第七話 辿り着けば菜豊荘
長閑な、しかしどこかもの寂しい曲が流れる中、弥勒は役場の入口へと向かう。その後ろでは「本日の業務は終了しました」というナレーションが放送され、杓子定規な一部の職員たちが帰り支度を始めていた。
「ふう、やっと終わったか。住む場所と当面の資金を得るのにこんなに時間がかかるとは思わなかったな」
外に出た途端、疲れた顔で誰にともなくそう口にした弥勒の手にはプリントアウトされた地図と封筒に入った現金が握られていた。
『いやいやいやいや旦那、これでもありえない程のスピード決裁っすよ!?普通ならどんなに早くても生活支援費の受給決定に半日、住居の斡旋には丸一日はかかるっす!魔法恐るべし!っすよ!』
ジョニーは精神操作魔法によるものだと思っているが、実際には補助的なものに過ぎない。高速決裁を可能にしたのは職員たちの力であり、皆YDKなやればできる子だったのである。
ちなみに人は騙せてもシステムの全てを欺くことはできない。そのため、もしバレてしまった時の保険として戸籍などはあくまでも仮のもの、という扱い――こちらだけでなく役場側にも不備があったということにするのである――にしておいた。
『しかし、魔王であったこの俺が生活支援を受けるとは……。元の世界の連中には秘密にしておかなければいけないな』
特に勇者たちに知られたら指をさして大笑いされるだろう。それだけは絶対に阻止しなくてはいけない。
『仕方がないっすよ。旦那の持っている物といえば金や銀でできた細工物に謎の宝石っす。こっちでの価値基準が分からないまま換金すれば、買い叩かれてしまうっすよ』
ジョニーに言われるまでもなく、その危険性を感じていたから素直に生活支援を受けることにしたのだが、心情的にはすっきりしないものがあるのだった。
『これ以上悩んでいても気分が暗くなるだけだな。ジョニー、俺たちの住み家まで案内を頼むぞ』
『ラジャーっす』
弥勒の願いに応えるべくジョニーはその肩から大空へと飛び立っていった。貰った地図を頼りに上空からナビゲートしようという訳だ。既に役場の終業時間となっていたが、夏間近であり西の空には夕日というには強過ぎる太陽が輝いていたので、鳥目であっても問題ない――実は弥勒との契約によって夜目も利くようになっているので、例え夜でも案内自体は可能になっていた――。
『歩いて二十分程度ということだったが、どうだ。上からは見えるか?』
『ちょっと待って欲しいっす。ええと……お?見えったっす。きっとあれっすよ!』
とジョニーは言っていたが、地上の弥勒は当然周りの建物に遮られてそれを見ることができずにいた。僕との感覚の一体化を使えば見えるのだろうが、それをすると今度は歩くのがおぼつかなくなる。間違ってふらりと車道にでも出てしまったら自動車と接触して――主に車の方が大破してしまって――大騒ぎになってしまうだろう。
どんな建物なのかは着いてみてのお楽しみ、とすることにして歩き始めた、ところで弥勒の足が止まってしまった。
『どうしたっすか?』
ジョニーが尋ねるが、返事がない――ただの屍のy(ガンッ!)ピーーー――。弥勒の瞳は真っ直ぐに一点を見つめていた。
『あれは、何だ?』
『あれ?あれってどれっすか?』
『たった今、俺を追い抜いていったあれだ!』
『そんなあれあれ言われても分からないっすよ!ちょっと待つがいいっす!』
ジョニーが視線を落とした先にあったのは、子どもが乗っている自転車だった。
『何だ、自転車じゃないっすか。何があったのかと思ってびっくりしたっす』
『ほほう、あれは自転車というのか』
『そうっす。乗りこなすには少しコツは必要っすけど、免許とかはいらないから粋がったガキンチョどもが乗りまわしているっすよ』
危うく轢かれかけた過去があるジョニーの言葉は辛辣である。
『欲しいな……』
『安い物なら手頃な値段で売っていたはずっす。でも旦那、まずは住み家に辿り着くのが先っすよ』
至極真っ当な意見だったので、弥勒は『そうだな』と答えると、遠ざかる自転車から無理矢理視線を引きはがし、改めて歩き始めたのだった。
しかし、弥勒の歩みは遅々たるものだった。元来、好奇心旺盛な性格のため、興味をそそられる物を見つけると直ぐに立ち止まってしまうのである。幸い〈住み家へと辿り着く〉という第一目標を変更することはなかったので、ジョニーに急かされると直ぐに歩き始めていた。それでも二十分という当初の予定を遥かに超過し、目指す目的地に辿り着いたのは出発してから二時間以上も経った、夕暮れ時のことだった。
『やったっす。ついにミッションコンプリートっす……』
弥勒の肩に戻って来たジョニーが燃え尽きたようにそう呟くのも仕方のないことだっただろう。
「あら?見かけない人ね。もしかして役場から連絡のあった新しい入居者というのは、あなたのことかしら?」
建物の前を掃除していた女性が声をかけてくる。
「ああ。恐らく俺のことだろう」
「やっぱり!ええと、確か名前は……ススキミ・ロックさん!」
「……鈴木弥勒だ」
二人と一羽の間に何とも言えない空気が流れた。
「ようこそ鈴木さん!菜豊荘へ!」
どうやら女性は今の会話をなかったことにするつもりなのか、大袈裟なポーズで背後の建物を指し示した。
それはなかなかに年季の入った、二階建てのアパートだった。
堪忍や~、つい出来心だったんや~。ちょっとボケてみたかっただけなんや~。
ということで、注釈機能というか突っ込み機能というかが壊れました。次回までには直しておくので御容赦下さい。
ちなみ作者は無実dうわなにをするやめろ
♪♪しばらくお待ちください♪♪
はい、ここからは作者二号がお送りします。
役場の審査等にかかる時間については適当に書いています。現実の場合、同じYDKでも「やらないからできない子」にだけはなって欲しくないものですね。
そして魔王様、やっと住む場所に到着しました。最後に出てきた女性は何者なのか!?モブか?それとも重要人物なのか?はたまたヒロイン?続きをお楽しみに。
……ススキミ・ロックって誰だよ(笑)