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魔王様のご近所征服大作戦  作者: 京 高
第十章 魔王様の異世界探訪記
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第七十一話 針生の世界 その一、遭遇

 針生に続いてゲートに入った弥勒はそこで己の失敗に気が付いた。ゲートの中は一寸先も見えない程の真っ暗闇だったのである。

 しかも時間の概念すらあやふやになるらしく――『魔王様のご近所征服大作戦』の第一話参照のこと――、既にここに入ってからどれほど経っているのか分からなくなっていた。


「針生!ヒトミ!どこにいる!」


 大声で呼びかけてみたが、針生のみならずほぼ同時にゲートの入ったはずのヒトミの返事すらない。出入り口は固定化しているため、全く別々の場所に放り出されるということはないはずだが、到着するタイミングがバラバラになってしまいかねない。

 特に先行してゲートに入った針生がそのまま先に到着してしまうと、弥勒たちが護衛として同行した意味を全く成さなくなってしまう。

 弥勒はゾワリと背中に冷たいものが這い上がってくる感覚を必死に押し殺して先を急いだ。

 やがて周囲が真っ白な光に包まれていく。


 魔王様のご近所征服大作戦  [完]



 …………


 光が治まるとそこは深い森の中だった。針生を基にして創られたゲートなので、彼に関わりの深いアンガ大陸にあるマニメの大森林であろうことは推察できるが、それ以上のことは分からなかった。

 振り返るとゲートがぽっかりと口を開けている。弥勒たち三人にしか使用できないようにはなっているが、余計な混乱を避けるために隠しておいた方が無難に思える。

 しかし、それも二人と合流してからの話だ。何らかの痕跡がないか注意深く周囲を見回してみるが、二人に繋がるものは見つからなかった。


 もしかすると急いで動いたので一番早くこちらの世界に辿り着いたのかもしれない。それならばここで待っていればいいだけの話となるのだが、反対に二人がいた痕跡すらもなくなるほどの時間が経ってしまっていたとなると、ここにいるだけでは合流はまず不可能となるだろう。

 ここはやはり何らかの行動を取るべきだ。弥勒はそう結論付けるとゲートの近くの木に向こうの世界の言葉で、自分が無事であることと、周囲の探索をしているだけなので動かずに待っていて欲しいと書き記しておいた。


 そして次は書いた通り周囲の探索だ。だがその前に現状の、というよりも自身について把握しておく必要がある。

 異世界に来たことによって管理者の立場から外されている、端的に言うと力が使えなくなっているかもしれないからだ。

 弥勒は目を閉じるとゆっくり自身の内側に意識を集中していった。

 その結果、管理者としての立場に変化はなく、力の行使についても問題がないことが分かった。それどころかとんでもないことが判明したのである。


「隠世との通路を開くことができるだと……!?」


 更に魔力の入れ替えすらできてしまったのである。つまりそれは複数の現世に対して隠世はたった一つであるということになる。

 弥勒は先ほど感じたものとは比べ物にならない悪寒に苛まれていた。

 意図せずに知ってはいけない禁断の扉を開いてしまったのである。

 腹の底からわき上がってくるような恐怖にひたすら耐える。

 そして理解した。

 この恐怖は知り過ぎてしまった者を壊してしまうために、カミかそれに準ずる者によって仕込まれていたものである、と。


 ゆえに負けられない。

 弥勒は恐怖に押しつぶされそうになりながらも反骨心に火を付けた。

 これまでの記憶を燃料にして大きな炎へと成長させる。

 燃やす。

 燃やす。

 襲いくる恐怖を燃やし尽くす。


 そして弥勒はカミの束縛の一つから解き放たれた。


「全くとんでもない罠が仕掛けられていたものだ」


 例え管理者であっても関係なく壊そうとしてきたということは、カミにとって代わりの管理者を用意するのは大した手間ではないということであり、消耗品程度の扱いであるのかもしれない。

 まあ、対象が弥勒であったからという可能背も否定できないのではあるが。


「色々と気になることはあるが、後回しにするべきだろうな」


 危険な魔獣の住み家のすぐ近くであるなど、場合によってはゲートの位置を調整しなくてはいけなくなる。ここは当初の予定通り周囲の探索を優先すべきだろう。

 弥勒はゲートを中心にして、そこから渦を広げるように探索していくことにした。ちなみにゲートの魔力を感知できるために、現在地が分からなくなるということもない。

 しばらく探索を進めて、直線距離で百メートルほど離れた所で弥勒は人の声を聞いたような気がした。耳を澄ましてみると確かに人の声がする。しかも若い女性のようだ。


「ふむ。これはもしかすると、あのお約束というやつではないのか?」


 弥勒がぼそりと呟いたお約束とは、気になって見に行くとそこは泉であり美人が水浴びをしていた、というアレのことだ。

 そして覗き続ける、または立ち去るのどちらを選択しても足元に設置された乾いた木の枝――水場の近くのなのに――を踏みつけてバレてしまい、ボコボコにされるまでが様式美である。


「ふふん、残念だった。俺はそんな危険には近づきはしないぞ」


 なぜか得意げにそう言うと、声の聞こえた方角とは別の方向へと進もうとした。その時、


「キャアアアアァァァァ!!!!」


 絹を引き裂いたような――本当にそんな音がするのか?――女性の悲鳴が響き渡る。一瞬迷ったものの、危険が危ない状況を放置するのも寝覚めが悪い。

 弥勒は悲鳴の聞こえた方へと走りだした。

 生い茂っていた木々がなくなり唐突に視界が開ける。

 予想していたようにそこに広がっているのは澄んだ水を湛えた泉であり、これまた予想していたように美女がいた。ちなみに裸ではなく、肌が透けることのない水着のようなものを着用している。


 お約束的な状況と異なるのはただ一つ、醜悪な魔物が今にも美女に襲いかかろうとしていることだった。

 人の顔に獅子の体、そしてさそりの尾と、清浄な森深き泉で出会うには場違い感が強い。どちらかといえば元の世界での弥勒の居城や、洞窟の奥底が似合いそうな魔物である。

 それにしても美女を前にして間抜けなスケベ面をさらしているためか、恐怖するというよりも脱力してしまいそうになる。まあ、女性から見れば嫌悪しか感じられない面構えとなるだろうか。


「そこまでにしてもらおうか」


 弥勒が言うと、美女だけではなく魔物も驚いたような顔でこちらを向く。目前の美女に夢中になっていて、弥勒がやって来たことに気が付いていなかったようだ。

 間抜け度が一ポイント増加である。


「をばべばばびぼぼだ。ぼべざばがばびずどざばぼじぼべでばぶどじっでどごどが」


 お楽しみを邪魔されたからか、魔物が苛立った顔で何か言っている。しかし声帯の出来が悪いのか溺れているようにしか聞こえない。

 間抜け度は更に一ポイント増加。


『あー、何を言っているのかさっぱり分からん。念話は使えるか?』


 悪役なのは一目瞭然なので問答無用でぶっ飛ばしても良かったのだが、一応対話による意思の疎通も試みておくことにした。


『お前は何者だ。俺様がピスト様の僕であると知ってのことか』


 名乗りもしないでやたらと上から目線なので好感度が二ポイントダウン。

 ピストなる人物の威を借りているようなので更に一ポイントダウン。

 話していても苛立つだけだと早々に見切りを付けた。


『女性を襲おうとしているような奴にわざわざ名乗ってやる必要性も感じられない。そしてお前が何者でピストとやらが何様なのかもどうでもいいことだ。十秒だけ待ってやるから、さっさとここから立ち去れ』


 こちらの力を見抜くだけの眼があるのか試す意味も込めて、わざと挑発的に要求を突きつけてみる。


『生意気な!ぎったぎたにしてやる!』


 語彙ごいが情けないので間抜け度一ポイント上昇。

 間抜け度合いだけを見るならばジョニー以上かもしれない。


『ひどいっす!』


 襲いかかって来る魔物を前に弥勒はそんなことを考えていると、なにか幻聴が聞こえたような気がした。そして魔物は弥勒力を見抜けなかったようだ。

 三下のチンピラ決定である。


「じでぇぇぇぇぇ!!」


 溺れているような奇声をあげながら飛びかかって来る魔物に、カウンターでデコピンを食らわせる。当然何かがぶちゅんと潰れてしまわないように力の向きも計算してのことだ。

 結果、


「べぶじ!!」


 という奇声を残して、くるくると回りながら空の向こうへとかっ飛んで行ったのだった。


初期段階で美女を襲っていたのは、おっさん化したヒトミちゃんだったりしたことは秘密です。



次回更新は2月4日のお昼12時です。

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