第七十七話 報告会
帰って来た所で一区切り、新章に移ります。
弥勒が〈森の館〉に帰り着いたのは日曜日の午後四時十分のことだった。予定よりも少し早い帰還である。
そして今回もまたヒトミの方が先に着いていたようで、店の方に入るとくつろいだ感じでお茶していた。マスター代理のフミカだけでなく珍しいことに玄人や艮も一緒にいる。
どうやら弥勒たちから詳しい話を聞こうと待ち構えていたようである。
期待に応えて、といきたい所だったが、ゲートの修正をしていないことを思い出した。何を話されるのか不安は残るが、とりあえずヒトミにその場を任せて中継地点へと引き返す。
こちらの世界に戻って来る時にはさほど問題にはならないが、別の世界に向かう時に到着時間がずれてしまうのは致命的な欠陥といえる。ゲート内部をある程度固定化することによって、複数人で使用した時には到着時間をほぼ同じになるように設定し直す。
実は世界を移動する、つまりはその世界から不在になることを利用して出発した直後に帰って来るように設定することもできるのではあるが、身体への負担が大きいので不採用となっていたりする。
更に今回の旅で現世での世界は違っても隠世が繋がっているかもしれないことから、二つの世界に同時に存在することでどんな悪影響が出るのか想像がつかなくなったという点もあり、この機能が採用されることはほぼなくなったといえそうである。
そうこうしているうちにあっという間に一時間が経ってしまった。冬の日暮れは早く、外を見ればもう薄暗くなっていた。
秋の日は釣瓶落としというが、冬の場合はそれを超えて石か岩がドスンと落下していくようである。
閑話休題。
再び店の方に戻ると全員集合――八時でもないのに――したままだった。ヒトミ以外の面々の視線が注がれたのだが、その眼が期待でキラキラと輝いている。
どうやらヒトミは説明するのが面倒だったのか、断片的にしか話していないようだ。
(長くなりそうだ)
直感的にそう思った弥勒が次に考えたことは晩御飯をどうするか、であった。ジョニーについては明るい内に菜豊荘に返している、とのことなので心配はない。イロハや四谷一家の食卓に潜り込んでいるはずだ。
また菜豊荘の女性陣は弥勒以上に食事量に敏感なので、食べ過ぎていることもあるまい。むしろちょっぴりスリムになっているのではと期待していたりする。そうなると後は弥勒一人だけなので、ここはコンビニ弁当かインスタント食品で済ますのも一興か。
久しぶりに食べることになるのであろう若干チープな味を思い出すと、思わず口角が上がってくる。ハンバーガーしかり、コンビニ弁当しかり、こういったものを時々無性に食べたくなるのであった。
「弥勒さん、にやけていないで説明して下さい」
優越感に浸っていると思われたのか、フミカがふくれっ面をしている。やはりどこかの偽装少女の影響を受けて幼児化が進んでいるような気がする。
いつまでもこうしていても仕方がないので、一応「誤解だぞ」と釈明してから本題に入ることにした。
「ヒトミから針生の故郷の集落に辿り着いた件は聞いたのか?」
コクリと頷く三人。
「それなら、その間に俺が遭遇したことから話そうか……」
と、アコテに襲われそうになっていたミークを助けたろ頃から話し始めたのであった。
「ありがとうございました。またお越し下さいませ」
背中に店員の声を聞きながらコンビニの外に出る。
おかしい、晩御飯の弁当を買いに来ただけのはずが、何やら大量に購入してしまっている。右手に下げられた袋の中にはスナック菓子やらインスタント麺やらがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
まあ、買ってしまったものは仕方がない。菓子は菜豊塾の子どもたちが遊びに来た時にでも出せばいいし、インスタント系は非常食として置いておくとしよう。
買い込んだ食料を青龍号の前籠に入れて、チェーンロックを外す。星々が輝く冬の寒空の下を弥勒はゆっくりと菜豊荘へと向かった。
普通の人間であれば寒さについペダルを踏む力が強くなってしまう所だが、弥勒であれば本格的な冬の訪れを問題なく楽しめる範囲内だ。こういうとき丈夫な魔族の体は便利だとつくづく実感する。
家々に灯る温かな光を見ながらことさらゆっくりとした速度で青龍号を進ませていた。
ふと、羽音のようなものが聞こえた気がして顔をあげる。
「おお、ムゲツか。息災であったようだな」
弥勒の姿を見つけてムゲツが飛んできたのだった。梟の彼ならば羽音を出さずに飛ぶことくらい訳ないはずなのだが、驚かさないように配慮したのだろう。何とも気のきくことである。
この辺りの心配りが真ん丸雀との決定的な差であるのかもしれない。
「うん?お前も異世界の話が聞きたいのか?」
普段は挨拶をするだけで飛び去っていくのに、今日は青龍号に並行して飛び続けているので、尋ねてみると当たりだったようだ。ムゲツは「ホーウ」と一声鳴いた。
「そうか。それでは菜豊荘に戻ったらゆっくりと聞かせてやろう」
「ホー」
今から話し始めても帰りつくまでにはどれほどの時間もないので中途半端になってしまう。それならば帰ってからじっくり腰を据えて話した方がいいだろうと思ったのだ。
それにどうせジョニーが『さあ、異世界のことを話すがいいっす!』となぜか上から目線でせがんでくるだろうし。
三日ぶりに菜豊荘へと戻ってきた弥勒は、階段下の駐輪場に青龍号を停めて鍵をかけた。時刻は既に午後八時をまわっている。
針生たちエルフの集落で昼食を食べてから固形物を口にしていないので、いい加減腹ペコになっていた。温められた弁当の包装の隙間から漂ってくる唐揚げの芳ばしい香りが、絶え間なく空きっ腹に攻撃を仕掛けていた。
「あ!やっぱり弥勒さんだった」
「ホントだ。お帰りなさい」
自室に入ろうとポケットの中にある鍵を探っているタイミングで菜豊塾でもある隣の一〇二号室から将と孝が顔を出した。
「ただいま。魔法の訓練でもしていたのか?」
「それもありますけれど、そろそろ弥勒さんが帰って来る頃かなって皆で待っていたんですよ」
そう言えば出かけるときにイロハからお土産話云々と言われたような覚えがある。
「つまり皆して異世界の話を聞くために集まっていたということか」
「あはは。まあそういうことです」
弥勒の問い掛けに孝が笑いながら答えた。
「話すのは構わないのだが、少し待ってもらってもいいか?まだ晩飯を食べていないのだ」
「多分そうじゃないかと思って、弥勒さんの分も用意してありますよ」
将たちの後ろからひょっこりとイロハが顔を覗かせた。
「それは失敗したな。もうコンビニで弁当を買ってきてしまったぞ」
『それならオレが代わりに食べ――』
「ジョニーは我慢するアル。それ以上食べたら本当に飛べなくなるアル」
食べ物の話に釣られて飛び出そうとしたジョニーをリィがガシッと捕まえる。ナイス判断である。
「弁当を魔法で凍らせるなりして、明日にでも食べればいいんじゃないのかね」
「……確かにその通りだな。それでは荷物を置いたら、そちらに行くとしよう」
義則に言われて納得する元魔王。こちらの世界では便利な電化製品があるおかげで魔法を使うことを思いつかなかったのであった。なんとなく気恥ずかしくなって部屋の中へと急ぐ。
「ふう。帰ってきたな……」
誰に言うでもなくそんな言葉が口からこぼれた。
わずか半年にも満たない間に、本人の自覚もないままこの部屋は弥勒が帰るべき場所へと変貌を遂げていた。管理者という形でこの世界との絆が生まれてしまったためなのかどうかは分からないが、嫌な気はしなかった。
「ご飯の用意ができましたよー!」
コンコンというノックと共に壁越しに聞こえてくる声に苦笑を一つもらすと、弥勒はどう土産話を盛り上げてやろうかと考えながら隣の部屋へと向かうのだった。
まったりのんびり回でした。
次回更新は2月14日のお昼12時です。