新しい管理者の力が入りこんでくる。
だが、それは別段これまで持っていた力と変わるものではなく、男の管轄していた区画の情報が更新された程度のものだった。
ただし実感が伴っていないだけで実際にはその他の力も蓄積されていて、きちんと二人分の管理者の能力を有することになっていた。
「未来視は管理者の能力ではなかったようだな」
「当たり前よ。管理者が皆あんな力を持っていたら、世界なんて一つ残らず消え失せているわよ」
未だ慟哭を続ける男を見下ろしながら弥勒が呟いた一言にヒトミからの突っ込みが入る。
想像していた未来――それは無意識に望んでいた未来でもある――とは違う、それだけで人は――管理者であっても――簡単に絶望することができる。
未来を見るというのは、時に地獄の底を覗き込むようなものなのである。
男にはその力が残ってはいたが、莫大な魔力を使用するので管理者ではなくなった身としては使うことはできない。
実質的に未来視の能力は消し去った、もしくは封印したと捉えて問題ないであろう。
「そういえば人格創造の魔法もどうやって会得したのかが気になる所だな。あれのせいでこいつの理性の箍が外れてしまったように思える」
男がヒトミたち他の管理者に対して優位を保っていられたのは、未来視と人格創造の二つの力によって彼に都合のよい未来を選択することができたお陰だ。
反対に言えば、その二つが揃ってしまったからこそ男は野心に向けて動き出してしまったのである。
しかも弥勒が自分で指摘した通り、男が造りだした疑似人格は元の人格と魔力パターンが異なっていた。
人格を造りだす時点で禁呪指定されるほどの危険な魔法であるのに、その上を行っていたのである。
世界を滅ぼしかねないとして、世が世なら発見され次第消滅かそれができないなら封印、関係者は口封じのために皆殺しにされていたかもしれない。
科学が発達した代わりに魔法の認知度が極めて低いこの世界において、そんな超高度な魔法が生み出されたとは考えにくい。
どこか別の世界からもたらされたものである可能性が高いのだ。
余談であるが、人格を消去することによって観測した未来を確定させない男のやり方には弥勒たちが指摘したものとは異なる致命的な弱点が存在する。
魔法で造り上げた疑似的な人格とはいえ、独立した一つの人格であることには違いがない。
そのため消去した時点でその人格の存在に関与した力の一部もまた消滅していたのである。
未来を知ることを重視した男はその事実から目を背け続け、弱体化を繰り返していた。
弥勒があっさりと勝利できた裏にはこうした事情があったのだった。
「それから奴に協力していた管理者やフミカのように脅されていた管理者の洗い出しもしておかないといけないな」
「後、この研究所のこととか実験のこともあるわよ。……こんなバカでかい地下施設とか、絶対に許可を取らずに勝手に作ったものよね」
更にヒトミが現実の問題を挙げていく。
半円形の二つの広間は天井もかなり高く作られている。どれだけの金銭と人手が費やされたのか、想像したくもない規模となっていることだろう。
これらの問題を自分たちが処理していかなければいけないのかと思うと頭痛がしてきそうだ。
どうにか生贄としてささげる、ではなく協力して事に当たってくれるような人材を探さなくてはいけない。
当然フミカはその第一候補である。
同時刻、隠世にあるヒトミの住み家にいたフミカはモコモコのイノたち三匹に囲まれていたにもかかわらず、とてつもない悪寒に見舞われていたそうだ。
「誰か都合いい、ではなく使い勝手のいい、でもなく適正な人材に心当たりはないか?」
「気持ちは十分過ぎるほどよく分かるけれど、せめてもう少し抑える努力をしなさいな。本音が溢れかえっているわよ」
一応注意するヒトミだったが、それも先輩管理者として仕方なくという感じがありありと見て取れる態度だ。
元々彼女は細かな面倒事は好まない気質である。誰かに丸投げできるのならば、迷わずそうするだろう。
その分適任な人材に心当たりがありそうな気もするのだが、さてどうだろうか?
「ダメね。こいつとの関係が悪化してからはフミカ以外の管理者たちとは疎遠になってしまったから。思いつく子はいても受けてはもらえないでしょうね」
床にうずくまったままの男を一瞥した後「ふう」と息を吐く。
少女の外見なのに気だるげなその様はやけに絵になっていた。
ちなみに男はついにショックに耐えきれなくなったのか、それとも泣き疲れてしまったのか気絶してしまっている。
ジョニーに至るところを突かれてその度にビクンびくんと反応しているので生きていることは間違いないので放置していたのだが、そろそろ叩き起こした方がいいのかもしれない。
誰も適任がいないのであれば彼に事後処理を押し付ける必要があるからだ。
「その役目、俺たちに任せてもらえないだろうか」
そんな時、謎の助っ人のような台詞が広間の入口の方から聞こえてきた。
「何者だ!?」
様式美に従って誰何する弥勒と、それを冷ややかな目で見ながら振り返るヒトミ。
そこには数人の男女が立っていた。
「師匠、お久しぶりです」
「御無沙汰しています。先輩」
口々にヒトミに挨拶をしていく所から、同じ管理者、しかもフミカと同じような立場であるようだ。
多分先ほどヒトミが思い浮かべていた疎遠になったという者たちなのだろう。一応弥勒にも会釈をしていく。
「情けない話ですが、俺たち全員あいつに脅されていたんです」
そう言うと、鋭い眼つきで気絶した男を睨んでいる。しかしジョニーは放置されていた。
「何とかあいつに従うことは回避したんですけれど、その代わり先輩とも連絡が取れなくなってしまって……。今まで何もできずに申し訳ありませんでした」
一人が頭を下げると残る面々も次々に頭を下げていった。
「あなたたちに何もしてあげられなかったのは私も同じよ。だから謝罪はいらないわ。それよりも「任せてもらえないか」とはどういうことかしら?」
「中立の立場でしたが、全員で協力して情報は探っていましたので師匠よりも裏の事情は理解しているつもりです。
なので、これまでの罪滅ぼしと、これからお二人に敵対する意思はないということを示すためにも、あいつのしてきたことの諸々の後始末について任せてもらいたいんです」
リーダーらしい男の言葉にヒトミが顔をしかめる。
「今更だと言われても仕方がない――」
「そうじゃないわ。そっちはもういいと言ったはずよ。
……本音を言いなさい。私は自分を安く売るようなことは教えていないわよ」
言われて管理者たちは顔を見合わせる。そしてリーダーらしい男がばつが悪そうに、そして照れ臭そうに口を開いた。
「実は、その代わりと言ってはなんですが、弥勒さんにお願いがありまして……」
低姿勢で揉み手でもしそうな様子に、呼ばれた弥勒は眉をひそめた。
「俺たちも異世界に連れて行って欲しいんです!」
「「「お願いします!!」」」
残る面々が声を揃えて頭を下げる。
「ちょっと!?私に謝った時よりも必死に見えるんだけど!」
全員、深ぶかと九十度近くにまで腰を曲げている。ヒトミが苦情を言うのも当然だろう。
それを見て弥勒は
(間違いなくヒトミの後輩や弟子で、フミカの仲間だな)
と思ったのだった。
結局、ヒトミの知己の管理者たちの協力によって事後処理は難なく終えることができた。
その代わり弥勒は彼らの要求通り、異世界へと連れていくことを約束させられたのだった。
「まあ、あんな期待に満ちたキラキラした目で見られたら断れないわよね」
というのはヒトミの談である。
それともう一つ、彼らと再会したフミカが自慢したせいで、彼らにも名前を付けることになった。
「うああああ……。ごめんなさいぃぃ」
弥勒が数人分の名前を考え終わるまでの数時間、フミカはヒトミからこめかみをグリグリされるという制裁を受け続けることになるのであった。
次回更新は3月5日のお昼12時です。