第七十三話 針生の世界 その三、合流
「ハリュー!」
「ミーク!」
弥勒がエルフの集落に入ると、広場では百年ぶりに再会を果たした恋人達が感動の抱擁を交わしていた。
周囲にいる者たちも口々に祝福の声をあげていて、ミークに針生のことを知らせに来た男も弥勒の隣で涙ぐんでいた。
聞けば彼はミークの父親だということだが、見た目だけなら兄妹と言われても通じてしまいそうだ。何でもこの世界のエルフは成人すると外見がほとんど変化しなくなるらしい。
言われてみれば数人の子どもを除けば、誰も彼も二十歳前後に見える。
その上美男美女揃いなのだから、世界を超えて怨嗟の声が聞こえてきそうである。
「あなたは死んだと聞かされていたのだけれど……でも、そんな言葉を信じなくて良かった!」
「私も二度と君に逢えないかもしれないと悲しみに暮れた日もあったのだけれど、諦めないでいて良かった!」
そんなことをつらつらと考えている間も恋人たちの抱擁は続いたままである。
しかし、先ほどまでとは違って何となく鬱陶しく感じてしまうのはなぜなのだろう?
『リア充は爆裂四散して木っ端微塵になってしまうがいいっす!』
「キーーッ!悔しい!……ってジョニーさん、これでいいんですか?」
どこからともなく真ん丸雀とそれに付き合わされている元管理者の声が聞こえてきたような気がした。それにしてもハンカチを噛んで悔しがるとは、ショーワテイストに溢れ過ぎてはいないだろうか。
そんな風にエルフたちとの温度差に戸惑っていると、広場の隅で同じように付いていけていない者を発見した。
「あら弥勒、遅かったじゃない。心配したわよ」
前言撤回。その人物、要するにヒトミは弥勒と同じようにどころか、そもそもエルフたちに合わそうという気すらなかったようだ。
両手に何かしらの肉を串焼きにしたものを持って、ものすごい勢いで食べている。
さながら欠食児童のようになっている偽装少女であった。
「この世界の食べ物もなかなかいけるわね」
よく見ると即席の竈のような場所で大量の肉が焼かれており、その隣のテーブルにはこれまた大量の果物らしきものが積まれていた。
食材と火だけ準備してもらい、後は自分でやっているようだが、別にエルフたちに気を使った訳ではなく、単に食べることに集中したかっただけだろう。
その証拠に、食べた跡だと思われる果物の皮や串もまた山積みになっていた。
「お前……段々と行動がジョニーに似てきてはいないか?太る――」
「そんなことないわよ!私はあの子ほど無節操じゃないから!」
と言いながらも、どこかで自覚していた部分もあるのだろう。眼が泳いでいた。
まあ、これ以上問い詰めたところで本人の心構えによるところが大きいので、どうなるものでもない。弥勒はいい感じに焼けている肉を一本手に取ると、ヒトミと並んで食べ始めた。
「うむ。美味いな」
「でしょう」
やたらと胸を張る偽装少女は放っておいて、肉にかじりついていく。針生を見ていたので知っていたが、この世界のエルフは肉も食べる。
追記しておくと、弥勒のいた元の世界でも同じくエルフたちは雑食だったが、艮の世界では基本的には菜食主義者――卵や乳製品は可、非常時には肉を口にすることもある、というレベル――であり、玄人の世界では完全菜食主義者だったそうだ。
それはさておき、弥勒はヒトミについ先ほど知った現世と隠世との関係とカミによる束縛について話すべきかどうか迷っていた。
どうもヒトミであれば知っているような気もするのだが、もし知らなかった場合、最悪壊されてしまう。
かなりの危険性が伴うため、口にしていいものか判断が付かなかったのである。
「何を悩んでいるのかは知らないけれど、面倒くさそうだから私に説明する必要はないわよ」
「だから人の心を読むなと言っているだろう……」
先回りしてきたヒトミに苦笑して返す。この辺りの配慮はやはり年の功――
「不愉快なことを考えていないかしら?」
「何のことか分からんな」
内心の焦りを表に出さず平然と答える。魔王時代よりも無表情の技能が上がっているような気がする。
「あなたが知り得た秘密は恐らく他の管理者への切り札になるわ。使いどころを間違わないようにしなさい」
「肝に銘じておこう。……それにしてもこの肉は美味いな。手が止まらないのだが……」
「そうなのよ!もうお腹は一杯になっているのに手が動いてしまうのよ!」
そう、真面目な話をしている最中でも二人は串焼き肉をかじり続けていたのだ。
結局二人は用意された食材の全てを食べ尽くし、翌日エルフたちにドン引きされることになる。
そのエルフたちであるが、針生とミークは一晩中抱擁を続け、周囲の者たちも祝福し続けていたのだから、こちらもまた大概である。
そして明けて翌日、詳しい話を……する前に食べた分は働く、というより食い尽した食材を補充するために弥勒たちは狩りに出ていた。
ちなみに針生はミークにくっ付かれたままで役に立ちそうもないので置いてきている。
「……という訳で針生は数日おきにあちらの世界にも戻らなくてはいけないのだ」
同行していたエルフの男性、ミークの父親に事のあらましを説明する。彼は集落の世話役でもあるということで、他の者たちよりも先に説明して、話しておいた方がいいことと話さなくてもいいことを見極める試金石になってもらったのである。
もちろん弥勒の出自や管理者についてなどは端折っているし、ゲートについてもあちらの世界にあった魔道具が運良く作動したという風に誤魔化してある。
そして針生が定期的にあちらの世界に帰らなければいけない理由付けとして、その魔道具の不具合のためということにしたのだった。
「娘のことを思うと常にいられないというのは残念なことではありますが、死んだとされていた者が帰って来たのですから、それ以上は欲張り過ぎというものでしょうな。
分かりました。今お聞きしたことは私の方から皆に伝えるとしましょう」
「頼む」
と二人が話している背後では、ヒトミを中心にエルフの狩人たちがカピバラをさらに巨大化させたようなげっ歯類と思われる生き物を狩っていた。
昨日串焼きにされていたのがこの動物の肉らしい。
食料として狩るだけではなく、捕獲して飼いならして家畜化することもあるのだそうだ。
「右に回った三人!もっと落ち着いて周りの動きに合わせなさい。それぞれが上手く連携することが怪我のリスクを減らす一番の近道なの。正面からぶつかるだけじゃただの蛮勇よ」
無事に借り終わった後も、ヒトミは血抜きなどの処理を行っている傍らで若手――のように見える――のエルフたちに説教をしている。
直立不動の若手を前に完全に鬼教官となっていた。
「そろそろ戻るとしましょう。お二人のお陰ではかどりました」
いつもよりも短時間でかつ安全に仕留めることができたからか、得物を担ぐエルフたちは皆ホクホク顔だ。しかし、すぐにその笑顔は消え去ることになった。
「集落の方で煙が上がっているぞ!?」
先頭を歩いていたものが異変を見つける。弥勒も目を凝らしてみると、確かに集落のある方角で細い煙が一筋上がっていた。
「なにかの合図のようにも見えるな。とにかく急いで戻った方がいいだろう」
険しい顔つきになるエルフたちを見て、弥勒とヒトミは更なる厄介事に巻き込まれたと顔を合わせて溜め息を吐くのだった。
美系同士で婚約者とか、リアルで遭遇したら殺意を抱くよりも前に敗北感に打ちのめされてしまいそうです……。
次回更新は2月7日のお昼12時です。