第七十八話 油断
夢か現か、よく分からない公園のような場所で弥勒は襲撃を受けていた。いや、この空間それ自体が何者かの手の中であるといえる。
その証拠にそこは酷く現実味がなく、不思議な結界に覆われている。ヒトミたちの創る隠れ里に近い様ではあるが、その割に管理者の力を感じられないという不気味なものだった。
既にジョニーはどこからともなく飛んできた魔力弾に打ち据えられて気絶してしまっている。
いつもの軽口を言う暇さえなかったことから相当な危機的状況だと伺える。
それでも仰向けになって天へと伸びた足が時折ピクピクと痙攣するかのように動いているのが、彼の芸人体質をよく表している。
いやいやいや、今は逃避しているべき時ではない。このままいけばジョニーの二の舞にもなりかねないのだ。
思えば管理者になったということで、どこか慢心している部分があったのだろう。同じ管理者でもなければ戦いにもならず、ゆえに襲われるようなことはまずあり得ないと、心のどこかで高をくくっていた気がする。
「その結果がこのざまか。くそっ!」
意味のないことだとは分かっていても、思わず悪態を吐いてしまう。
(落ち着け。自棄になった所で悪転するだけだ。生き延びてさえいれば反省も後悔もいくらでもできる。今はここを切りぬけることだけ考えろ)
そもそもこの日は朝から何かがおかしかった。日課の早朝ランニング中に始まり、役場へと向かう道すがらにアルバイト中。更には駐輪場に〈森の館〉への行き帰りなどなど、誰かに見られているような感覚があった。
そう、丁度フミカに付き纏われたあの日と同じようだったのである。しかし、
(まさか、な)
そう似たようなことが続けざまに起こることもないだろうとも思っていた。それでも一応一緒にいたジョニーに尋ねてみたのだが、
『はあ?自意識過剰じゃないっすか?』
と馬鹿にされたように言われてしまったため、それ以降は意識しないようになっていた。
それと当然真ん丸雀には晩飯抜きの刑が執行されることになった。
後から考えれば確かに油断であったのだろう。しかしかしフミカと相対して、そして彼女との共謀によってギリギリの勝ちを拾った体験によって、弥勒の中には管理者とそうでない者との間には越えることのできない隔絶した壁が存在していると刷り込まれてしまっていた。
そうした心の隙間をものの見事に突かれてしまったともいえる。
逢魔が時とも呼ばれる夕暮れ時、弥勒とジョニーは敵対者と思われる者によってこの空間へと取り込まれたのであった。
多少力任せではあるが落ち着きを取り戻したことで周囲を確認する余裕ができてきた。公園のようなと呼称した通り、大小いくつかの遊具が設置されていて、更には樹木もそこかしこに植えられている。
つまりは隠れる場所には事欠かないということだ。飛んでくる魔力弾を躱しながらそれらの裏に回り込むように動く。
まずは相手の視点の位置を探るためだ。
魔力弾自体は四方八方どこからでも飛んできていたが、時たまその照準が甘く感じられることがあった。そのことからどこか固定の一点か、もしくは移動しながらこちらを攻撃しているのではないかと検討付けたのである。
こちらの意図を探られないようにあくまでも逃げ回っているようなふりをしながら、円を描くように物陰から物陰へと移動する。
ジョニーのことは気懸かりだが、運の悪いことに彼が気絶しているのは広場のど真ん中だったので、回収している余裕はなかった。
しばらく繰り返していると、ある一方からの攻撃の精度が極端に低いことが分かった。だが罠やブラフである可能性もある。
今度はそちらの方向から隠れる時間を多めに取りながらも位置を特定できるように前後の動きを加える。すると同じ方向に隠れていても精度の変化が見られた。
「当たりだな」
弥勒はある植え込みに当たりを付けた。壁のように広がっていて、その後ろには公衆便所らしき建物がある。
「ほほう、ああして出入りしている所が見え難いように視線を遮る役割を果たしている訳か。更に無骨な無機物と違って目に入ってきても威圧感がない。……なかなかよく考えられているな」
と、つい場違いなことを呟いていた。
さて、そろそろ相手にもこちらの意図がバレ始めた頃合いだと思われる。そうなると向こうが取るであろう対応は二つ考えられる。
一つはこちらの隙を突いて移動すること。あちらが造った空間の中であることを考えると、姿を消したままで移動する、または瞬間移動するといった可能性も考慮に入れておくべきだろう。
そうなるとまた逃げ回る所から始めないといけなくなるが、やり方自体は変わらないので、次は移動される前に反攻に転じることができるだろう。
もう一つは移動ができない場合である。その時には恐らくこちらをあぶり出すために気絶したジョニーに攻撃を加えようとしてくるだろう。
これまでの経緯から考えると、敵対管理者の手の者であればそれくらいのあくどい方法を取ってきても不思議ではない。しかしそれこそがこちらの好機となる。
頭数を減らすのならば別だが、弥勒をおびき寄せるための餌にするためにはジョニーの生存が不可欠である。よって、そうした攻撃は威力を、もしくは当たらないように手加減されたものとならざるを得ないからだ。
更にそうした手間をかけなければいけない分、意識がどうしてもそちらに割かれることとなるのである。
真ん丸雀を囮にすることに多少の罪悪感を覚えながらも弥勒はその時を待った。
そして痺れを切らした相手が行動に出た。四方からジョニーへと魔力塊が殺到していくのを眼の端に捉えながら、弥勒は目星を付けていた植え込みに向けて一直線に走りだした。
同時に複数の魔力弾を形成して、逃げられないように多方向から撃ち込んでいく。
「ぐわあっ!」
植え込みを飛び越えた勢いそのままに、こちらの魔力弾を捌ききれずに苦悶の声を上げる人物――声音からして男のようだ――に圧し掛かる。
「諦めろ、お前の負けだ」
組み敷いた男に冷徹に告げる。
主従の契約魔法の効果でジョニーが無事なのは確認済みだ。もしもの時は彼も無事では済まなかっただろう。そのことは両者にとって幸運だったといえる。
「くっ!このお!」
なおもこちらの体勢を崩そうと男は抵抗を続けた。
「なっ!?お前は!?」
ふと真正面から向かい合う形になって男の顔を見た弥勒が驚きの声を上げる。その隙に乗じて男が懐から何かしらを取りだすと、景色が一変した。
気が付くと弥勒は菜豊荘の前に立っていた。ジョニーも同じポーズのまま近くで気絶している。そして組み敷いていたはずの男は十メートルほど離れた所からこちらを睨んでいた。
「くそう!幽霊討伐に続いてまたこの俺が失敗するなんて!だが、次こそはあの人のためにも俺が勝つ!顔を洗って待っていろ!」
『それを言うなら、首を洗って、っす……』
弥勒は何にも反応できず、ただただ呆然と突っ立っていた。
なぜなら捨て台詞を残して去って行った男の顔は忘れようにも忘れることのできない、勇者と瓜二つだったのだから。
どとーのきゅーてんかい!?
次回更新は2月16日のお昼12時です。