第七十六話 針生の世界 その六、処理
イベントや事件に始まり料理などの日々の生活に至るまで、それ自体よりも後片付けの方が大変であるというケースは案外多い。今回の騒動も見事にそれに当てはまっていた。
まずは弥勒本人。
戦う前にミークによって昨日アコテを撃退したことは暴露されていたが、一撃で倒したという部分について男たちの大半は完全に誇張したものだと考えていた。
それもそのはず、アコテは過去数回集落にちょっかいをかけてきており、その度に狩人たちが総出で追い払っていたからである。
この辺りは相性が悪かったという点もあったのだが、それゆえに仮に撃退はできたのだとしても、倒した、しかも一撃でということに関してはこちらの戦意を高揚させるための方便だと思っていたのだった。
しかし、実際に投げ技一発で件の魔物を倒されてしまっては、信じるより他はなく、更には魔法の書き換えという離れ業まで行ってしまったのだから、騒ぎになることそれ自体は仕方のないことだったのかもしれない。
ピストとアコテが簀巻きにされて連れて行かれると、弥勒の周りには技や魔法について教えを乞おうとする者たちや熱い視線を送る者たちでごった返すことになるのだった。その後、
「皆、お客人に無理を言うものではないぞ」
というミークの父親による取りなしによって一度は沈静化したものの、針生の事情と絡めて異世界からやってきたことを告げると、再び大騒ぎとなってしまった。
次にその針生であるが、こちらとあちらの世界と数日おきに行き来しなければならないことは意外にもあっさりと受け入れられた。
帰って来られただけでも幸運だと捉えられているのか、それとも長命ゆえに数日程度は待つ内に入らないのかは不明だが、世界を超える魔道具を使用するための制約としては妥当だと納得していた。
ただ、婚約者のミークだけは
「また会えない日があるだなんて……」
と悲しみに暮れていたりもしたのだが、こればかりは慣れてもらうしかないだろう。
そうそう、針生の服についてだが、弥勒が思っていた通りあちらの世界の服を着たままだったので、一部の女性陣が何やら白熱した議論を交わしていたらしい。
異世界の物を持ち込むのは問題があるかもしれない――今更な気もしないでもなかったのだが――ので、持ち帰ると伝えると盛大に残念がっていた。
さて、多少の混乱はあったものの、ここまでは比較的にすんなりと話が進んでいた。紛糾したのはやはりピストとアコテについてのことだった。
アコテは数十年という長きに渡って集落と集落のエルフたちに損害を与えてきた。
特に昨日のミークのように一人で森にいたところを襲われて、心身に大きな傷となって残っている者も少なからずいた。
心の傷を受けたのは女性や子どもたちで、追いかけ回されたり体中を舐めまわされたりしたのだった。対して男性の場合、その力を誇示するために襲われて怪我をすることが多かったらしい。
その強さから隷属魔法等を用いて集落の見張り番として使う案なども出たが、被害者感情を汲んで極刑に処すべしという声が大半だった。
「弥勒さんにヒトミ様はどう思われますか?」
議論が感情的になってきた所で、針生が二人に尋ねてくる。部外者であるために客観的な判断が可能であろうということと共に、アコテを倒した弥勒の言葉なら集落の皆も無碍にはしないだろうと考えてのことだった。
「私から言えるのは、しっかりとじっくりと話し合いなさい、ということくらいかしら。あの子が有用だということもあるけれど、それ以上に結論を急いては禍根を残すことになりかねない。多数決なんてもってのほか。感情と理性と両方で納得できるまで時間をかけるべきだわ」
ちゃんと真面目モードでヒトミが答えたので、弥勒は「右に同じ」とだけ口にした。集落のエルフたちは安直な脳筋集団という感じでもないので、一度釘をさしておけば安易に復讐の私刑に走ることもないだろう。一応、後で傷を負っている人の治療をしておいた方がいいかもしれない。
それと当面は、ピストを追い出して空白となっている主人の枠には、アコテが暴れたりしないように集落に住むエルフたち全員を登録しておけば何とかなりそうである。
過干渉にならないように慎重になっておいて損はないと思う弥勒だった。
ピストについてはマンティコアの秘術を手に入れた過程などを問い質すと同時に、生まれ育った集落を捨てて対立した理由などの聞き取りをすることになりそうだ。
アコテを差し向けた罪の償いをさせるにも、そうした背景を知っておく必要があるとエルフたちが判断したためである。
ちなみに彼の言っていた「既に同じ種族ではない」云々はただのはったりであることも判明しているが、ヒトミなどは病的色白エルフという突然変異なのではないかと最後まで疑っていた。
そうしてこの世界にやって来て二日目の夜は更けて行き、翌日。弥勒は空き家にゲートを移動させていた。
どうせ話してしまったことだし、それならばいっそのこと集落の中にゲートを隠しておいた方が便利であるからだ。
それに他の集落のエルフたちに知られて面倒になることも防ぐことができる。その分ここのエルフたちにはしっかりと秘密を守ってもらう必要があるが、元々秘密主義な上に身内を大切にする種族なので問題はないだろう。
「終わった?」
「うむ。これでもういつでも帰ることができるぞ」
「お二人とも私たちの問題に巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」
針生が集落の皆を代表して頭を下げる。機密に関わるからと彼以外の見送りは断ったためだ。
それにしても、あちらの世界の生活が長かったからか、針生の仕草はエルフの姿でも妙に様になっていた。
「弥勒は厄介事を引き寄せる性質のようだし、あなたが気にする必要はないわよ」
「……確かにその傾向があるとは自覚しているが、ヒトミもそれほど平穏な毎日を過ごしているとは言えないだろう」
行く先々で面倒事が起きるので、弥勒もそういう体質なのだと諦めかけてはいたが、同じようなヒトミには言われたくはなかった。
「私の家が賑やかになったのはあなたがやって来てからなんですけれど?」
「はあ……。分かった、全部俺のせいだ。これでいいか?」
「むう。なんだかおざなりに聞こえなくもないけれど、今日の所は勘弁してあげるわ」
口喧嘩では女性に勝てないという法則は管理者にも当てはまるのか、弥勒は早々に白旗を上げることにしたのだった。
「それでは俺たちは先に戻るとする。辛いかもしれないが針生も明日か明後日には一度戻って来てくれ」
「承知しています。何から何までありがとうございました。また、あちらの世界で会いましょう」
「ええ。それじゃあまた」
そう言い残して弥勒とヒトミはゲートに入って行った。
そして今回も手を繋ぐなどの対策を取るのを忘れて、バラバラにあちらの世界へと帰り着くのであった。
最初期案だと各一話づつで三人の世界をそれぞれ回るはずだったんですけれど……。
どうしてこうなっちゃったんだろう……(汗)。
次回更新は2月13日のお昼12時です。