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魔王様のご近所征服大作戦  作者: 京 高
第十二章 魔王、鈴木弥勒
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第八十五話 勇者の正体

 地上部とは異なり地下は人の気配もなく、静寂に包まれていた。

 上にいた研究者たちも別段大声を出しあっていたり、騒いでいたりした訳ではないが、自らの仕事を前にして静かな熱気とでもいうべきものを立ち昇らせていたのだ。

 しかし、この地下部分にはそうしたものが一切感じられなかった。


「降りてくるのにも時間が掛ったようだし、ここは相当深い場所にあるのかもしれないわね」


 研究所のエントランスホールに置かれていた施設案内には地上四階、地下二階と書かれていたが、先ほど乗っていたエレベーターは明らかに二階分以上を下っていた。


「一般には存在しない隠された地下区画、ということか」

『ますます怪しくなってきたっす!』


 お気楽主従は相変わらず楽しそうにしている。

 いや、弥勒の方はその声音とは裏腹に鋭い眼つきで周囲の様子を探っていた。

 一方のジョニーはというと……、素のままである。敵地にあってもぶれないその態度はある意味大物なのかもしれないが、警戒の仕事を主人に任せてしまっているのはいただけない。

 今は弥勒も緊張しているためか気付いていないようだが、後で叱られることになるだろう。

 合掌。


 薄暗い通路をひたすら歩く。微かに左へと湾曲したそれは巨大な円を描くように奥へと続いているようだ。

 前後が見通せないこと事からくる、いつ襲われるかもしれないという精神的な圧迫感は徐々に弥勒たちを蝕んでいった。

 ヒトミですら時折荒い息を吐いている。警戒の要であるジョニーの疲労は言わずもがなだ。どこからともなく争うような音が、叫ぶような声が聞こえたのはそんな時だった。


『旦那!奥の方から聞こえてきたっす!』

「罠かしら?」

「そうだとしても行くしかないだろう」


 消身と防音の魔法はそのままに通路の先へと向かって駆け出して行く。

 すぐに行き止まりに辿り着く。

 そこには左手に扉があるのが見えた。

 中へと入るものを選別するのであろうその分厚い扉は、開かれたままで本来の役目を果たすことなく佇んでいる。

 走る勢いを殺すことなく扉を潜ると、天井の高い部屋に出た。

 入り口側の壁は曲面で正面の壁へと繋がっている。上から見れば丁度半円の形であろうか。どうやら通ってきた通路の内側一杯に部屋が作られているようだ。

 奥にはここと同様の半円か、またはそれを細かく区切った部屋があると思われる。


「ヒ、ヒイィィ!?」


 甲高い悲鳴を上げてだぼついた大きめの布を頭から被った人物が、その奥へと続く扉に消えていく。

 ジョニーに追跡を任せて弥勒たちは部屋の中央へと走り寄る。そこには見覚えのある男が一人倒れ伏していた。


「おい!生きているか!」


 抱き上げると顔を見ると、やはり二週間ほど前のあの日、夕暮れ時に襲いかかってきた男だと分かる。

 そして彼の胸の辺りは真っ赤に染まっていた。


「傷が……深いわ……」


 魔法で男の体を診断していたヒトミが呟く。それは彼ら管理者の魔法をもってしても癒すことはできないということを意味していた。


「そういうことだったのか……」


 腕の中で男の命の炎が小さくなっていくのを感じて、弥勒はあるからくりに気が付いた。


「この男はやはり俺の世界にいた、そして俺を倒した勇者だ」

「どういうこと?」


 唐突だが確信を含んだその言葉にヒトミが疑問を持ったようだ。


「その質問には後で答える。今は時間がない。おい!俺の声が聞こえるか!」


 弥勒が呼びかけると、男は微かに身動みじろぎをした。


「お前に選ぶ権利をくれてやる。一つはここでこのまま死んでいくこと。もう一つはどことも分からない場所に生まれ変わることだ」

「……死、に、たくない……」

「苦しいこと、辛いことばかりが起きるとしても、か?」

「……俺、は……生き、たい」


 薄く眼を開き、最後の力を振り絞るように男はそう答えた。


「それならお前の名前を言え。この〈魔王スキムミルク〉がその願いを叶えてやろう!」

「達治……。古那智達治こなちたつじ……」


 そこまで口にして意識を失った達治を下ろして、弥勒は急いで魔法陣を描き上げていく。


「急ぎだから適当になるが、……しかしどうやった所で結果は変わらないのだろうな」


 諦めにも似た境地で描き上がった魔法陣を一睨みした後で、その中央に達治を横たわらせる。

 抱き上げたその体は先ほどよりも冷たくなっていた。


「よし。……〈魔王スキムミルク〉が命じる。古那智達治のその血、その肉、その魂よ、再び生の苦難へと旅立て!」


 弥勒の声に応じて、魔法陣がまばゆい光を放ち始める。やがてその光が小さく集まったかと思うと、次の瞬間爆発するように広がり消えていった。


「どう、なったの……?」

「恐らくだが今の魔法の暴走で、彼は二十年ほど前の俺が元いた世界へと旅立ったはずだ。赤ん坊の姿となって、な」

「え?」


 あやふやな言い方の割に具体的な説明をされてヒトミが戸惑う。


「今俺が使ったのは、俺のいた世界で〈転生の秘術〉と呼ばれる禁呪の一つだ。文字通り転生するための魔法なのだが、本来その対象は魔法を使う本人であり、しかも現在いる世界へと転生するものだ。

 それを無理矢理別の人物を対象に、しかも転生先に異世界を指定したものだから、見事に暴走してしまった、という訳だ。

 何事もなかったから良かったものの、急いでいたとはいえ、こちらにも被害が出るかもしれないということに頭が回っていなかったな」


 答えて弥勒は軽く肩をすくめてみせた。


「えっと、つまり魔法の暴走に巻き込まれたから、過去なんていう本当は行けないはずの場所に行ってしまった?」

「その認識で間違いない。まあ、確かめる術はないのだが」

「そう言う割には自信がありそうだけれど?」

「自信はないが、俺がここいることが今の仮説の根拠になってはいる。魔法を使う前に俺が言ったことを覚えているか?」

「ええ。さっきの彼が魔王であったあなたを倒した勇者だ、とか言っていたわね」

「そうだ。多分彼はあちらの世界で勇者となって、それが遠因となることも知らずに、自分をあんな世界へと送り込んだ〈魔王スキムミルク〉を倒すことになるはずだ」


 そう。最初から、自分の元に勇者がやってきた時から違和感はあったのだ。

 仲間たちとは異なり、その男はただ一人〈魔王スキムミルク〉に向かって苛烈な憎しみの感情をぶつけていた。


「魔王が自分を倒すはずの勇者を生み出した?……なんて因果なの。弥勒、あなたそれで良かったの?」

「良いはずがあるものか!勇者のせいで魔族領は壊滅、多くの魔族たちが殺されたり行き場を失ったりしたのだぞ!……だが、それは既に定められたものだ。どうしようもない」


 観測されることによって未来が固定化するように、弥勒自身が今ここにいることで魔王は敗北し、魔族たちが滅び去る未来はくつがえすことができないものとなっていたのだった。

 狙ったものかそれとも偶然なのかは分からないが、これで敵対管理者をぶっ飛ばす理由が一つ増えた。

 胸中に渦巻く怒りを抑え込みながら、弥勒はジョニーの見張る次の部屋へと向かうのだった。


次回更新は2月28日のお昼12時です。

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