第七十四話 針生の世界 その四、襲来
時間は少々遡り、弥勒がミークの父親に説明をし、ヒトミが鬼教官になっていた頃、エルフたちの集落に招かれざる者たちが訪れていた。
やって来たのは頬のこけたいかにも不健康そうな男で、肌も髪も白く色褪せていたがエルフである証である長くとがった耳を持っていた。
そしてその傍らに人の顔に獅子の体、そして蠍の尾を持つ魔物を従えていた。
「集落を捨てた者が何の用だ!」
門番というほど物々しいものではないが、入口の見張り番が険しい顔で問い質すと、男はその魔物の背中を一撫でして言った。
「ふん。本来ならばこんな場所にはなんの用もない。だが、このアコテの狩りの邪魔をしたという不届き者がいたと言われれば、放っておく訳にはいかないからな」
「魔物の狩りだと?……貴様まさかまたその魔物にこの集落の者を襲わせていたのではあるまいな!?」
思い当たる過去の出来事に怒りが滲むが、男はどこ吹く風だ。
「弱きものが強きものに狩られるのは当然のことだろう。そこには何の区別もない」
暗に見張り番が尋ねた言葉を肯定している。その頃になると、騒ぎを聞きつけて集落中からエルフたちが集まって来ていた。
「同胞を何だと思っている!?」
「私は既にお前たちのような下等な種族ではない。一緒にしないでもらおうか」
男は心底不快であると吐き捨てるように言った。
「貴様あ!我らを愚弄するか!」
「双方ともに落ち着きなさい!」
男の挑発に乗せられて、見張り番が突撃しそうになった所を針生が止めに入った。その姿を見て男は、新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりにニタリと薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「これはこれは懐かしい顔がいるではないか。あの事故で生き延びていたとは悪運だけは強いようだな」
「うん?あなたは誰かな?悪いが私にはそんな不細工を連れている知り合いはいないよ」
早速挑発して自分のペースに引き込もうとしたのだろうが、そこは針生の方が一枚上手だった。
逆に挑発されて特に不細工と称されたアコテなる魔物が怒り狂っている。
「生意気な口を叩くのも大概にしておくことだ。このアコテにかかればお前を殺すことなど造作もないことなのだからな」
「ふむ。つまりそちらの不細工がいなければ、あなた個人は大したことがないということですね」
「魔法実験の一つも成功させられなかった愚か者が言うではないか……!」
再度の針生による煽りに冷静に皮肉を返したつもりだろうが、怒りを抑えきれず男のこめかみには血管が浮き出てひくついていた。
当然そんな顔で言われた皮肉に効果があるはずもなく、針生の方は涼しい顔をしていた、ように見えて内心ではとても驚いていた。
一体何に驚いていたのか?
魔物を連れた男にではない。あちらの世界で普段からヒトミや弥勒、フミカたちと顔を合わせていた針生にとって、この程度の相手では驚くに値しない。
まあ、どこの誰だったのか全く思い出せないという一点においては、少しくらいは驚いてやってもいいかもしれないが。
さて、針生が驚いていたこととは、挑発の見事な効き具合である。
あちらの世界にいた時に読んだ漫画には、この男のようないわゆる噛ませ犬ややられ役が多く出てきていた。
その際主人公たちが言っていた台詞を多少アレンジしながら使ってみたところ、あら大変、相手は呆気なく頭に血をのぼらせてしまったのだった。
(ニポンの漫画恐るべし!)
と、改めて思いながら、あちらの世界と行き来できるのは間違いなく幸運なことだと感じていた。
一方、村の奥ではミークたち集落の女性陣が狼煙を上げる準備をしていた。針生が男を挑発していたのはこのための時間と、それに気付いた狩りに出た者たちが帰ってくる時間を稼ぐためだったのである。
そしてその策は見事に成功して、男が何か言っては逆に針生に言い負かされている、ということを繰り返している内に、弥勒たちが戻って来る事ができたのだった。
「びずどざば!ばびづでず!」
「なにあの不細工な顔!?」
魔物が主人である男に、おまわりさん、あいつです!的な勢いでそれらしいことを言っていたが、やっぱり溺れているようにしか聞こえなかった。
そしてそんな魔物を見てヒトミがグッサリと切れ味鋭い一言を放つ。合成獣っぽいその姿形ではなく、ピンポイントに顔なのが酷い。
聞いていたエルフたちですらちょっと複雑な表情をしたくらいである。ただし彼らは全員美系だったので、かえって魔物の怒りを煽ることになっていたりする。
「お前か……、アコテの狩りを邪魔したというのは」
男が振り返ると、正面から日差しを浴びる形になった。白い。ヒトミが思わず、内臓大丈夫?と尋ねそうになったくらい青白い。
「アコテというのはその魔物のことか?……うーむ、おお!そうか!」
魔物をじっくりと観察していた弥勒が突然大きな声を出して、ポンと手を打った。
その仕草に一度お星さまにされている魔物はビクッと体をすくませた。
「どこかで見たことがあると思っていたが、マンティコアか。しかし名前が安直ではないか?」
弥勒が元いた世界におけるマンティコアというのは魔法で造られた合成獣の一種であるのだが、この魔物、アコテはそれに酷似していた。
「逆さまにしているだけ、マンテとかマテアとかよりはましじゃないかしら。……へえ、これがマンティコアなのね。顔以外は結構カッコいいわね。でもキメラの方が好きかな」
「確かに顔以外は強そうに見えます。私はスフィンクスの方が理知的でいいと思いますね」
ヒトミに針生もせっかくの機会とばかりにしげしげと観察している。あちらの世界の漫画に登場したマンティコアも似たような姿だったらしいが、二人とも似たような姿の別の魔物の方が好みであったようだ。
そんなある意味いつも通りも弥勒たちに対して、周りにいる者たち、集落のエルフたちだけでなくアコテとその主人すらも驚愕していた。
「な、なぜこの秘術のことを知っているのだ……!?」
弥勒たちにすれば割と認知度の高い魔物だったが、この世界では一部の魔法使いたちが隠匿してきた秘術であった。
そのため、正体を簡単に言い当てられて驚いていた、という訳である。
「なぜと言われても知っているから、としか言いようがないな。まあ造ったことはないがな。
そうそう!そいつの声帯だが造形が粗悪過ぎるぞ。いくら念話が使えるからといっても、まともに会話できないのは問題だな」
いきなりアコテの欠点を突きつけられて男の顔が真っ赤に染まる。
「あ!それならいっその事、顔も整形した方がいいんじゃない?」
「それはどうでしょうか?いくら顔が良くても体がこれでは不気味だと思いますよ」
「…………。うん。確かにジンメンケンよりも気持ち悪いかも……」
爽やかなイケメン風であっても凶悪な獅子の体躯に蠍の尻尾では落差が大き過ぎて、ギャップ萌にもならないだろう。
針生に言われてその様を頭の中で思い描いてしまったのか、ヒトミは気持ち悪そうに顔をしかめていたのだった。
ピスト様現る!そしてないがしろにされてます(笑)。
次回更新は2月9日のお昼12時です。




